イカ愛が強すぎる佐野まいける「ダイオウイカはマズかった(笑)」

普段は会社員として働くかたわら、ブログやSNSを中心にさまざまな媒体で熱心にイカの魅力を発信し続けている“イカライター”の佐野まいける。時間さえあればイカと向き合う日々という彼女。その好奇心と行動力は研究者さながらで、イカ好きの仲間たちと共に発行する同人誌『いか生活』では編集長を務めるほど。イカを解剖することがライフワークで、さらには解剖できるぬいぐるみまで作ってしまった。

彼女の発信するイカの情報のみならず、マイペースでどこかユーモラスな言語感覚も人気の理由。Xのフォロワーは現在1万人1千人あまりいるが、バズった理由が、5種のイカと自分をドラマの相関図になぞらえ、みんなが「私に解剖されたがっている」と締めくくる“イカにモテモテの相関図”というのだからユニークだ。

生物が好き、釣りが好き、面白いものが好きの人々が、ネット上の呼び名“まいけるさん”のイカ愛に注目している。どうして彼女はそこまでイカに心を奪われ続けるのか。ニュースクランチが、その尽きぬイカへの想いをインタビューで聞いた。

▲佐野まいける【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-Interview】

アオリイカの美しさに魅了され彼氏の存在を忘れた

“イカライター”という肩書と佐野まいけるという名前だけを聞くと、男性と誤解する人も多いかもしれないが、まいけるさんは女性だ。

「あえて性別をぼかしているんです。顔出ししているのでバレてはいるんですけど、初めてSNSを見た人にはわからないように。イカ好きを公言する前から、本名をもじった名前で執筆していて、イカとは関係のない響きですよね(笑)」

そもそもは、デートで水族館に行き、そこで見たアオリイカの美しさに衝撃を受けたことから、イカへの好奇心が生まれたという。

「十数年ほど前のことです。私は海なし県の埼玉で育ったので、生きたイカを見たことがなかったんです。魚屋さんに並んだ、シオシオになったイカしか見たことがなくて、ギャップにやられました。今だからわかるんですけど、アオリイカはイカのなかでも特に透明感があって綺麗なんです。目もクリクリで可愛くて。とんでもないものを見た! と興奮。気づいたら彼は先に帰っていました…(苦笑)」

そこからは、もう一度イカを見たいという想いが抑えきれなくなり、ネットを検索しては動画を収集する日々。“このイカも良い、あのイカも良い”と、その神秘性にのめり込んでいった。

「オタク心が湧いてきて。イカって何種類あるんだろう? 何を食べているんだろう? と気になることばかり。でも、日本語のイカに関する本ってすごく少なくて、当時は10冊くらいだったのですぐに読破しました」

そこから今へ至るイカへの興味につながるわけだが、その理由を聞くと「イカは多角的に愛せるから」と明快な答えが返ってきた。

「水族館で見ても楽しいし、釣りも楽しい。生で触っても可愛いし、食べても美味しい。イカを使った郷土料理は日本全国にあるので、それを調べるのも面白い。イカが名物の町もたくさんあるので、旅行も楽しくなりました。また、芸術的なモチーフとしてイカの絵を描いている、宮内裕賀さんという画家もいらして。いつしか“いろんなやり方でイカを見てやる!”と思うようになりました」

イカを解剖した夜は興奮で一睡もできなかった

動画や書物では飽き足らず、“生のイカ”と触れ合いたいと思うようになった彼女は、イカ釣りを始める。

「釣りの師匠に弟子入りして、最初に釣ったのはコウイカです。コウイカは江戸前の寿司とか天ぷらで食べると美味しいイカですが、釣るのはすごく大変。生きたシャコを餌に1日8000回くらい竿をしゃくって、1杯釣れるかどうか難しい釣りなんです。

今だからわかるんですけど、なんで初手からハードな釣りを選んだんだろうと(笑)。でも、一度だけ9杯も釣れたことがあって。たまたま新聞記者の方が同船していたので、『今日のMVP』として新聞に載ったこともあります」

しかし、釣ったばかりの生のイカと触れ合いすぎると、テンションが上がって眠れなくなり実生活に支障が出たとのことで、現在イカ釣りはお休み中。いずれまた再開したいという彼女が、次に興味を移したのはイカの解剖。現在の彼女の“イカ活動”のメインで、ライフワークにもなっている。

