医者が脳梗塞で失語症に…どんなリハビリで回復できるのか?【正解のリハビリ、最善の介護】

ねりま健育会病院院長の酒向正春氏(提供写真)

50代の男性医師、Cさんのお話です。

ある朝、起床してから、母親に贈るための“母の日カード”にメッセージを書こうとしました。しかし、「母の日おめでとうございます」と書くつもりが、文字がまったく浮かんできません。「母」の単語が出てこないのです。さらに、ろれつが回りません。ただ、手足は動いたので、妻に手ぶりで言葉が出ないことを知らせ、大学病院の救急センターに連れて行ってほしいと伝えました。

救急センターでは、麻痺はなく歩くことはできましたが、話すことができません。緊急MRI検査が行われ、「急性期脳梗塞」と診断されてSCU(脳卒中集中治療室)に入院となりました。

脳梗塞は、脳の血管が詰まって血流が途絶える病気です。幸い、Cさんの急性期治療は、カテーテルを使って血栓を取り除く脳血管内手術という侵襲的な治療は必要なく、血栓を溶かす薬の点滴と内服治療だけで治療ができるという方針になりました。

Cさんは点滴と内服の治療を受け、その日の夕方5時には「あ、い、う、え、お」が言えるようになりました。ただ、他の文字はまだ浮かびません。そこで、Cさんは眠りにつくまで徹底的に「あ、い、う、え、お」を繰り返し学習しました。

この状態は、左前頭葉の脳梗塞による言葉がつくれない失語症という症状です。障害名は「失語症と高次脳機能障害」となります。失語症には、言葉を発する運動性言語機能と、言葉の意味を理解する感覚性言語機能があり、Cさんは運動性言語機能が主に障害され、感覚性言語機能も軽度に障害されていました。ただ、幸いなことに麻痺はなかったので、自分で動くことができました。これにより、トイレなどの身の回りのことは自分でできるので、自分の尊厳を保つことができました。

Cさんのように医師が脳梗塞になった時、何ができるでしょうか。まずは急いで脳卒中救急センターに行き、専門医の診察と治療を受けることです。そこで急性期治療を受け、その方針を理解することが重要です。治療方針は、専門医に任せるしかありません。

もうひとつ大切なのは、障害の治療を受けることです。こちらは、障害の診断を受けてから、医師とリハビリ療法士による障害を改善する訓練に取り組むことになります。どれくらいやる気を持ってリハビリするか、もしくはしないかは、患者自身の決定になりますが、それで回復の運命は決まってしまいます。つまり、基本は自分が頑張るしかないのです。

■「患者の心がけ」で回復の運命は決まる

よりよく障害を回復させるためには、私の著書で説明している「患者の心がけ」が必要です。Cさんが一番必要としたのは、「自分の障害の評価」と、「改善した変化の説明」でした。今日は何が改善したか、そして何が改善してないかを教えてもらうと、自分が今日何を頑張ればいいか明確になるためです。こうした状況下でCさんは何を考え、何を決意したのでしょうか。

発症翌日、Cさんは目が覚めた時には「失語症は気のせいだった」と思いました。しかし、「あ、い、う、え、お」しか唱えることができず、脳梗塞によって失語症になったことを自覚しました。そこで、「脳の可塑性」を信じて、失語症のリハビリに必死で取り組もうと決意しました。

ただ、五十音表を思い浮かべても、カ行以降の文字が浮かびません。そんな状況を受け、Cさんは母音の重要性を理解できていたことからア行の次はカ行と考え、「かあ~、きい~、くう~、けえ~、こお~」と唱えて学習したのです。そうやってカ行が唱えられるようになったらサ行、サ行ができるようになったらタ行と、五十音表を思い浮かべながら学習を続けました。

また、家族の名前を唱える学習にも取り組み、さらには医師の仕事で使う「心雑音あり」「心雑音なし」という言葉も言えるように学習しました。

次回、回復を目指すCさんが発症3日目以降にどんなリハビリに取り組んだのか、順を追ってお話しします。

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