「待ち人」(5月7日)

 理由は分からない。銀行員はある日、突然逮捕される。測量士は仕事で呼ばれて出向いた城に、なぜか入れない―。欧州には疑問符を抱えたままの名作が少なくない。気味悪さが漂う▼ノーベル賞作家サミュエル・ベケットの戯曲「ゴドーを待ちながら」もそんな一冊だ。戦後フランス文学の傑作と称される。主人公の2人は、ゴドーの到着を待っている。しかし、現れない。たわいのない会話とともに劇は進む。なぜ来ないのか。ゴドーとは何者なのか。答えは明かされない。謎のまま舞台は終わる▼こちらは、わが古里の「ゴドー」。姿を見せない旨をしたため、目上の人に伝えようとしていたようだ。福島市の西久保遺跡から出土した木簡に筆跡が残る。「地元の首長である郡司が、有力者である国司をもてなす接待の席に参加できない」。専門家が、文字をそう解釈した。下半分が折れて見当たらず、理由は不明という▼先の戯曲のゴドーを神(ゴッド)と読む人がいる。信じる存在を失った現代人の不毛がテーマなのだと。さて、郡司はなぜ大事な宴席を断ったのか。失われた木簡の一部が見つかれば、「待ちぼうけ」を食らわず答えは明らかになるのだろうが…。<2024.5・7>

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