▲現在の彼女の“イカ活動”のメインは解剖だ

「私が所属する『日本いか連合』の集まりで、イカに興味のある人をお呼びして、イカを食べながらイカの話をする定例のイカパーティーを開いていたんです。あるとき、ちょっとした余興で大きなコウイカをみんなで解剖しよう! となったんです」

目の前のまな板の上に、どーんと置かれたコウイカと包丁。しかし、解剖の専門家が呼ばれていたわけでもなく、誰も手を付けようとしなかった。

「だったら私が! と思ってやってみたら、もう興奮しちゃって。でも、気持ちは高まりつつも、“イカの中身を自分はよく知らない”ということがわかったんです。それで、もっと勉強したいと思ったんですよ。これまでたくさん解剖しているんですが、いま考えると解剖を始めたキッカケでしたね」

審査を通過した人しか入れない「日本いか連合」

そこからは「頼まれもしないのに、ずっと解剖しています」と彼女。解剖の記録を自身のブログでも発表している。今までで一番、気持ちがブチ上がったイカは、自分で釣ってきたコウイカだという。

「コウイカは別名スミイカと言って、捕まえると必ず墨を吐くんです。だから、普通に釣ったものだと墨で真っ黒になってしまっていて、解剖しても中身がよくわからないんです。

でも自分で釣れば、墨を吐かないよう、釣り上げてからすぐに墨袋の根元を結束バンドで締めて、綺麗なまま持ち帰れます。それを解剖すると、まだ動いている内臓が見ることもできて、輝きも違ってました。その日の夜は、イカのことをずっと考えちゃって一睡もできませんでしたね」

釣りから解剖にシフトしても、イカを原因とする寝不足は解消されていないようだ。今はイカの解剖と並行して、イカの体内を精巧に再現したイカのぬいぐるみを制作している。構想から約4年をかけて完成させた力作だ。

▲彼女が制作したイカのぬいぐるみ

解剖しているからこその細部のこだわりはハンパ無く、全ての部位をバラバラにでき、それぞれをスナップボタンで留めることでイカの形になる。標本のようでありながら、フェルトで作られているからか温かみがあり、ほっこりとした可愛さもある。

ところで、これらの活動のきっかけにもなった『日本いか連合』とは、どんな集まりなのだろうか。

「代表が、いかいかよしかちゃんという女性で、彼女と先ほど話したイカしか描かない画家の宮内裕賀さんが、“イカ好きを集めてみよう”となり、各々の知り合いに招待状を出して第1回目のイカパーティーを開催したのがきっかけでした。

私はイカの情報を集めるなかで宮内さんの絵を知り、展示を見に行ったことで知り合いになっていたので、そのパーティーに呼んでいただいたんです。それで意気投合した人たちで『日本いか連合』が結成されたという経緯です。今は女性6名、男性2名の計8名。代表による厳しい審査を通過した人しか入れません」

解剖するときはハサミを使ってます

もともとブロガーとして多くの文章を世に出していた彼女だが、イカ好きであることは公にしていなかった。しかし、第1回イカパーティーを契機にイカ好きを公言し、“イカにモテモテの相関図”で大バズリし、フォロワーが一気に増えたという。また、イカ仲間が増えていく流れで、自身が編集長を務めるイカ情報が満載の同人誌『いか生活』を発行している。

「私の友達に家庭用製麺機を溺愛するあまり、それについての同人誌を出した人がいるんです。それまでの同人誌は薄いコピー誌のイメージでしたが、しっかり製本されたプロ顔負けの本で、“私もイカでこれを作りたい!”と思って。ちょうど『日本いか連合』が結成されて協力者も増えたので、“今しかない!”と思いましたね」

現在までに2冊を発行している。これまでのイカ取材のエピソードで印象に残っていることを聞くと、「ダイオウイカの解剖のレポート」という答えが返ってきた。深海に生息する巨大な姿をしたイカだ。

「島根県の水族館まで見に行き、大きさにも衝撃を受けましたが、プロの解剖を見て、かなり感化されました。マキリという漁師さんが使うミニサイズの包丁のようなものを使って、ザバッと切っていくんです。“すごい! ダイオウイカにメスは使わないんだ”など、いちいちショックを受けて(笑)。機会があったら、自分でもダイオウイカの解剖をしてみたいですね。ちなみに、私が解剖するときはハサミを使っています」

