中止になったアニメイベント「3カ月あれば準備できる」知事発言が炎上 思惑のすれ違いはビンタ騒動に、来年のGW復活に向けた三つの課題

徳島市で行われたアニメイベント「マチ★アソビ」=2022年10月

 徳島市でゴールデンウイーク(GW)恒例のアニメイベントとして人気だった「マチ★アソビ」が今年、中止になった。2009年に始まり、期間中はアニメファンやコスプレーヤーら数万人が集結。〝聖地〟徳島が活気であふれる一大イベントで、徳島県も2023年は国の補助金も含め8千万円を負担するなど14年間で約8億円を支出して後押ししてきた。だが、昨年5月に就任した後藤田正純知事が方針を転換し、新たに民間主導での開催を打ち出したため、今年のGWは準備が間に合わず開催見送りに。関係者のすれ違いは「ビンタ騒動」にも発展し、声優ライブやコスプレーヤー目当ての県内外のファンらから批判の声が上がっている。(共同通信=別宮裕智)

 ▽実行委会長の「ビンタ騒動」

 マチ★アソビは例年、GW期間と秋の年2回、県や民間事業者などでつくる実行委員会が開催。公園や商店街の中にステージが特設され、市内でさまざまな企画が繰り広げられる。

徳島市で行われたアニメイベント「マチ★アソビ」=2022年10月

 2009年のスタートから長年企画に携わってきたのは、「鬼滅の刃」で有名なアニメ制作会社「ユーフォーテーブル」(東京)。近藤光社長が徳島出身だったことから、前知事の飯泉嘉門氏が同社のスタジオを誘致した縁がある。
 イベントの実行委員会には県も名を連ね、支援を続けてきた。

 それが昨年5月、飯泉氏から後藤田知事に県トップが交代。後藤田知事は少なくとも昨年秋ごろには県庁内で、イベントの在り方を見直す姿勢を見せていた。
 だが実行委と、その事務局である県との間で協議が設定されないまま越年。そして、関連イベント「ぷち★アソビ」が徳島市内で開催された今年2月12日に両者の「ボタンのかけ違い」(県担当者)が顕在化する。

 実行委会長(当時)の女性「スタッフパスがほしい」
 県職員「用意していないので渡せない」

 イベントの受付で口論になり、会長が県職員を平手打ちした。
 撮影のためパスが必要なマチ★アソビと違い、ぷち★アソビは不要だが、会長が勘違いしていた。
 女性は前身イベントの発起人の一人で、マチ★アソビへの思い入れも強かった。関係者によると、マチ★アソビやぷち★アソビの運営に関する協議を県側に要請してもなかなか開かれなかったことから、不信感が募っていたという。

 ▽「民間主導」の方針から1カ月で中止に

記者会見する後藤田正純徳島県知事=3月29日、徳島県庁

 騒動の翌週の2月20日、後藤田知事は、民間主導で実施するとの考えを表明した。徳島市の阿波おどりへの県の支出が例年約1千万円なのに比べ、負担金が多すぎるとの見解を示した。

 実行委は3月6日に会合を開き、GWの開催に向けて協議することで県といったんは合意した。しかし3月27日、県と実行委は「準備が間に合わない」と開催見送りを発表し、実行委もこの日、活動修了した。
 ファンらの怒りの火に油を注ぐ形となったのが、その2日後の後藤田知事の定例記者会見での発言だ。実行委に方針転換を伝えたのが今年2月とした上で「3カ月もあれば準備できる」と述べたのだ。
 一連の後藤田知事の対応には、X(旧ツイッター)上で「3カ月で可能というのは浮世離れしたビジネス感覚」などと批判が殺到した。「(前知事の)飯泉氏の功績が気に入らないから、私情でつぶすようにしか見えない」との声もあった。

 ▽寂れた商店街、イベントの日は通行量が3倍に

徳島市の「ポッポ街商店街」

 マチ★アソビの起源は、JR徳島駅前の「ポッポ街商店街」で開催された06年夏のコスプレイベントだ。商店街には当時、漫画、アニメ関連グッズの専門店「アニメイト」などがあり、徳島のアニメファンの拠点となっていた。
 この場所でジュエリーショップを営み、振興組合の理事長を務める杉原正伸さん(64)らが、フランスの田舎町で日本アニメのコスプレイベントに約2万人が集まったというニュースを見て、発案した。
 香川県で活動するコスプレグループに声をかけ、商店街の空き店舗を使い、撮影会などを行った。当日、メンバーが商店街を練り歩くことを提案し、盛り上がった。
 商店街は1日の平均通行人数が約1400人だったが、イベント当日は約5千人になった。以降、イベントがなくても通行人は2千~3千人まで増えたという。
 杉原さんらはグループに徳島にコスプレの文化を伝えて、育ててもらうよう依頼した。イベントは毎年、夏と秋に開催されるようになった。
 イベントの一環で、ヒット作「涼宮ハルヒの憂鬱」に出演する声優の茅原実里さんが徳島市の「シビックセンター」でライブを行ったこともある。ライブ後、商店街に移動する予定だったが、見物客が殺到し中止になるほどの人気ぶりを見せた。
 このコスプレイベントの成功がマチ★アソビにつながっていく。

