「どこも高い」ため息が出る都内マンション。23区は初の1億円超え、もはやお金持ちしか買えない? アジア富裕層の投資でマネーゲーム化、パワーカップルも相場を引き上げ

三井不動産と三菱地所が手がける三田ガーデンヒルズのイメージ

 週末にマンションのモデルルームを見て回っているという東京都内の会社員女性(43)はため息をついた。

 「どこも予想より2、3割高い」。

 この女性が探しているのは23区内の新築分譲マンションだ。だが、その平均価格は2023年に初めて1億円を超え、日銀の利上げで住宅ローンの金利が今後上昇する可能性も高い。

 「いま買うべきかどうか」。悩ましい状況だ。

 マンション価格の高騰は、歴史的な円安で海外から投資マネーが流れ込み、マネーゲームの様相になっていることも一因だ。人口集中が続く都内のマンションは中古を含め、中国や台湾といったアジアの富裕層から見れば割安かつ手堅い資産に映るためだ。

 都内のマンションは外観や内装の高級化も顕著になっている。もはやお金持ちしか買えなくなっていくのだろうか。(共同通信=中尾聡一郎)

 ▽1部屋45億円。マンション価格は「みんなが上がり続けると思えば上がっていく」

 調査会社の不動産経済研究所がまとめた2023年の販売動向によると、東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県の平均価格は1戸当たり8101万円。中でも東京23区は突出しており、平均価格は1億1483万円と前年から4割近く上昇した。首都圏、23区ともに統計を取り始めた1973年以降で最高の価格となった。

 2023年にその豪華さで市場の注目を集めたのが超高級マンションの三田ガーデンヒルズ(東京都港区)だ。三井不動産と三菱地所の大手2社がプライドをかけて開発した全1002戸。一般販売で最高45億円という価格は大きな話題になった。

 三井不動産が2023年秋、報道陣に公開した約255平方メートルのモデルルームは広い寝室やリビング、ウオークスルー型の衣装収納やサウナといった設備を富裕層向けにしつらえた。立地はもちろん外観や内装、設備に至るまでぜいたくを極めている。

 一般販売はされず、不動産経済研究所の統計対象からは外れるが、2023年は森ビルが手がけた麻布台ヒルズ(東京都港区)の超高級マンション「アマンレジデンス 東京」も完成した。

麻布台ヒルズの「ガーデンプラザ」(手前)と「森JPタワー」(奥)=2023年11月、東京都港区

 日本一高い「森JPタワー」の上層階を占める住宅は全91戸。200億~300億円の住戸もあるとされ、超富裕層を顧客に抱える証券会社幹部は「100億円の部屋を購入した顧客がいた」と明かす。

 東京の都心だけでなく、周辺エリアの物件も上昇傾向は同じ。価格が1億円以上の「億ション」は2023年に首都圏で計4174戸が売られたが、これはバブル期の1990年に記録した3079戸を上回って過去最多を更新した。2023年の総戸数2万6886戸のうち、およそ6戸に1戸が億ションだったことになる。

 都内の市場は天井知らずの様相で、大手デベロッパーのある幹部は「マンションの価格は姿が見えない『空気』みたいなもの。みんなが上がり続けると思えば上がっていく」と平然と言ってのける。

麻布台ヒルズの「森JPタワー」(中央)=2023年11月、東京都港区

 ▽低金利、パワーカップル、原価高騰、海外富裕層…
 マンションはなぜ高くなったのか。デベロッパーや専門家らへの取材では、理由は主に四つ。(1)低金利(2)パワーカップルの増加(3)用地代や建築費といった原価の高騰(4)海外富裕層の存在―がそれぞれ絡み合っている。

 2013年に日銀が始めた大規模な金融緩和策によってお金を借りる際の金利が下がり、高額な物件でも手を出せる世帯が多くなった。住宅ローンの借入額が増えても返済額はそれほど膨らまず、家計に与える打撃が和らぐためだ。インターネット銀行では変動金利型の住宅ローンで年0・2%台の商品もあり、国土交通省によると新規貸し出しの8割弱が変動金利型という。

 家計側の要因でもう一つ、高収入の共働き世帯「パワーカップル」の増加もある。野村不動産によると、自社物件「プラウド」を購入した共働き世帯では年収1500万円超が2023年に37・4%を占めた。2015年の19・6%から年々上昇を続けており、「パワーカップルの増加が好調なマーケットを支えている」という。正規雇用の女性が増えたことが背景にあるとみられ、こうした世帯が通勤に時間がかからない都心に近い立地のマンションを好んで買っている。

