生まれつき重度難聴のある女の子。手で音楽を奏でるホワイトハンドコーラスとの出会い【体験談】

明凛ちゃん5歳のとき(写真右)、楽曲『Dream Land』の披露会での演奏。白い手袋をはめ、手を使って歌を表現します。

都内に住む秋山直美さん(46歳)は、現在小学校2年生の明凛(あかり)ちゃん(7歳)と暮らすシングルマザーです。明凛ちゃんは0歳のときに重度の先天性難聴と診断され、その後人工内耳を装用する手術を受けました。現在明凛ちゃんは、インクルーシブ合唱団・ホワイトハンドコーラスNIPPONに所属し、手で歌を表現する「手歌」の演奏活動をしています。明凛ちゃんの聴こえの様子や、コーラスでの活動などについて、直美さんに話を聞きました。全2回のインタビューの2回目です。

重度の先天性難聴で生まれた娘を育てるシングルマザー。親子でおしゃべりできるようになる日まで【体験談】

人工内耳の手術と療育で、日常会話ができる聴力に

明凛ちゃんが7歳のときに「けんかしたらみてね」と書いてくれたママへの手紙。

生後6カ月で先天性の重度難聴と診断された明凛ちゃん。0歳から補聴器を用いて声や音を聞く療育を受け、その後、3歳で右耳、5歳で左耳に人工内耳を装用する手術をしました。人工内耳を装用しての言語獲得の療育を受けた結果、現在は両耳で40デシベルの聴力となりました。40デシベルというと、小さな話し声は聞き取りにくいけれど、普通の会話には不自由しないくらいの聴力です。

「現在は明凛は、私とも、お友だちとも、声で話をしてコミュニケーションを取っています。でも明凛は、人工内耳を両方はずしてしまうと、まったく音が聞こえなくなります。自宅では、寝るときには片方は充電をし、片耳だけ人工内耳をつけて音が聞こえる状態で寝ています。

明凛は耳で聞きとり、声を出してやり取りをしていますが、周囲の人に配慮してもらったほうが明凛にとってコミュニケーションが取りやすい状況はたくさんあります。
後ろから話しかけられたり、大人数での会話や、雨の中や人混みでの会話は聞き取りにくさがあるからです」(直美さん)

健聴者は周囲が騒がしい状況でも、注目する相手の話を聞き取ることができますが、人工内耳はすべての音が同じ大きさで聞こえてしまうために、注目する相手の声だけを聞き分けることが難しいのだそうです。

「小学校に入学する前の療育では、『後ろから話しかけるとわからないから前から話してね』『みんなで話すと聞こえにくいから、1人ずつ話してね』『もう1回言って』など、協力を呼びかける練習もしました。難聴がある明凛の状況をそうして伝えないことには、周囲のお友だちもわからないと思うんです。

聞こえにくさがあることをわからないままだと、『話しかけたのに無視された』といじめの原因になりやすいと聞いたこともあります。だれでも困ったときには、1人だけで抱え込まずに人に力を借りることは大事ですよね。

私も保護者会で娘の状態を説明し、『明凛はみんなのことが大好きで悪気はないので、もしお子さんが無視されたと悲しい気持ちになることがあったら、明凛の聴力の状態について、お母さん・お父さんからもお子さんに伝えていただけますか』とお願いしています。学校の先生には、明凛の人工内耳の受信機で先生の声を聞き取れるように、『ロジャー』というワイヤレスマイクを付けてもらい協力してもらっています」(直美さん)

ハンディキャップは社会が作るもの

4歳のころに畑作業をしたとき。大きな大根を収穫しました!

明凛ちゃんが5歳で年長だった夏、直美さんは知人の紹介で「ホワイトハンドコーラスNIPPON」に出会います。ホワイトハンドコーラスNIPPONは、2020年に活動を開始したインクルーシブ合唱団。声で歌う「声隊」と歌詞を手話で表現する「サイン隊」で構成され、聴覚や視覚、身体に障害のある子どもも障害のない子どもも一緒に演奏を行います。もともとは26年前にベネズエラで生まれ、サイン隊が白い手袋をして歌の世界を表現したことから「ホワイトハンドコーラス」と名づけられました。

「人工内耳を装用する前から、明凛は歌うことや踊ることが大好きでした。知人に紹介してもらい練習を見学してみたら、私も明凛も、ホワイトハンドコーラスのみなさんのことをすぐに大好きになりました。

子どもたちを指導する先生たちの考え方は『ハンディキャップはその子自身の問題ではなく、社会が作るもの。耳が聞こえにくいとしても、手話を用いたり、大きな声で話したり、社会がその人が生きやすいように対応すれば、ハンディキャップではなくなる』というもので、すばらしいと感じました。

練習に集まる人たちの空気感がとてもあたたかく、『ここを明凛の居場所にできたらいいな』と感じました。明凛も『すごく楽しかった!』とすぐにサイン隊への参加を決め、毎週日曜日の練習に通うようになりました」(直美さん)

