深刻ドナー不足の光となるか 「遺伝子改変ブタ」の腎臓をサルに移植研究へ 数年内のヒト応用目指す

 動物の臓器をヒトに移植する「異種移植」の研究が国内で活発化している。京都府立医科大と鹿児島大などの研究グループは今夏にも、遺伝子改変したブタの腎臓をサルに移植する研究を始めると発表。国内で臓器提供者(ドナー)不足は深刻で、患者の新たな治療の選択肢となるか研究の今後に注目が集まる。

■実用化目指し指針案作成急務

 「実験のための実験ではなく、ヒトへの臨床にステップアップするための研究だ」。サルへの移植手術を担当する府立医大の奥見雅由准教授は、今回の研究をこう位置付ける。

 動物の臓器をヒトに移植する場合、免疫の働きで強烈な拒絶反応が起きることが障壁だったが、計画ではヒトで拒絶反応を起こさないよう遺伝子改変したブタを使用。腎臓をカニクイザルに移植し、適切な術後管理や免疫抑制剤の投与方法などを探る。動物実験と並行し、腎臓病患者の血液にブタのリンパ球を混ぜた際の反応を基に、移植に適応する患者のタイプも調べていく。

 研究の旗振り役となる府立医大の浮村理教授は「ヒトへの臨床応用に最短コースで進める体制が整ったことに意義がある」と強調する。腎移植手術で実績のある府立医大と、異種移植の研究に長年取り組んできた鹿児島大が協力。同じチームで基礎研究から臨床研究までの情報を共有し、数年以内のヒトへの移植を目指すという。

 異種移植の研究は海外が先行している。米メリーランド大では2022年1月、他に救命手段のない心臓病の男性に遺伝子改変ブタの心臓が移植された。男性は2カ月後に亡くなったが典型的な拒絶反応は認められず、世界の研究者に衝撃を与えた。また、米国では遺伝子改変ブタの腎臓を脳死患者に移植する実験的研究も行われている。

 日本国内は、遺伝子改変した動物の臓器を丸ごとヒトに移植することを想定した指針がまだない状況だ。日本医療研究開発機構(AMED)の研究班が、安全性確保に向けた指針案作成を急いでいる。

 研究班代表を務め、府立医大との研究でも中軸を担う鹿児島大の佐原寿史准教授は「海外は研究段階からヒトへどう応用しようかという段階に入っており、日本も研究体制が整いつつある。今後、正しい情報を発信して国民の理解を広げていく必要がある」と語る。

 異種移植の歴史は古く、黎明(れいめい)期の1900年代初頭から、さまざまな動物からヒトへ臓器を移植した記録が残されている。近年、ゲノム編集技術が急激に向上したことで、ヒトからの臓器移植の代替治療法として現実味を帯びつつある。奥見准教授は「国内で多くの腎臓病患者が移植を待っている現状がある。治療の選択肢が広がるよう、スピード感を持って研究を進めたい」と力を込める。

なぜブタ? 長嶋比呂志・明治大学専任教授に聞く

 府立医大などの研究では、明治大発のベンチャー企業「ポル・メド・テック」が2月に国内で初めて誕生させた遺伝子改変ブタを用いる。研究の鍵を握る遺伝子改変ブタについて、同社創業者の長嶋比呂志・明治大専任教授に、その特徴などを聞いた。

 -ドナー候補になぜブタが選ばれたのか。

 体格的に臓器の大きさがヒトに近い。雑食のブタは消化器などの生理機能も人と非常に似ている。多産動物である点や管理のしやすさ、2000年以降にブタの遺伝子を操作する技術が急速に進歩したことなど、さまざまな要素がかみ合ってブタが最も適しているとされている。

 -どのような遺伝子を改変しているのか。

 ヒトへの臓器移植は拒絶反応が最大の問題。それを回避するため、人の抗体が反応するブタの糖鎖の関連遺伝子を欠損させるなどしている。感染症を防ぐため、ヒトに感染しうるブタ内在性レトロウイルスの遺伝子も不活化している。

 -府立医大などの進める研究への期待は。

 ヒトの臨床へ進むためにサルを使った実験は不可欠。臨床経験の豊富な研究者がそろった体制となり、異種移植の実用化へ大きな一歩になることを期待している。

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