『岸辺露伴』の末永いシリーズ化を希望 『ルーヴルへ行く』を成功させた複雑な脚本構成

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が、5月6日にNHK総合で放送される。

本作は、NHKドラマ『岸辺露伴は動かない』(以下、『岸辺露伴』)を映画化したもので、人間を本に変えて記憶を見たり、指示を書き込むことで行動を操ることのできる「ヘブンズ・ドアー」という特殊な力を持つ漫画家・岸辺露伴(高橋一生)が人知を超えた異常な出来事に遭遇する姿を描く怪異譚となっている。

今回の映画では「この世で最も黒く、邪悪な絵」の謎を解くために、パリのルーヴル美術館へ向かった露伴と編集者の泉京香(飯豊まりえ)が、美術館の地下倉庫でおぞましい怪異に遭遇する姿が描かれる。

原作は、荒木飛呂彦の長編人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』(集英社/以下、『ジョジョ』)のスピンオフ漫画。

『ジョジョ』の一番の魅力は第3部から登場する「スタンド」と呼ばれる精神エネルギーが具現化した超能力だ。スタンド使いと呼ばれる異能力者が多数登場しスタンド対決を繰り広げるのが『ジョジョ』の面白さで、荒木にしか描けないエキセントリックなキャラクターと奇抜な造形のスタンドが暴れ回る様子は、娯楽性と前衛性が共存する唯一無二の漫画表現となっている。

『岸辺露伴』もまた、不気味な怪奇現象や一癖も二癖もある登場人物が魅惑的だが、それらの描写は荒木の圧倒的な画力があってこそ成立するものだ。

そのため、ドラマや映画といった実写映像で荒木ワールドを展開することは困難だと思われていたが、アニメ版『ジョジョ』の脚本・シリーズ構成も担当している小林靖子と企画・演出を担当した渡辺一貴監督の実写化に対するアプローチは実に見事だった。

あえて「スタンド」という名称を使わず「ギフト」と呼ぶことで、ドラマならではの『岸辺露伴』を作り上げており「ヘブンズ・ドアー」を筆頭とする超常現象の見せ方も、漫画の作画をCGで忠実に再現する方向ではなく、あえてアナログの手触りを残すことで、実写ならではのアプローチとなっている。

また、岸辺露伴と編集者の泉京香のバディモノにすることで『トリック』(テレビ朝日系)などのミステリードラマの手法をうまく活用している。何より最大の功労者は高橋一生を筆頭とする役者たちだろう。

荒木ワールドのキャラクターは全員エキセントリックな変人で、現実ではありえない奇行や台詞が続くのだが、過剰な漫画表現を取り込んだ上で、ケレン味のある演劇的な芝居に見事に落とし込んでいる。

そんなドラマ版『岸辺露伴』の集大成と言えるのが、劇場映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』だ。そして、劇場版の一番の見どころはルーヴル美術館内部のロケーションだろう。

原作はフルカラー漫画で、黒い絵にまつわる超常現象の場面では荒木飛呂彦のイマジネーションが爆発したおぞましくも美しい描写となっていた。映画では、歴史あるルーヴル美術館のロケーションを用いることで、全く違うアプローチの映像に仕上がっている。

脚本も原作漫画を膨らませた複雑な構造となっており、黒い絵と露伴の過去が絡んだ見応えのある物語となっているのだが、何より考えさせられるのが「芸術」をめぐる重い問いかけだ。

露伴は漫画の取材のために立ち寄った土地で怪異現象に遭遇し、何度も死にそうになる。それでも彼が探求をやめないのは面白い漫画を描くためだが、「この世で最も黒く、邪悪な絵」に関わった者たちは「呪い」によって命を落としていく。

芸術を追求した末に辿り着いた作品が誰も幸せにならない「呪い」だったとして、その表現は許されるのか? という疑念は、『岸辺露伴』の中では時々、見え隠れするテーマであり、今回の映画では全面に打ち出されている。

露伴というキャラクターが面白いのは、天才肌の変人でありながら、不特定多数の読者に向けて作品を描く漫画家であるということだ。

ルーヴル美術館で出会ったファンに対して、露伴が目にも見えない速さでサインを書く場面が象徴的だが、人間嫌いに見えても、彼は読者とのつながりをとても大切にしている。前衛的ゆえに呪われた芸術に惹かれながらも、最終的には「だが、断る」と否定して露伴は現実に戻ってくる。それは彼が芸術家である前に大衆と向き合う漫画家だからだろう。そんな露伴の姿は、どれだけおぞましいビジュアルを描いても『ジョジョ』や『岸辺露伴』で「人間讃歌」を描こうとしている荒木飛呂彦のスタンスとも重なる。泉京香という普通の女性をバディとして配置したことで「人間讃歌」としての側面がドラマシリーズでは更に強く際立っており、思想面でも荒木ワールドを見事に踏襲している。

5月10日には、いよいよ新作エピソードとなる第9話「密漁海岸」も放送される。集大成となる映画を経由してドラマに戻ってきたことで、今後ますます面白くなっていくことは間違ないだろう。年に数本だけ放送するという独自の構成だからこそ成立する『岸辺露伴』の贅沢な世界を、末長く味わいたいものである。

(文=成馬零一)

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