4回に1回しか当たらない?予測が難しい「線状降水帯」を“視る”観測船「凌風丸」「啓風丸」を取材 都道府県単位に精度高めた観測体制へ

気象庁は2024年夏から、都道府県単位で「線状降水帯」を半日程度前に予測する新たな取り組みを始める。2022年から関東甲信や近畿など地方ごとに線状降水帯の予測を行っているが、この範囲を県単位へと解像度を上げることで、よりきめ細かに住民に大雨災害への備えを呼びかける。

課題となるのはその精度だ。

現在の地方単位の予測でも、予測が当たる「的中率」は4回に1回程度。呼びかけがなかったのに線状降水帯が発生する「見逃し」が3回に2回程度と精度が高いとは言えない状況だ。さらに地方から県単位になるとより範囲が小さくなる分、予測は難しくなるとみられる。

毎年のように集中豪雨などで大きな災害をもたらす線状降水帯。

海などから下層大気に暖湿な空気が流れ込んで不安定な状態となり、空気が持ち上げられて積乱雲が発達。 その雨雲が上空の風で流されながら次々と積乱雲が作られていくのが基本的な仕組みだ。

しかし立体的で複雑な構造の線状降水帯の予測には…

(1) 下層に流れ込む水蒸気の量 (2) 地上から上空までの不安定度(大気の状態) (3) 積乱雲を流す上空の風

の3つを観測・予測する必要がある。

しかし、大量の水蒸気のもととなる太平洋上には、観測施設がほとんどなくデータがあまり得られないため予測が難しくなっている。

2隻の”きょうだい”船 洋上観測施設の内部は…

こうした線状降水帯の観測・予測精度向上の鍵を握るのが気象庁海洋気象観測船「啓風丸」「凌風丸」の2隻で、太平洋上で観測する洋上の実験施設だ。

観測機能はほぼ同様で”きょうだい”船といえる存在だが、2隻のミッションは主に「線状降水帯の観測・予測」「温暖化や海の酸性化に影響する海洋調査」の2つだ。

フジテレビ本社にほど近い東京・台場の埠頭で、啓風丸の船内を案内してくれたのは気象庁・環境海洋気象課の長谷川拓也調査官。

船内には観測・実験施設が詰め込まれているが、特に重要な役割を果たしているのは線状降水帯のもととなる水蒸気の量を人工衛星を使って観測するGNSSアンテナだ。

また、船上に設置された大きなコンテナは上空30kmまで気球を飛ばすための装置で、ガスを気球に注入。自動で放球するシステムだ。

気球が上昇しながらラジオゾンデという観測機器で風速や気温、湿度などを観測。上空までの大気の状態と上空の風などを観測することが可能だ。

ラジオゾンデは全国16カ所で決まった時間に行っているが、観測船ではこれを太平洋上で行うことで線状降水帯の正確な予測につなげる狙いがある。

観測船ではこのほか、最深6000mまで観測できる海水の採取装置もあり、36本のタンクを投入、深海までの海水を採取して、洋上の実験室のような設備で二酸化炭素濃度や酸素濃度、プランクトンの状態などを調べている。

海洋は温暖化の要因となる二酸化炭素を多く吸収していて将来的に温暖化がどう進むかへの影響が大きい。

日本近海では100年平均でおよそ1.3度海水温が上昇、これは世界平均の約2倍となっている。

海水温の上昇などは大雨災害のさらなる激甚化に繫がる可能性もあり、海洋観測は線状降水帯と同じく重要なミッションだ。

観測航海の暮らしぶりは。大変なのは”船酔い?”楽しみは「ステーキ」

調査官の長谷川さんによると海上での観測には大変な点もあるようで、機材にトラブルがあった場合もスタッフで対処しなければならないし、「船酔いが強くてもやらないといけなのでそういうときは気合いで」と話していた。

長谷川さんはもともとは気象庁の職員ではなく、長年世界各地の異常気象の原因ともなるエルニーニョの研究者からの”転職”。洋上観測のやりがいについて「天気予報に有効利用されることで予報精度に貢献することが大きい」と強調していた。

一方、もう一隻の観測船、4代目の「凌風丸」は4月に運用が始まったばかり。およそ30年ぶりに新造された。

観測機能はほぼ変わっていないものの360度全方位に動かせる推進器が整備されるなど操船技術が向上していて、太平洋の荒波の中でもより安定した観測が可能になっている。

また、女性の乗組員や観測員が増加していることを受けて、女性専用の区画が新たに設けられ専用の個室や洗濯機、浴室などが整備された。

こうした観測を行っているのが15人程度の職員だ。一度海に出ると補給をしながら1~2カ月に及ぶ観測航海となり、交代制で1日8時間観測、洋上にいる間は休みの日はないという。観測員それぞれに個室があり、中には冷蔵庫やテレビも完備されている。

4代目となる凌風丸の長北清和船長は30年以上乗船するベテラン。

観測航海について「気象状況が変わったときに対応する、こうすれば観測うまくいくんじゃないかと変えてみたりする醍醐味がある。(航海中の楽しみ)お酒飲みますので仕事終わりに好きな音楽聴きながら一杯飲むのが楽しみ」と話していた。観測の余裕があるときは釣りなどもするという。

乗組員に航海中の楽しみを聞いたところ、一航海で一度だけという「ステーキディナー」だとか。

2隻の観測船は線状降水帯予測・観測のための次のミッションに向けて出航した。

一方でこれからの雨の時期、情報の受け手となる我々の事前の備えも重要だ。

線状降水帯の予測は、こうした海洋観測やスーパーコンピュータの能力向上が進んでいるものの、予測の精度は尚、発展途中の段階にある。それは、予測には雨の量と雨雲の線状の形の両方が基準を満たさないといけないためだ。

ただ、雨雲が線状にならない場合など予測が当たらなかったケースでも、これまでに事前に予測されたほぼ全てのケースで災害を引き起こすような大雨が発生していて、危険度が高まることには変わりはなかったことがわかっている。

まもなく訪れる雨の季節を前に、地域のハザードマップの確認、予測情報が発表されたときにどのように身の安全を守る行動をとるのか、改めて家族を守るための事前の備えをお願いしたい。

(執筆:フジテレビ社会部 柴木友和)

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