宗教国家の米国、今や無宗教が最大「宗派」に 保守政治との一体化を敬遠、トランプ氏は特製聖書を販売【ワシントン報告(16)キリスト教】

聖書を手にするトランプ前米大統領=2020年6月、ワシントン(AP=共同)

 米国はキリスト教主体の宗教国家の一面を持つ。人工妊娠中絶や同性婚が大統領選の重要な争点になるのも、子供は神からの授かり物というキリスト教の考え方が根底にある。半面、無宗教の人が増えており、調査機関によれば、宗派で分けると国民の28%を占め最大のグループになった。中絶や同性婚を容認するなど社会が多様化する中、保守的な政治と宗教の一体化が敬遠されている。(共同通信ワシントン支局長 堀越豊裕)

 ▽すがすがしい朝

米国・バージニア州

 ワシントン近郊バージニア州アーリントンのファースト・プレスビテリアン教会。日本では長老派と呼ばれる宗派の中の一つのグループに当たる。信者は保守派もリベラル派もいるが、全体としてはややリベラル寄りという調査がある。3月中旬の日曜礼拝には約50人が集った。子供もいれば、お年寄りもいる。世代別では10~20代が比較的少なく見えた。
 「全てを学び終え、全ての答えを得たと想像した瞬間のわれわれをお許しください」。全員で罪の告白を読み上げ、賛美歌を歌う。冷気がぴんと張った朝、厳かな礼拝への参加は、すがすがしかった。教会との間を取り持ってくれた女性信者に付き添ってもらい、礼拝の作法をまねた。約1時間の礼拝後、別室に用意されたコーヒーやケーキを囲んで、近況を伝え合う。地域住民の定期集会の側面もある。笑顔が絶えなかった。

米バージニア州アーリントンのファースト・プレスビテリアン教会=2024年3月

 ▽世俗化やネットが原因

 無宗教の広がりなど教会が抱える課題は多い。日曜礼拝ではビリー・クルツ牧師が聖書に基づいて説教する。何を心がけているか尋ねると「みなさんの気持ちに自信を与え、希望を感じて帰ってもらえるよう努めています。完全な人間はおらず、それぞれが信じる価値の実現に貢献したいという気持ちです」と語った。

 調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、米国ではプロテスタントが40%と最も多く、バイデン大統領が信じるカトリックは20%。プロテスタントはプレスビテリアンのほか、バプテストやメソジストなど宗派がさまざま分かれるので、結果的に無宗教の人の割合が最大になる。内訳は無神論の人もいれば、特定の宗派に属さない人まで幅広い。信じる宗教が何もない、ということを必ずしも意味しない。
 無宗教が広がる理由は何か。宗教と政治の関わりに詳しいイースタン・イリノイ大のライアン・バージ准教授は著書で「世俗化と政治、インターネットが主な原因」と分析する。若者を中心に中絶や同性愛への理解が広がるのに対し、福音派などの宗教右派と保守政治が手を結ぶ状況が進み、若者の宗教離れを招いていると見る。「1978年において毎週教会に通う白人の半分が民主党員だったのに、今では4分の1に減っている。政治の右傾化がリベラルな人たちを教会から遠ざけた」と指摘した。

 ▽トランプ氏は聖書販売

 バプテストなどの各宗派はさらに細かいグループに分かれ、それぞれが聖書に対する姿勢などから主流派や福音派に分類される。福音派は聖書に重きを置く保守的な立場で知られ、日本でもよく耳にする。宗派のくくりと、福音派のくくりは必ずしも一致しない。
 大統領選の共和党候補は信者の多い福音派の支持取り付けに躍起になる。トランプ前大統領も例外ではない。トランプ氏自身は何度も離婚を経験し、中絶についても強硬ではない。福音派の考えとずれもあるが、大統領の任期中、連邦最高裁に保守派の裁判官を3人送り込み、福音派の高い支持を得た。

記者会見で話すトランプ前米大統領=2024年3月25日、ニューヨーク(ゲッティ=共同)

 トランプ氏は3月、自らが公認する特製の聖書を59.99ドル(約9200円)で売り出した。信心深さのアピールに加え、訴訟費用などに充てる実益も兼ねる。発売時のビデオメッセージでは「宗教とキリスト教はこの国から失われた最も重大なものであり、早く取り戻すことが必要だ」と呼びかけた。

© 一般社団法人共同通信社