日本のアートはニューヨークでどう受け入れられている? 「日本人の美意識が今も息づいている」と感じる理由

ブルックリン美術館で開催されている「広重の名所江戸百景展(feat. 村上隆)」は大盛況【写真:ユキ】

妻の海外赴任に伴い、ニューヨークで駐在夫、いわゆる「駐夫(ちゅうおっと)」になった編集者のユキさん。この連載では、「駐夫」としての現地での生活や、海外から見た日本の姿を紹介します。第5回は、江戸時代の浮世絵師・歌川広重の企画展に足を運んで気づいた、日本アートの影響力です。

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歌川広重の企画展がニューヨー クで開催

「このカメは売り物なんだね」
「そう。このカメを買って、川に逃がしてやるんだよ」
「それが良い行いになるということか」

吊るされたカメの絵を見て、3人の男性が話をしていました。捕獲した生き物を自然に放し、殺生を戒めたという宗教儀式である放生会(ほうじょうえ)。歌川広重の「名所江戸百景 深川萬年橋 富士と吊るし亀」にその様子が描かれています。

ニューヨークのブルックリン美術館で、4月5日(金)から8月4日(日)まで「広重の名所江戸百景展(feat. 村上隆)」が開催されています。

浮世絵だけでなく、現代芸術家・村上隆が歌川広重の作品をモチーフに描いた作品や、広重の作品に描かれた江戸と、写真に写された現在の東京を対比している展示などもあり、見どころが満載です。

「夜鷹」に関心を持つニューヨーカー

よくできているなと思ったのが、作品のキャプションです。

たとえば、「御厩河岸(おんまやがし)」に描かれている下級遊女の夜鷹(よたか)について。「Night hawk」と直訳され、江戸の最下層のセックスワーカーであり、病気(性病)により顔形の崩れた女性たちが、タオルを巻いてそれを隠しているなどと解説されています。

ほかの作品についても、関心をそそる説明がなされています。来場者は食い入るように読み、一緒に来た家族や友人と、意見を交わしていました。

浮世絵などの日本美術の収蔵では、ボストン美術館が有名です。東京芸術大学の前身である東京美術学校を設立した岡倉天心が勤務していたこともあります。アメリカでの浮世絵への関心は想像以上に高く、ブルックリン美術館も、24年ぶりに「名所江戸百景」の全作品が一般公開されたということもあって、多くの来場者でにぎわっていました。

ニューヨークでも桜が楽しめる【写真:ユキ】

日本を感じるスポットはニューヨークにも

日本への関心の高さを感じるのは、浮世絵だけではありません。ブルックリン美術館の隣にある植物園には日本庭園があり、赤い鳥居や池の水面に映る桜、桜並木の散策を楽しむことができます。

桜といえばワシントンが有名ですが、ニューヨークでも4月上旬には、セントラルパークをはじめ街の至るところで桜が咲いているのを見かけます。桜を見て、こちらの人たちが楽しんでいるのを見ていると、なぜかうれしくなります。ブルックリン植物園でも、着物を着た小さな女の子が楽しそうにはしゃいでいました。

ただ、ニューヨークでは、野外でお酒を飲むのは禁止されています。日本のように花見で一杯というわけにはいかないのが、少々寂しいところではありますが、純粋に桜を鑑賞するには良いのかもしれません。

今も残る浮世絵の影響

ニューヨークにはメトロポリタン美術館をはじめ、MoMA(ニューヨーク近代美術館)、グッゲンハイム美術館など数多くの美術館があります。

より多くの人が美術に親しめるように、入場料が無料の日を設定していたり、入場料を寄付制にしていたりする美術館もあります。寄付制は推奨価格があるものの、自分の懐具合と相談しながら支払う金額を決めて良いのです。

また、鑑賞の仕方も、日本に比べてとてもおおらかです。絵画の前でスケッチ用の椅子に座り、イーゼルを使って本格的に模写する人までいます。

また、美術館ツアーに学生たちが参加しているのもよく見かけます。学校の授業で美術作品についてのエッセイなどの課題が出されることも多く、絵画を通して自分が感じていることを表現する力を身につけるということでしょう。

日本の芸術が受け入れられているニューヨーク【写真:ユキ】

アートの街・ニューヨークにおいて、日本との関わりも見逃せません。19世紀に西洋へ渡った浮世絵は西洋人を魅了し、ジャポニズムというムーブメントを起こします。とりわけモネやセザンヌ、ゴッホなど、印象派の画家に大きな影響を与えました。

メトロポリタン美術館をはじめ、ニューヨークには世界屈指の印象派のコレクションがあります。新興国であるアメリカでは、ヨーロッパの古典的な名作を手に入れることが難しく、当時流行していた印象派の作品に目をつけたのです。

浮世絵や桜、日本人の美意識が今も息づいているような感じがします。

ユキ(ゆき)
都内の出版社で編集者として働いていたが、2022年に妻の海外赴任に帯同し、渡米。駐在員の夫、「駐夫」となる。現在はニューヨークに在住し、編集者、学生、主夫と三足のわらじを履いた生活を送っている。お酒をこよなく愛しており、バーめぐりが趣味。目下の悩みは、良いサウナが見つからないこと。マンハッタン中を探してみたものの、日本の水準を満たすところがなく、一時帰国の際にサウナへ行くのを楽しみにしている。

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