半世紀ぶりのSL終夜運転 秩父鉄道、団体専用列車で

 【汐留鉄道倶楽部】寝静まった街に、黒く沈む山あいに、蒸気機関車(SL)の汽笛が控えめに「ポッ」「ポッ」と響く。旧国鉄で営業運転を終えてからほぼ半世紀ぶりに、SLの終夜運転が秩父鉄道(埼玉県)の団体専用列車「第51三峰号」で3月に実現した。普段は「パレオエクスプレス」として休日昼間を中心に走るⅭ58型SLと客車4両が、熊谷(熊谷市)―三峰口(秩父市)の片道56・8㌔を約7時間かけて往復。SLの現役時代を知る世代から若者、子どもまで約150人が、往年のSL夜行列車ならではの雰囲気を堪能した。

始発駅を発車前に機関車を撮影する乗客ら=熊谷駅

 列車は熊谷駅に午後11時前に入線。乗客らが撮影のため機関車に集まると、ヘッドマークは東海道線を走った往年の特急「つばめ」を模したデザインで「みつみね」とある。粋な演出だ。やがて「ボー」と長めの汽笛一声、出発。沿線や途中駅で「撮り鉄」の歓迎を受け、秩父などで停車時間を取りながらゆっくり進む。昼間の運行と同じ光景だが、暗闇の中、駅や踏切の明かりを時折受け、ぼんやりと夜明けに向かう雰囲気は全く違うものだ。列車の中で一夜を過ごす非日常感にくすぐられる。夜行列車は数えきれないほど乗ったが、SLでは初めて。窓を開けて煙と蒸気を顔に受け、その排出音(シュッシュッポッポ)を聞くとすっかり舞い上がってしまった。

転車台(右)で方向転換する前に点検、整備=三峰口駅

 折り返しの三峰口到着は午前1時52分。それから1時間半以上の停車時間があり、普段は見られない時間帯に行われる機関車の方向転換と熊谷方への付け替え、給水や点検などのルーティンにも人だかりが。この間、駅併設のそば店が特別営業し、「夜鳴きそば」を味わう客でにぎわった。器が発泡スチロール製のため、最近は見られなくなった車内持ち込みで味わう。復路は途中で寝てしまったが、睡眠不足で目をしばしばさせながら迎える朝も夜行列車ならでは。「寝られない夜行列車」と言いながら完徹した乗客もいたようだ。

夜鳴きそばが人気。店の前でも車内でも=三峰口駅

 Ⅽ58型は戦前から戦後にかけて400両以上製造され、ローカル線を中心に全国で活躍した。秩父鉄道が所有する363号機は1944年製で東北地方で活躍し、静態保存を経て88年から復活。2024年はちょうど80歳(傘寿)ということになる。客車は1969~78年に製造された急行形客車(12系)で、冷暖房装置を備え、全席が2人ずつ対面で座る形の4人掛けクロスシート。旧国鉄時代の車体は青地に白ライン、座席も青が基調だったが、それぞれ茶色地に金ライン、ワインレッドに変更されている。

 秩父鉄道では2018年から、電気機関車による夜行列車が毎年1、2回運行されてきた。静岡県の大井川鉄道でも電気機関車による夜行があり、いずれも日本旅行メディアトラベルセンター(大阪)が主催する団体専用列車だ。短距離の区間を時には数回往復して時間と距離をかせぎ、始発駅が終着駅でもあり目的地はあるようでない。夜行列車が日本からほとんどなくなってしまった今、乗ること自体が目的のこうした企画は毎回ほぼ満席だという。プランは1人でボックス席の4席占有、1人で2席利用(2人が対面で相席)、4人相席と3種類ある。4席占有なら気兼ねなく一夜を過ごせ、工夫すれば横になることも可能だ。

機関助士が合図灯で出発確認=寄居駅

 日本旅行によると、この種の列車運行には沿線住民の理解が不可欠で、鉄道ファンらによる不測の事態に備え、途中駅などに秩父鉄道が要員を配置し安全対策に当たった。以前は「迷惑行為があると深夜帯の運行ができなくなるかも」と注意喚起の車内放送をしたこともあったが、次第に理解は得られていると運営に手ごたえを感じているという。ただ今回はSLで走行音が大きいこともあり、汽笛などは抑制的だった。

 このツアーは発売後約30分で完売し、担当者はX(旧ツイッター)で「好評いただいたことから、また企画したい」と表明。料金は最低価格の4人相席プランでも1人1万8千円と昼間の通常料金の5倍以上になるが、また乗りに行く価値はある。

 ☆共同通信・寺田正

© 一般社団法人共同通信社