小説家・原田ひ香、60歳を前にモチベーション低下「自分のためにお金を稼ぐのではなく誰かのために」新境地で活路を見いだす

原田ひ香 撮影/三浦龍司

『一橋桐子(76)の犯罪日記』(NHK総合)や『三千円の使いかた』(フジテレビ系)など、近年、作品のドラマ化が著しい小説家の原田ひ香さん。秘書勤務や専業主婦を経て、文章を書き始めたのは、30代半ばのことだった。そんな原田さんのTHE CHENGEとは。【第5回/全5回】

順風満帆な小説家人生の一方でモチベーションが低下する時期も

著書のドラマ化が相次ぎ、2018年に出版した『三千円の使いかた』(中央公論新社)が現在までロングヒットを記録、’22年時点で売上累計90万部を突破した、小説家の原田ひ香さん。ここ数年は途切れることなく、書籍化や描き下ろしオファーが続くという順風満帆でしかない小説家人生だが、原田さんは「でも……」と続ける。

「去年ですね、実を言うと、モチベーションが下がっていた時期があったんです」

ーーその原因はなんだったのでしょうか。

「なんだろう……シナリオ関係の友達と話していたときに、チラっと漏らしたことがあったんですが、”もっと仕事が欲しい”という気持ちがなくなってきてしまったというか……。
“もっと仕事が欲しい”というのは、ひとつのモチベーションとして大きいと思うし、若ければより大きいものだと思いますが、この年齢になりある程度先も見えてきて。それで、ガクッとモチベーションが下がったような気がします」

あと7年ほどで60歳。小説を書き始めたころは、「1日1分1秒でも長く、小説家でありたい」というゆるぎないモチベーションがあったが、「もっと仕事を取らなければ」という自分のための貪欲さが、年齢を重ねて薄れてきたという。

本に関わる人たちとの出会いが突破口に

そんなときに、’23年3月8日、『三千円の使いかた』が第4回宮崎本大賞に選ばれた。同賞は宮崎県内の書店スタッフや古書店員、図書館司書など、本に関わる人間が垣根を超えておすすめの1冊を選ぶ賞。発表式は宮崎市内の書店で行われるが、これまで受賞作家が発表式に参加したことはなかった。原田さんは思った、「行ってみようかな」と。

「いままで誰も現地に足を運んでいないということや、本に関わる人みんなが集まるというのを聞いて、すごく迷った末に行くことにしたんです。そこで歓迎してもらい、”宮崎を題材にした小説を書いてください”と言われて、”ああ、そういう貢献の仕方があるのか”と、目の前が開けたような気分になったんです。
自分のためではなく、人のために書いて喜んでもらうという意義もあるのか、と。そこでまた、これから先の目標が見えたような気がしました」

さらに同年10月、日本三大秘境のひとつであり、「日本で最も美しい村」のひとつとされる宮崎県椎葉村に誘われた。TikTokなどで活動しSNS世代の若者から絶大な指示を受ける小説紹介クリエイターのけんごさんと、同村図書館で対談イベントを行うためだ。

「宮崎空港から車で3時間かかると言われてビビりつつも、そこまで行き話を聞かせてもらい、“椎葉村のことを書くのもいいな”と世界が広がり、やる気が出てきたんです」

“自分のためではなく誰かのために”という思いが、目の前の世界を広げた

すると目につくのは、いつの間にか自分の世界が広がっていたことだった。

「これまでは、文芸というジャンルの雑誌やウェブで書かせてもらっていましたが、11月から日本農業新聞で『一橋桐子(79)の相談日記』という連載が始まったり、12月から婦人公論で『月収』という連載をやらせてもらっていて、より幅広くいろいろな方に読んでもらえているんだなという実感があるんです」

お金を題材にした『三千円~』が幅広く読まれていることで、お金にまつわる多様な人と会うことも多くなった。『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)の著者の田内学さんや投資家の桐谷広人さんとか、エリックサウスのイナダシュンスケ(稲田俊輔)さんとか。会ってお話しすると、すごい刺激を受ける」と話す。

「今年の始めに、能登半島地震がありましたよね。私にできることはなんだろうと思ったときに、一冊でも多くの本を書いてみなさんに読んでもらい、売上が上がれば税収になるなと。そんな風に、“自分がお金を稼ぐため”ではないベクトルで、自分にできることは仕事を少しでも多くやることだな、と思い至ったんです」

書きたいことが書ける喜びで筆が進んだ、30代半ば。60歳に手が届く距離に迫るいまは、人のために書くことで活路を見いだす。最後に、「原田さんのTHE CHANGEを教えてください」と聞くと、これまでの話の中でたくさんあるはずの印象的な転機を押しのけるように、迷いなくこう教えてくれた。

「宮崎に行ったことですね」

3月に上梓したばかりの新刊『定食屋「雑」』(双葉社)の担当編集者が「宮崎の方達、すごく喜ばれますよ!」と思わず声をあげる。原田さんは柔らかな表情でほのかにうなずいた。

原田ひ香(はらだ・ひか)
1970年生まれ、神奈川県出身。’05年、『リトルプリンセス2号』で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。’07年、『はじまらないティータイム』(集英社)で第31回すばる文学賞を受賞。’18年に上梓した『三千円の使いかた』(中央公論新社)がロングヒットを記録し、’22年時点で累計発行部数90万部を超え、’23年に第4回宮崎本大賞を受賞した。最新作は、定食屋を舞台にした心に染みる人間物語『定食屋「雑」』(双葉社)。

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