デカボグランプリに鈴廣ほか 食の循環や脱炭素行動評価

第1回デカボアワードでソーシャルインサイト部門グランプリを受賞した鈴廣かまぼこの奥村真貴子さん(中央)と廣石仁志さん(右)。左は審査員のトラウデン直美さん=東京都中央区、2024年4月22日

『森が消えれば海も死ぬ』(講談社)の著者、松永勝彦さんの講演を聞いたのは1990年代。魚介類を育む森林の大切さを説く松永さんの話を、門外漢の記者とは異なり、講演を企画した会場の漁師たちが真剣な表情で聞いていたのを思い出す。

この漁師たちは当時発表された地元での原発計画に反対しており、日ごろから海の環境を守る意識が極めて高かった。今でこそ、頻発する土砂崩れを背景に保水など森林の多面的役割が注目されるが、漁師たちは日々のなりわいの中で、魚介類の生息に必要な養分を海に提供する森の重要性にいち早く気付いていた。当時、東北地方には山に木を植える漁師もいた。

自身のなりわいや生活の中で自ら気付いた環境問題への取り組みは、おのずと掛け声倒れに終わらない、持ち場に根を張った、息の長いものになる。

その好事例が、4月22日に開かれた脱炭素の優れた事業・活動をたたえる、第1回デカボアワード授賞式(主催・アースハックス)のソーシャルインサイト部門でグランプリを受賞した、鈴廣かまぼこ(神奈川県小田原市)の取り組みだ。

鈴廣かまぼこは1865年創業の老舗。魚を使うかまぼこの製造販売会社として、生産活動に伴う環境への負荷をなるべく減らす取り組みを長年続けてきた。かまぼこ製造時に出る魚のあら(骨、皮、内臓)を肥料にして大地に還元する「食の循環」や、創エネ・省エネの「脱炭素」が取り組みの主な内容だ。「1本のかまぼこを作るためには約7匹の魚を使う」からこそ、海などの自然環境を維持する努力を昔から地道に積み重ねてきた。

「自然のものを使ったら、きれいな形にして最終的に自然に返したい」。鈴廣かまぼこ業務改革部次長の廣石仁志さんは、食の循環の取り組みで目指す理念をそう話す。

鈴廣かまぼこは、かまぼこ製造時に不要となる魚のあらを捨てずに再利用して肥料「うみからだいち」を作り、コメや野菜、果物を栽培する地元農家らに提供する。併せて森に木を植える森林保全活動もしている。

廣石さんは「森林保全や肥料による土壌の改善は、海の環境を良くすることにつながります。土壌の養分が川や地下水に浸透して海に流れ込み、魚の餌となるプラクトンを育てます。その豊かな海の恵み(魚)を使って、われわれはかまぼこを作るのです」と循環の必要性を強調する。かまぼこ作りを、海、川、山、農地など周囲の環境とのつながりの中で捉え、すべての環境を持続性させる「循環」を築いている。

「うみからだいち」で栽培された農作物は鈴廣のレストランで食材としても活用され、地元農作物の販路拡大にも貢献する。

もう一つの創エネ・省エネの脱炭素も着実に成果を出している。省エネは「当たり前のこと」として早くから実践、自然エネルギーを活用する創エネは、2011年3月に起きた東日本大震災以降に取り組みを本格化させた。同震災では計画停電が強行され、かまぼこ工場の稼働に苦労し「工場で使う電力ぐらい自分たちでつくろう」との思いが高まった。現在、板かまぼこの製造ラインで使う電力の約8割は太陽光発電で賄うという。

また常時ほぼ17度で温度が安定している地中熱・地下水熱を、運営するレストランの冷暖房空調に活用する事業にも着手。かまぼこ作りで使用する地下水の自然熱を生かして、夏は涼しく冬は暖かい快適なレストラン空間を実現、使用電力量を減らすことに成功した。

鈴廣かまぼこ企画開発部広報担当職長の奥村真貴子さんは「私たちの取り組みはけして大きなものではありません。SDGs(持続可能な開発目標)などの言葉が世の中に出てくる前から、自分たちでできる範囲のことを、小さなことから一歩一歩積み上げた結果、外部から評価してもらえるような現在の展開になりました」とデカボアワードのグランプリ受賞を喜ぶ。

デカボアワードの審査では「”海と陸をつなぐ”を形にしている点が素晴らしく、地域で脱炭素を実現した。日本中に広げるモデルにふさわしい」(審査員の1人、総合地球環境学研究所教授の浅利美鈴さん)と高い評価を受けた。

デカボアワードを主催したアースハックス(東京都渋谷区)は2023年、三井物産と博報堂がそれぞれ50%出資して設立した会社。生活者視点からの脱炭素関連商品の開発や脱炭素事業の促進を目指している。

デカボアワード授賞式であいさつしたアースハックスの関根澄人社長は「日本は脱炭素の取り組みが遅れているといわれるが、伝統的な食生活など日本人の普段の生活の中にはCO2をあまり排出しない行動も多い。日本人の暮らしの中にすでに根付いているCO2排出を抑えるアクションを見つけ出して評価し広げていきたい」と話した。

デカボアワードでは、鈴廣かまぼこのほか、廃棄パソコンの再生事業を展開して難民の雇用を創出しているピープルポート(横浜市)がビジネスインパクト部門でグランプリを受賞した。

また会場には、江戸時代の料理に詳しい立命館大食マネジメント学部教授の鎌谷かおるさんとゼミ生有志が作った、精進料理の調理法の一つとして発展した「もどき料理」の試食コーナーを設けた。レンコンや豆腐で作った「うなぎもどき」や、トマト・タマネギ・寒天からなる「まぐろもどき」、サツマイモを使った「カステラもどき」などいずれも見た目、味が本物そっくりのもどき料理5点を来場者に振る舞った。

来場者にとっては江戸時代の食生活の一端を体感することで、日本人が昔から培ってきた「食材を余すことなく使う精神」などを学ぶ機会となった。鎌谷さんは「過去の食と向き合うことは現代の食品ロスの問題などを考えることにもつながります」と語った。

脱炭素に向けた、一過性に終わらない長続きする行動は、企業なら鈴廣のように自身が展開する事業の原点を、生活者なら関根社長や鎌谷さんが指摘するように自らの生活の在り方を、あらためて見詰め直すことから始まるのかもしれない。

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