 上昇する原価を価格転嫁している側面も。部材の価格や人件費が上昇を続け、ターミナル駅に近いなど交通利便性が高い土地をデベロッパーが高値で購入するケースが多い。テレワークが浸透した新型コロナウイルス禍では、郊外に立地していても暮らしやすさを重視する消費者の目に留まったが、コロナ収束後は資産価値の高さから中心部の物件に人気が集中している。大手の土地仲介会社によると、こうした需要がオフィスやホテルといった従来の用途と競合する形で土地の価格が上がっている。

 海外富裕層の存在も見逃せない。住宅情報サイト「SUUMO」の柿崎隆副編集長は「中国や台湾のお金持ちが(都心マンションを)何戸かまとめて購入したという話をよく聞く」と明かす。円安進行による割安感や、東京への人口集中を前提とした「手堅い資産」として海外からも資金が流れ込んでいるようだ。

大京穴吹不動産が販売する1億6500万円の中古マンション=3月、東京都港区白金

 ▽再開発狙い、中古でマネーゲーム
 東京都港区にありながら喧噪とは無縁の高級住宅街として知られる白金。2023年末、7階建てマンション「朝日エンブレム白金台」の一室が新たに売りに出た。築27年で広さは約87平方メートル。ファミリータイプの角部屋には4月下旬時点で1億6500万円の値が付く。

 仲介大手の大京穴吹不動産(東京)が仕入れ後に間取りや機能を刷新するリノベーションをして、絵画を飾る空間を設けるなど「白金仕様」に内装を変更した。売買を担当するのは、同社が2021年に港区に新規出店した「麻布レジデンスサロン」。億ションを専門に取り扱っており、住み替えを考える日本人富裕層や値上がり益を狙う海外投資家が主な客層だ。

中古マンションに設けられた絵画を飾る空間=3月、東京都港区白金

 麻布レジデンスサロンの七尾美紗店長によると、特に海外投資家は「再開発を当て込んで先回り買いをする人が多い」という。中古物件が再開発でタワーマンションに化ければ、膨大な差益が転がり込むという算段らしい。買ってすぐ転売する動きもあり、さながらマネーゲームだ。好調な市況を受け、大京穴吹不動産は億ション専門店を都内で増やす計画だ。

 調査会社の東京カンテイによると、都心6区(千代田、中央、港、新宿、文京、渋谷)では2023年の70平方メートル当たりの平均売り出し価格は前年比6・3%上昇の1億419万円。調査を始めた04年以降、価格は初めて1億円を超え、この10年で2倍に膨らんだ。

 高橋雅之主任研究員は「円安で外国人が買いやすくなったが、人気は手堅い需要が見込める都心に集中している」と分析する。中古市場は抽選販売のような新築特有の煩わしさも少なく、海外勢の存在感が大きい。

 ▽業界団体トップ「都心部にふさわしいのは超高級」
 市況に詳しい不動産経済研究所の松田忠司上席主任研究員は都内のマンションについて「(当面は)値段が下がる要素はない」と断言する。

 実際、足元の調査でも郊外のファミリータイプより都心の高額物件の方がよく売れている。日銀によるマイナス金利政策解除に伴う住宅ローン金利上昇の影響も「今のところ限定的」という。建設業界は人手不足にあえぎ、人件費上昇はこれからも続く見通しだ。

 工事費が高くなった影響で、郊外のマンションでも価格を引き上げないとデベロッパーが利益を確保できないが、郊外の高額物件は消費者が価値を感じにくい。こうしてマンションの立地が駅に近い便利な場所に絞られた結果、2023年の新規発売戸数は2万6886戸と、ピーク時の2000年に記録した9万5635戸から7割を超える減少となった。供給減が値上がりに拍車をかける構図だ。

 デベロッパーを束ねる業界団体の不動産協会が2024年3月中旬に開いた記者会見で、吉田淳一理事長(三菱地所会長)はこう語った。

 「都心部のマンションは超高級というか、都心部にふさわしい機能を持つべきだ。個人的には、海外の方にも選んでもらえるような高級なものがふさわしいと思う」

 「ただ郊外、都内でも周辺部であれば、必ずしも高級ということではなくて、ダブルインカムの方を含めた実需層が生活の拠点として選ぶものを造ることは可能だ。都心部でも2人世帯のパワーカップルが住めるようなものはニーズがある。多種多様なマンションがこれからも造られていくのだろう」

 「JR山手線の内側で考えると適地が足りなくなってきたが、(市街地再開発や古いマンションの建て替えなどで)ここ数年は適地もある。何とか現状の規模くらいは、しっかりとマンションを供給する流れが続くのではないか」

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