時代を切り拓く、今注目の女性監督たち8人/様々な視点から女性の生き様を紡ぐ

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ソフィア・コッポラに続き、現在は多くの女性監督が映画産業に風穴を開けるべく、常に新しい視点を持ち、その挑戦を続けています。そこで今回は、今注目すべき女性監督8人をご紹介します! まずは、現在公開中である『ビニールハウス』にて長編デビューを果たした新鋭イ・ソルヒから。(文・児玉美月/デジタル編集・スクリーン編集部)
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イ・ソルヒ

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娯楽要素も兼ね備え、韓国社会の機能不全を暗に告発

韓国の名門映画学校・韓国映画アカデミー出身のイ・ソルヒによる長編デビュー作『ビニールハウス』は、イ・チャンドン監督作『バーニング 劇場版』(2018)やポン・ジュノ監督作『パラサイト 半地下の家族』(2019)といったタイトルと並べて語られる、硬派なサスペンス映画に仕上がっている。

中年女性ムンジョンは少年院にいる息子といずれ同居することを夢見て、ビニールハウスに暮らす。しかしムンジョンの理想と反して不運がさらなる不運を呼び、最悪な事態へと発展してゆく。

『ビニールハウス』はソルヒのデビュー作でありながら映画としての娯楽要素を兼ね備えつつ、介護や貧困など現代における韓国社会の機能不全を暗に告発してみせており、すでにきわめて高い完成度に達している。韓国では女性の映画作家の活躍も昨今目覚ましく、1994年生まれの新鋭監督の今後が期待される。

イ・ソルヒ監督 インタビュー

今作を韓国の人たちはどのように受け止めたのか

この映画を観た韓国の人たちの反応は、人それぞれで違いました。この映画をスリラーとみなしている人もいましたし、暗くて、重苦しい、とても複雑な映画だと受け止める人もいました。公開前には賛否両論になると思っていましたが、映画を観ているみなさんは、登場人物に共感して、つらくて重苦しい時を過ごしていました。

私が願っていたのはこの映画がみなさんの心に残ることでしたが、苦しませたのであれば謝罪したいです。しかし、みなさんに強烈な印象を残して心に残る映画になったのであれば、私は監督としてなすべき仕事をしたのだと思います。

『ビニールハウス』全国公開中/配給:ミモザフィルムズ© 2022 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

フィリス・ナジー

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女性たちの連帯と紐帯を丁寧に描く

トッド・ヘインズ監督作『キャロル』(2015)の脚本などでよく知られるフィリス・ナジーによる監督長編映画第一作目となった『コール・ジェーン』(2022)は、まだ妊娠中絶が違法であった1960年代のアメリカを舞台に、安全な中絶手術を提供していた団体「ジェーン」を追う。『チャーリーズ・エンジェル』のエリザベス・バンクスが主演を飾り、「エイリアン」シリーズのシガニー・ウィーバーが共演するなど、フェミニズム映画の印象を纏う俳優陣がこの作品のメッセージ性をより高めている。

ナジーはセンセーショナルで劇的な展開にもできうる史実の題材を扱いながらも、女性たちの連帯と紐帯こそを丁寧に温かく描く方へと舵を切った。『キャロル』では自身の感受性を最大限発揮し、当時としては画期的なレズビアンの物語を紡いだナジー。女性を描くその手腕は、間違いない。

フィリス・ナジー インタビュー

この映画を通して日本の観客へ伝えたいメッセージ

実はコロナ前に次回作のロケハンで日本に行っており、日本を舞台にした作品を描こうと思っていたのです。そんな日本で本作が公開されるとは嬉しいと思いました。国によって皆さんの反応はそれぞれですので、日本の皆さんがどう受け止めてくれるのかとても興味があります。

日本の法律の現状についても伺いましたが、刑法上は中絶が犯罪であるということを知り、そのような現状であるなら、この映画が少しばかりの希望と安心感を与えることができればと思っています。そして同じ考えを持った人たちと、どんどんコミュニケーションを取ってもらうきっかけになれたらと思っています。

『コール・ジェーン -女性たちの秘密の電話-』公開中/配給:プレシディオ©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.
『コール・ジェーン -女性たちの秘密の電話-』公開中/配給:プレシディオ©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.

グレタ・ガーウィグ

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現代的な感性でリアルな女性像を描き続ける

2023年、グレタ・ガーウィグによる『バービー』が世界興行収入10億ドルを超え、単独女性監督作品として史上初となる記録を樹立した。

『バービー』ではバービーとケンが安易に結ばれる「ハッピーエンド」からは程遠いところへと連れて行かれたが、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』でも主人公である作家志望のジョーを、恋愛や結婚ではなく自立を掲げて夢に向かわせる女性として生を吹き込んでいた。

まさに今をときめく女性監督のトップランナーであるガーウィグは、現代的な感性とリアルな女性像で観客の心を掴んで離さない。

グレタ・ガーウィグの最近作

2017 『レディ・バード』監督・脚本
2019 『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』 監督・脚本
2023 『バービー』監督・脚本

『バービー』デジタル配信中
ブルーレイ&DVDセット (2枚組)5,280 円(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント
© 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

エメラルド・フェネル

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人間が内包する毒々しい感情を注ぎ込む

#MeTooの潮流の中で生まれたエメラルド・フェネルによる長編監督デビュー作『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)は、かつて性暴力の被害を受けた親友の復讐に人生を捧げる女の物語だった。