取材に応じるポッポ街商店街振興組合の杉原正伸理事長=4月5日、徳島市

 ▽徳島が聖地に

 2009年4月にはユーフォーテーブルのスタジオが徳島市に進出。徳島市の阿波踊りのポスターにアニメキャラクターを起用するなど、徳島県や徳島市は同社と連携を深め、09年10月にマチ★アソビの開催に至った。同社は19年に法人税などの脱税疑いで家宅捜索されたことを受けて企画業務を辞退するまで、イベント内容のプロデュースを担った。
 県によると、初回の来場客数は約1万2千人だったが、17年秋には約8万3千人を集め、県は経済効果を約7億3千万円と試算する。来場者の内訳は57・9%が県外からで、82・6%が10~30代だった。徳島はファンの間で「聖地」とされるようになった。

来場者数グラフ

 新型コロナウイルス禍で20年春~21年秋までは中止や代替イベントとしての開催を余儀なくされたが、昨年10月には約5万人まで来場客数が回復した。
 杉原理事長は振り返る。「普段は閑散としている商店街も期間中はにぎわいが全然違う。店に食事やコスプレの着替えができるスペースを設けることで、若い人に店の名前を知ってもらう宣伝効果が大きい」

▽「流れを途切れさせたくない」

 マチ★アソビ中止となった今年のGW。例年、マチ★アソビでコスプレイベントの会場になっている徳島市の新町川水際公園では5月4、5日、県内の団体「コミエス」がコスプレイベント「わしえす」を開催した。訪れたコスプレーヤーらに話を聞いた。
 アメリカのヒーロー映画の主人公「アイアンマン」に扮し、高松市から参加した40代のアキトさん(ハンドルネーム)は怒りをにじませる。
 「マチ★アソビは10年以上かけてみなで積み上げてきたイベント。今回は中止になってしまったが、四国は何もないと思われたくなくて、意地で集まっている部分はある」
 愛媛県今治市から来た40代の百姫さん(ハンドルネーム)はこう語る。
 「せっかくできた(コスプレ文化の)流れを途切れさせたくない」

コスプレイベント「わしえす」の参加者ら=5月5日、徳島市

 GW期間中(4月27日~5月6日)、日本航空と全日本空輸の徳島―東京線の旅客数はいずれも、新型コロナ5類に移行する前だった前年同期間を下回った。日本航空が前年同期比9・7%減の1万8657人、全日本空輸が5・7%減の7946人だった。
 マチ★アソビ中止の影響は意外なところにも。JR徳島駅前にある徳島県赤十字血液センターの徳島駅前出張所では、マチ★アソビの開催に合わせ献血者にアニメキャラのポスターをプレゼントするキャンペーンを2018年から行ってきた。2019年5月4~6日は、出張所と献血バスで献血者は計663人に上った。
 アニメのキャンペーンがなかった今年5月3~6日の献血者は計375人。出張所の担当者は「感覚的には(献血する)人の出入りが約3~4割減っている」と話す。

  ▽課題は「実務、資金、風評被害」

 県は来年のGW頃のマチ★アソビの復活を目指すとし、後藤田知事は事態の収拾を図る。4月から民間事業者の募集を開始。アニメイベントのほか「イルミネーション」や「自然」など新たな切り口で広域での開催を目指す。24年度当初予算案には実施委託料として9千万円を計上したが、新たな枠組みの中で開催した場合の負担金額は決まっていない。
 今秋開催のアニメイベントは従来より小規模になる予定で、マチ★アソビの名前が付くかは未定だ。
 杉原理事長は憤る。「一度途切れると元の状態に戻すのは大変。徳島に根付いた文化を破壊する行為だ」
 地元の民間業者やファンらの声を受け、県幹部は強調する。「継続に向け前向きに協議している。地方のアニメイベントでこれだけの集客力があるものは貴重だ。来年のGW頃にはマチ★アソビと銘打ったものを実施したい」

記者会見する桶田大輔弁護士=3月27日、徳島県庁

 3月から実行委会長の代理を務め、今後も県とアニメ関連会社の調整役を担う桶田大輔弁護士(48)は、復活に向け三つの課題を挙げる。
 一つ目はこれまで県が担っていた事務局業務を誰が務めるのか。
二つ目は資金だ。従来に比べれば県の負担金は少なくなるため、その不足額を調達する必要がある。マチ★アソビ関係者は、参加者や企業の受益者に負担してもらうことなどを検討している。
 三つ目は風評被害の懸念だ。桶田弁護士はこう呼びかける。
 「マチ★アソビが今後どうなるのかや、誰が悪いのかといったことが取りざたされてしまっている。企業や一般の人の参加控えにつながらないか心配だ。温かく見守ってほしい」

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