「え…あれってフィクションなの!?」 バトル漫画に登場した「思わず信じてしまった架空の設定」

少年チャンピオン・コミックス『グラップラー刃牙完全版』BAKI THE GRAPPLER 第5巻(秋田書店)

漫画はフィクションだが、そこに描かれている豆知識はなぜか信じてしまいがちだ。とくに説得力のある作品は、“作り話”ひとつとっても読者に「もしかして本当?」と思わせる力がある。

今回は、そんな「思わず信じてしまった漫画の作り話」を紹介しよう。

■首に視神経がある気がしてくる…『刃牙』の紐切り

板垣恵介氏が描く格闘漫画『刃牙』シリーズ(秋田書店)には、よく考えてみたら奇妙な作り話が少なくない。

代表的なのは、空手家・鎬昂昇の必殺技「紐切り」だ。極限まで鍛え抜いた貫き手で相手の首筋に通っている視神経を切り裂き、視力を奪いとる技である。その残虐さから彼は“紐切り鎬”と恐れられ、主人公の範馬刃牙も大いに苦しめられた。

しかし、当たり前の話だが人間の視神経は眼球付近にあるはずだ。首筋にいくら“紐切り”をされようが視力が奪いとられるなんてことはありえず、おそらく血まみれになる程度だろう(それはそれで十分強そうだが……)。

しかし、実際に“紐切り”のエピソードを漫画で読むと、なぜか納得してしまう説得力がある。『刃牙』という作品が持つ勢いと熱量が、ありえない視神経を読者に想像させるのかもしれない。

■英国人なら誰もが知ってる?『ジョジョ』のタルカスとブラフォード

次は、荒木飛呂彦氏の『ジョジョの奇妙な冒険』(集英社)第1部に登場した屍生人、タルカスとブラフォードを見てみよう。この2人を蘇らせた吸血鬼、ディオ・ブランドーが「英国人なら誰もが知る」と語るほどに有名な、歴史に名を残した偉人コンビである。

1565年のイギリスで女王メアリー・スチュアートに仕える騎士として生きた、タルカスとブラフォード。2人は政敵エリザベス1世に囚われた主の身代わりとなり、自ら処刑される道を選ぶ。

「自分たちが死ねばメアリー女王は助かる」と、忠義のために命を捨てた2人だったが、処刑の直前にメアリーはすでに殺されていたことを知ってしまう。裏切られた怒りと憎悪で2人は悪鬼のような顔に歪み、怨念の言葉を叫びながら斬首されるのだ。

以上がタルカスとブラフォードの伝説だが、これもすべて作り話である。頼りになる師匠キャラ、ウィル・A・ツェペリが「あの伝説のふたりの騎士」と言っているせいで「あのツェペリさんが言うなら」と信じたくなるのだ。

しかも、メアリー・スチュアートといった実在の人物が登場しているのもなんとも憎い演出だ。作り話のコツはちょっとだけ真実を混ぜることだとよく言われるが、このエピソードはその良い例といえるだろう。

■理論がそれっぽすぎる…『るろうに剣心』二重の極み

和月伸宏氏が描く剣客バトル漫画『るろうに剣心ー明治剣客浪漫譚ー』(集英社)の必殺技は、いかにも“それっぽい”理論で解説されることが多い。

超神速の抜刀術で真空状態を作りだす「天翔龍閃」や、刀身についた人の脂を燃やす「無限刃」などさまざまあるが、とくに“それっぽかった”のはズバリ、「二重の極み」ではないだろうか。

二重の極みは、相楽左之助が十本刀・悠久山安慈から伝授された技だ。拳を立てながら指の第2関節で相手を殴り、次の瞬間に拳を折り曲げて二撃目を叩きこむ。すると大岩をも粉々に砕く破壊力を得る、というもの。

「物質にはすべて抵抗が存在する」「一撃目の衝撃と物体の抵抗がぶつかった瞬間に二撃目を打つ」と作中で理論が丁寧に語られており、つい納得してしまうのが二重の極みの面白いところだ。

なんとなく科学らしい理屈から「実際にできるかも!」と思って二重の極みに挑戦してみた人もいるのではないだろうか。ちなみに筆者もそんな子どもの1人だったが、ただ拳を痛めて終わった。

2024年中に放送が決まっているアニメ版でもこの二重の極みが登場するはずだが、令和にも二重の極みをまねる子どもがきっと現れるだろう。

漫画内で語られる「思わず信じた作り話」はまだまだある。宮下あきら氏の『魁!!男塾』に登場する「民明書房」で取りあげられる技や雑学もそうだし、今回紹介した『刃牙』シリーズではほかにも「シンクロニシティ」という現実と食い違うエピソードが登場する。

漫画そのものがフィクションなのだから、そのなかで語られる知識の真偽はさして問題ではない。読者に信じさせるほどの説得力や迫力、ひいては面白さがあるか。それを満たした作品が名作と呼ばれるのではないだろうか。

© 株式会社双葉社