アングル:インドの国内出稼ぎ労働者数億人、「投票か仕事か」厳しい選択

Annie Banerji

[ノイダ(インド) 1日 トムソン・ロイター財団] - インド東部の故郷に帰り、投票を済ませ、妻と3人の子どもと一緒に過ごす――それが理想だとシャフィク・アンサリさん(37)は言う。だがアンサリさんとしては、夏の陽射しのもと、ニューデリー郊外で汗水流して重労働に励むしかない。賃金をもらい損ねるわけにいかないからだ。

アンサリさんに限った話ではない。インドでは6月1日まで、10億人近い有権者による世界最大の選挙が続くが、全国で膨大な数の出稼ぎ労働者がアンサリさんと似たジレンマに直面している。選挙結果は6月4日までに判明する見込みで、モディ首相が勝利し、異例の3期目を迎えるものと予想されている。

アンサリさんはジャールカンド州出身。ニューデリーの衛星都市ノイダで道路建設に汗を流し、1日600ルピー(約1100円)を稼ぐ。こうした境遇の人にとって、投票に伴う犠牲は大きい。休暇中は無給になる恐れもあり、給料泥棒という非難や失職も怖い。旅費は高額で、しかも家族からはお土産まで期待される。

「もし乗車券が無料で有給休暇をもらえるなら、投票のために帰郷する。でも、それはありえないから、ここにとどまって最善の選挙結果を期待している」と、アンサリさんは言う。

アンサリさんは30人ほどの出稼ぎ仲間を手振りで示しながら、「私たちは仕方なくここにいる。仕事のためだ。故郷では何の仕事も見つけられなかった」と語る。大半は、インド東部のジャールカンド州や隣のビハール州といった貧しい地域の出身だ。

仲間も皆アンサリさんと同意見で、投票のために帰郷するつもりはないという。取りはぐれる2日分の賃金と旅費で少なくとも4000ルピーを失うことになるからだ。ノイダで働いていれば、月に最大2万4000ルピーを稼げる。

トムソン・ロイター財団は他にもニューデリー市内や近郊で働く20数人の出稼ぎ労働者に取材したが、投票のために帰郷すると答えたのは4人だけだった。そのうち3人は、故郷が比較的近いため、犠牲にするのは賃金1日分と、移動に要する数時間だけだという。

公式統計では、インドの「国内移民」の数は10年間以上も更新されていないが、専門家によると、その数は有権者数の40%にも達する可能性があるという。

入手可能な最新のデータでは(それでも2011年のものだが)、当時の総人口12億1000万人のうち、国内移民の数は4億4500万人だった。

シンクタンク移民・開発国際研究所のS・イルダヤ・ラジャン会長は、この数はさらに1億5000万人増加している可能性があると話す。

「インドの政策や計画において、移民は依然として目に見えぬ存在になっている」とラジャン会長は言う。

2020年前半の厳しいロックダウンによって最も打撃を受けた人々のうち、推定1億人が出稼ぎ労働者で、ロックダウンを契機として都市からの流出が生じた。多くの労働者は徒歩で帰郷し、その苦境はテレビで生放送され、世界中で大きなニュースになった。

「忘れて終わり、というわけにはいかない。たった4年前の話だ」とラジャン会長は言う。

「これが選挙の争点にならないのは、誰も移民のことなど気にかけてなどいない証拠だ」

<地方の苦境>

ラジャン氏は、出稼ぎ労働者の大半は、短期の季節労働者で、貧しく教育水準も低く、非正規労働に就いていると説明する。そのため、組織化して自らの権利を勝ち取ることが困難になっているという。

ラジャン氏は、出稼ぎ労働者が選挙で自らの姿勢を示さなければ、重要な意思決定から取り残される形となり、搾取はいっそうひどくなり、その交渉力も限定されてしまうのではないかと警告する。

「問題は、出稼ぎ労働者は経済に大きく寄与しているにもかかわらず、票田として扱われていないという点だ。そこを何とかしないといけない」とラジャン氏は述べ、出稼ぎ労働者の問題を扱う省庁の創設を求めた。

特に35歳以下で顕著だが、多くの労働者は都市に集まり、肉体労働や運転手、店員や家事手伝いなど、何でもいいから仕事に就き、インドの驚異的な経済成長と都市部の繁栄の恩恵にあずかろうとしている。

沿岸部のケララ州にある移民・包摂開発センターのベノイ・ピーター所長は、きちんと稼げる仕事が郷里に十分あれば、大半の人は「インドの都心部で二等市民として扱われる」ことを選びはしないだろうと語った。

2019年に行われた直近の総選挙では、3億人以上が投票しなかった。政府のデータによると、棄権者のかなりの部分を出稼ぎ労働者が占めている可能性が高い。

<模索される新たな投票手段>

出稼ぎ労働者たちは皆、あらゆる犠牲を払って投票のために帰郷することは考えられず、大半の人が短期の仕事で各地を渡り歩いているので、就労先の土地で有権者登録をすることも不可能だと声をそろえる。

インドの選挙管理委員会は、代理投票、特別な投票所での期日前投票、オンライン投票など、代替的な投票制度に取り組んでいる。

遠隔投票センターも検討されている。これがあれば、出稼ぎ労働者たちは投票するために地元の選挙区に帰郷しなくて済む。

とはいえ、こうした代替手段は、投票の秘密の保障をはじめ、行政や法令、そして技術上の困難のためにまだ実現していない。

出稼ぎ労働者の投票を可能にする方策について、インド選挙管理委員会に繰り返し質問を送ったが、回答は得られていない。

大半の出稼ぎ労働者は、2人の例外を除いて、たとえ選択肢が与えられたとしてもオンラインやスマートフォンアプリ経由での投票はしないと言い、投票結果が改ざんされる可能性を理由に挙げる。

デリーの段ボール製造工場で働くビニータ・アヒリワルさん(32)は、「(テクノロジーは)信用できない。自分の親指で投票ボタンを押す必要がある」と語る。ボタンとは、インドで採用されている電子投票機(EVMs)のボタンだ。

だが、誰もが棄権を選ぶわけではない。

ノイダで建設労働者として働くカジュ・ナトさんにとって、投票することは責任だ。その責任を果たすため、ナトさんはあらかじめ上司に1週間仕事を休むと申し入れた。約1100キロ離れたビハールに戻るためだ。

ナトさんは手についたセメントの埃をはたきながら、「約1万ルピーを失うことになる。それでも、少なくとも私は、より良い未来のために投票する。郷里の州には、産業も工場も仕事もない。その現状を変えるには、自分が投票しなければ」と語った。

「子どもたちのために、彼らが大人になったら郷里で仕事に就けるように、投票しなければならない。子どもたちは、私のような生活を送るべきではない」

(翻訳:エァクレーレン)

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