続く『Saltburn』(2023)ではオックスフォード大学を舞台に、主人公が上流階級の家族の所有する敷地でひと夏を過ごす。両作が描くのは、世界に歴然と横たわる不平等や階層差に巻き込まれた人々。

フェネルは鮮烈で装飾的な映像の底流に、つねに人間が内包する毒々しい感情を注ぎ込む。クライマックスがもたらすカタルシスは、観客の胸を深く抉るだろう。

エメラルド・フェネルの最近作

2020 『プロミシング・ヤング・ウーマン』監督・脚本・製作
2023 『Saltburn』監督・脚本・製作

『プロミシング・ ヤング・ウーマン』
Blu-ray:2,075円(税込)
発売・販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
©2019 Focus Features LLC/Promising Woman, LLC. All Rights Reserved.

ジュリア・デュクルノー

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ステレオタイプを打ち壊さんとする作家性

ジュリア・デュクルノーは『TITANE/チタン』(2021)でカンヌ国際映画祭にてジェーン・カンピオンに続き、女性監督としては史上二人目となったパルム・ドール(最高賞)を受賞した。監督長編映画デビュー作となった『RAW 少女のめざめ』(2016)、短編映画『Juior(原題)』と一貫してその作風からボディ・ホラーのジャンル名とともに語られることも多い。

いずれの作品にも、独特の皮膚感覚が表出する。デュクルノーの映画はあらゆるステレオタイプを打ち壊さんとする作家性を特徴とし、ジェンダーやセクシュアリティの規範性をも軽やかに飛び越えてしまう。

ジュリア・デュクルノーの最近作

2016 『RAW 〜少女のめざめ〜』監督・脚本
2021 「サーヴァント ターナー家の子守」 Apple TV+ S2 1話・2話 監督
2021 『TITANE/チタン』監督・脚本
2024 「ニュールック」Apple TV+ S1 5話・6話 監督

『TITANE/チタン』
Blu-ray:¥5,280(税込) DVD:¥4,180(税込)
発売・販売元:ギャガ
© 2021 KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE – VOO

チョン・ジュリ

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異なる世代の女性たちを主軸に様々な社会問題を描く

虐待を受けている少女を性的マイノリティでもある警察官が救おうとする長編デビュー作『私の少女』(2014)、同じくペ・ドゥナ演ずる警察官が不当な雇用契約によって精神を蝕まれてゆく実習生の自死事件を追う次作『あしたの少女』(2022)と、チョン・ジュリは一貫して異なる世代の女性たちを主軸にしながら、小さな個人の物語から大きな社会の物語へと射程を広げる。

『あしたの少女』は現場実習生の権利保護を強化する法改正(原題『次のソヒ』から通称「次のソヒ防止法」と呼ばれる)にまで影響を与え、彼女の作品はつねに現実の社会と密接な関わりを持つ。

チョン・ジュリの最近作

2014 『私の少女』監督・脚本
2022 『あしたの少女』監督・脚本

『あしたの少女』
DVD:3,960円(税込)
発売・販売元:ライツキューブ
©2023 TWINPLUS PARTNERS INC. & CRANKUP FILM ALL RIGHTS RESERVED.

ハン・シュアイ

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女性たちの自由と解放を問い続ける

ファン・ビンビンとイ・ジュヨンが共演した『緑の夜』は、ベルリン国際映画祭でクィアをテーマに扱う映画を対象にしたテディ賞にノミネートされた通り、二人の女性同士の親密な関係を描いた。

今現在、日本未公開であるハン・シュアイの長編デビュー作『Summer Blur(英題)』は世界的に高く評価されたが、同じく女性の関係性に光が当てられており、ハン・シュアイ自身も女性同士の絆に魅力を感じると語っている。彼女は『緑の夜』で東アジア社会に通底する家父長制をシビアに批判しつつ、物語の結末を幾重にも解釈が可能な寓意性によって彩る。

ハン・シュアイ監督の最近作

2020 『Summer Blur(英題)』監督・脚本
2023 『緑の夜』監督・脚本

『緑の夜』
2024年6月7日(木) 発売
DVD:4,180円(税込)
発売・販売元:インターフィルム
© 2023 DEMEI Holdings Limited (Hong Kong). All Rights Reserved

マリヤム・トゥザニ

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映画における“触覚性”を高らかに謳いあげる

モロッコ出身のマリヤム・トゥザニは、監督長編映画デビュー作『モロッコ、彼女たちの朝』(2019)で未婚の妊婦とパン屋を営む女性二人の、パン生地を捏ねる手と手が触れ合う瞬間を官能的に映し出してみせた。

『青いカフタンの 仕立て屋』© Les Films du Nouveau Monde - Ali n’ Productions - Velvet Films – Snowglobe

トゥザニの作品における“触覚性”は、続く『青いカフタンの仕立て屋』(2022)でさらに深化。そのオープニングでは、手の触れる布地に限りなく接近したカメラが緻密に触覚性を掬い取り、これが触覚の映画であることを高らかに謳いあげる。トゥザニは言語化しえない心情を、人と人が触れ合うこと、人が何かに触れることを通して観客に訴えかける。

マリヤム・トゥザニ監督の最近作

2019『モロッコ、彼女たちの朝』監督・脚本
2022『青いカフタンの仕立て屋』監督・脚本

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