▲現在までに2冊を発行している同人雑誌『いか生活』

なんと、『日本いか連合』のメンバーで、ダイオウイカを食べる集まりが開かれたこともあるという。気になるお味は……。

「すごくマズかったです(笑)。人はマズいものを前にすると雄弁になりますね。食べた人はみんな、めちゃめちゃエンジョイして、いかにマズいかを語り合いながら、“ダイオウイカが自分の血肉になるんだ!”と異常なテンションで食べていました。

味は噛めば噛むほど塩味が出てくる感じで、ただの塩水ならいいんですが、濃くて苦くて喉に張り付くようなエグみがありました。ダイオウイカが浮力に使う、塩化アンモニウムという体内の物質に臭いがあるので、それもマズさの原因だと思います。事前に美味しくないと聞いてはいたんですが、やっぱり自分で食べて知れてよかったです」

アオリイカの頭の唐揚げを食べてほしい

ちなみに、彼女自身が好きなイカは、巨大なダイオウイカとは正反対の小さなイカ、ホタルイカだそう。

「本当はちっちゃいイカが好きなんです(笑)。光るところも好き……といっても、イカの40%くらいは光るんですよ。春になると、なぜか深海からわざわざ出てくるという、季節を感じられるところも好きですし、体の仕組みも素晴らしいんです。

カウンターシェーディングと言って、お腹側が光るんですが、なぜかというと、太陽が上から当たりお腹側に影ができると、捕食者からは見えやすくなります。でも、お腹が光れば太陽光と馴染んで影が消えるから、捕食者から見えにくくなるんです。しかも、目の上にある小さい窓のようなものから光を感知して照度を測り、“今はこれくらいの明るさで光ろう”とコントロールもしているんですよ」

「唯一、色が判別できるイカ」「富山でのホタルイカすくい」などなど、さまざまなエピソードを語り続ける彼女。「魅力を全部語り尽くそうとしたら3時間はかかっちゃいます」と笑顔を見せた。

▲イカの魅力を語るには時間が足りませんね

ここから、イカマニアの彼女ならではの情報を聞き出してみた。まずは、「イカを食べることが好き!」という読者のためにイチ押しの食べ方を聞いた。

「一般的によく手に入るのはスルメイカですよね。スルメイカは、他のイカと比べて肝がすごく発達しているので、肝を活かした肝炒めか塩辛がおすすめ。新鮮なスルメイカが手に入ったら、ぜひ試してみてください。マニアックなレシピだと、アオリイカの頭の唐揚げが私は大好きです。解剖するたびに冷凍して取っておいて、半分に割って唐揚げように揚げて食べています。よく揚げて食べると美味しいですよ」

イカ素人のために、アオリイカの頭はどこなのかのご教授を。

「三角のところが頭と勘違いしてる人もいるかもしれませんが、あれはヒレなんです。イカの頭は、お腹とゲソのあいだ。いわゆるトンビと言われる口があるあたりです。スルメイカで作っても美味しいですよ」

▲アオリイカの頭の唐揚げを食べてほしい

それでは、イチ押しのイカの産地は?

「甲乙つけがたいですね。震災で被災されてしまった石川県の能登も素晴らしいイカの産地ですし。個人的には、最近行った佐渡が印象的でした。イカの文化が残っている島で、いずれ本にしたいなと思うくらい。佐渡の案内人の方に聞いたんですが、佐渡は古い文化がなくなってきてしまっていて、それはイカに関しても同じとのこと。

郷土料理やイカ徳利の作り方、昔の漁法などが失われてしまったそうです。それを調べて、写真と文章で残したいと思いました。また、佐渡はイカ釣り発祥の地のひとつとも言われていて、ここから能登や北海道の函館、青森の八戸のほうまでイカ釣りの漁法が伝わったそうなんですよ。そういうところにも惹かれました」

まいけるさんのイカ活動は、どんどんと幅を広げていきそうだ。最後に野望を聞いた。

「マグロの解体ショーのように、私がイカを解剖するところを皆さんに解説付きで見ていただいて、そのイカを料理して食べるというイベントをしています。今年の2月にも、東京・大森にある南インド料理店の“ケララの風モーニング”で、沼尻シェフに協力していただいて開催することができました。

あとは、3時間みっちり解剖だけをやるコースや、夏休みのお子さん向けにもやりたいです。“イカ好きを増やしたい!”と野望に燃えているわけではないんですが。イカを食べるだけでなく、生き物として見ると楽しいよ! と、面白がる人が増えたらいいなと思ってます」


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