明凛ちゃんは手話の練習をしたことがありませんでしたが、サイン隊の練習に参加するようになってから、歌詞を手話で表現する「手歌」の練習を重ねました。

「何曲もの手歌を覚える必要がありますし、さらに音楽を表現しないといけません。かなり集中力も必要だと思いますが、明凛はとっても楽しそうです。もともと踊ることも大好きだった明凛にとっては、手歌をダンスのようなイメージで覚えているのかもしれません。

ホワイトハンドコーラスのすばらしいところは、子どもが自分たちで歌詞から手歌を考えるところです。先生方は、子どもたちが考えた手歌の意味を表現するために、どんな空気感を作るか、どんな気持ちで表現するのかを指導してくれます。毎週の練習を通して、明凛自身の心もずいぶん成長したと感じます」(直美さん)

ママと一緒に七五三のお参りへ。

ホワイトハンドコーラスの活動は、その高い芸術性から国内外で注目を高めています。2024年の2月には、オーストリアの財団が主催するバリアフリーのアカデミー賞「ゼロ・プロジェクト・アワード」を受賞。そして、ウィーンの国連事務局の特設会場で、ウィーンの合唱団との共演により、ベートーヴェンの交響曲『第九』の演奏を行い、大盛況を収めました。帰国後には、神奈川県庁や都庁へ表敬訪問をするなど、さまざまな場所で演奏活動を行っています。

「ウィーンでの演奏を終えて帰国してから、明凛のパフォーマンスの変化を感じます。以前は、覚えた動きを手で再現する感じだったのが、自分の想いを伝えようとする能動的な表現になってきました」(直美さん)

自分と違う個性を自然に受け入れられるように

楽曲『Dream Land』のパフォーマンス動画を撮影した際の一コマ。みんなとっても楽しそう。

さまざまな個性をもったメンバーがいるホワイトハンドコーラスで活動する中で、明凛ちゃんには多様性を受け入れる力も自然に身についているそうです。

「メンバーには目が見えにくい人、車椅子の人など、さまざまな特徴を持つ人がいます。明凛も車椅子を押させてもらったことがあります。初めは怖がっていたけれど、どう動かせばカーブしやすいかなど、動かし方を教えてもらいながらチャレンジしてみたら、人の役に立つ喜びを知ったようです。

いろいろな個性を持つメンバーと出会ったことで、相手が何ができないかではなく、何ができるかを見ようとしたり、自分がどうサポートをすれば相手のできることが増えるかを想像できるようになったと思います。明凛にとってそれは特別なことではなく、お友だちとのかかわりのなかで自然に身についてきたこと。ホワイトハンドコーラス自体が、ボーダレスな社会になっているのでしょう。この世界観が周囲に広がれば、もっと優しい世の中になるんだろうな、と感じます。
私自身も障害のある子を育てる親として、明凛のできることに目を向けて、それを伸ばしていくことの大切さを知りました」(直美さん)

直美さんは、明凛ちゃんに難聴がある事実は変えられなくても、解釈しだいで前向きに楽しく生きられる、と考えているそうです。

「難聴や障害があって生まれてくることは、喜ばしいことではないかもしれません。でも、だから不幸かというと、それは違うと思っています。ホワイトハンドコーラスに出会った私たちのように、その個性を持って生まれたからこそ、出会える人や経験できることがあるはず。難聴があるという事実は変わらないけれど、明凛が幸せに生きることを目的に、これからも親子で楽しい経験をたくさん積み重ねたいと思います」(直美さん)

子どものできることを見つけて伸ばしたい【ホワイトハンドコーラスNIPPON代表 コロンえりかさんより】

「美ら島おきなわ文化祭2022」のステージイベントで『ツバメ』の手歌バージョンを演奏しました。

練習に見学にくるほとんどの保護者が「このくらいしか聞こえないんですが・・・」「知的障害があるから理解できるかわからないけれど・・・」と、子どものできないことを心配しています。けれど練習を通してその子のできることを見つけていくことで、子ども自身も親も変化していくと感じます。

子どもが「1人の人間」として、コミュニティに必要とされる存在なんだという自覚が生まれた瞬間、表現力や表情だけでなくすべての行動が変わります。たとえば、自分で練習場所の椅子を並べたり、自分の意見を言えるようになったり、自分の言葉で考える力がついたり。さらに舞台の本番を経験して得られた自信が、子どもを大きく成長させるのだと思います。

障害のある子どもを育てる親は、孤立して悩んでしまうことが多いように感じますが、私たちの仲間のように、手話や点字を使う子やいろんな違う才能を持った子たちが、いきいきと自信を持って演奏する姿を見てもらえたらなと思います。

お話・写真提供/秋山直美さん 取材協力/コロンえりかさん、ホワイトハンドコーラスNIPPON 写真/MarikoTagashira、Miyuki Hori 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部

ダウン症の三女の誕生をきっかけに人生観が変わった。「障害のある子も思いきり遊べる場所を作りたい」道場設立への思い【男子柔道日本代表監督・鈴木桂治】

ホワイトハンドコーラスNIPPONで出会ったお友だちの姿にあこがれて、明凛ちゃんは「その子のようになりたい」と演奏会のMCなどいろんなことにチャレンジしているそうです。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

El Sistema Connect ー ホワイトハンドコーラスNIPPON ー

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年4月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

© 株式会社ベネッセコーポレーション