【コラム・天風録】コウノトリの問い

 田植えの時季に浮かぶ句がある。〈太刀持ちも雇えず殿様蛙(とのさまがえる)鳴く〉阿部宗一郎。背筋を伸ばし、独り鳴いている。お付きの者がいなくても威厳を保とうとする殿様を思わせ、物悲しい▲トノサマガエルに限らず、カエルたちの世界は生きづらさを増している。揺り籠になる田んぼが年々減り、農薬の影響もある。温暖化で里山の環境が変わってきた。先の句の最後を「泣く」と替えたくなる苦境だろう▲広島県世羅町に保護区がある絶滅危惧種ナゴヤダルマガエルも今、戦々恐々の日々という。町内で2年続けて繁殖した国特別天然記念物コウノトリが、その「天敵」だと先日の本紙備後版にあった▲赤ちゃんや幸せを運ぶ鳥のイメージもあるコウノトリだが、実像はまるで違う。肉食で体重の10分の1、5キロのずうたいなら毎日約500グラムの餌を平らげる大食漢と聞く。魚やカエル、蛇も食らう。湿地の生態系では、「大王」級の強者なのである▲カエルたちを羊、コウノトリをオオカミに例える研究者もいる。ただ世羅町のダルマガエルも開発で追われ、離れた街からすみかを移した。人間も含め、多様な命が共にどうやって生き永らえるか。コウノトリが問うている。

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