民間企業も外国政府も把握しているメタデータを活用した「日本人の分析」

インターネット通信のメタデータを分析することにより、その人物像、生活習慣や生活実態を浮き彫りにして把握する「人物分析」。これは、アメリカ政府は当然のことながら、民間企業でも普通に行われている。近現代史研究の第一人者・江崎道朗氏と元内閣衛星情報センター次長・茂田忠良氏が、10年以上前から行われているメタデータ分析について話します。

※本記事は、江崎道朗×茂田忠良:著『シギント -最強のインテリジェンス-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

メタデータで丸裸にされている「人物分析」

茂田:メタデータとは、通信内容以外の、通信に付随するすべての情報です。具体的には、携帯電話通話であれば、通話当事者の電話番号、携帯端末識別番号、利用者識別番、回線識別符号、通話日・時刻、通話時間、テレホンカード番号、携帯端末位置情報などです。

また、インターネット通信であれば、Eメール活動のうちメールの内容以外のすべて、すなわち、当事者のメールアドレス、IPアドレス、通信日・時刻など、SNS活動の通信内容以外の情報、その他ネットワーク上の活動(ウェブサイト訪問履歴、ログイン時刻、地図検索履歴など)情報が該当します。

このメタデータの使い方として代表的なものは、標的のインターネット通信メタデータを分析することにより、その人物像、生活習慣や生活実態を浮き彫りにして把握する「人物分析」です。

標的が、誰と・いつ・どの程度Eメールのやり取りをしているか、どの程度SNSのやり取りをしているか、どのようなウェブサイトにいつ、どれくらいアクセスしているか、スマートフォンの現在位置はどこかなど、メタデータを分析することにより、標的の友人・知人関係、どのような組織団体(宗教団体や政治団体その他)と関係を持っているか、居場所と移動の状況、生活習慣、行動履歴がわかります。

また、それだけでなく、何に関心を持っているか、行動の意図は何かなどなど、その人物を浮き彫りにする情報を入手することも可能です。

さらに、それ以外の情報、例えば銀行口座情報、保険情報、フェイスブックのプロフィール、旅客名簿、選挙人名簿登録、財産情報、税務情報などと合わせて分析すれば、標的のより詳しい全体像を知ることができます。特にFBIなどアメリカの政府機関であれば、これらは容易に入手できる情報でしょう。

江崎これは民間企業でもやっていることですよね。例えば、僕は自衛隊や防衛省、インテリジェンスに関する情報を検索することが多いので、グーグル検索でも自然とそういう情報が上位に表示されるようになっています。言い換えれば、江崎はインテリジェンス、安全保障に関心を持っている人物だということが、グーグル検索情報を通じてバレているというわけですね。

茂田おっしゃる通り、今や民間企業もメタデータ分析を使ってサービスを提供し、収益を上げています。

江崎ビッグデータを使ってメタデータ分析をしているわけですね。

茂田ビッグデータは、じつはメタデータなんですね。当然のことながら、民間企業はみんな、より多くの収益を上げるために、ビッグデータを活用している、つまりメタデータ分析をしています。アメリカ政府もやっている。だけど、日本国政府はやっていない。

江崎そもそも、日本国政府がこういうメタデータ分析をやるような仕組みを作っていない、ということですね。

茂田今の日本の法解釈では、おそらくメタデータも「通信の秘密」に抵触するので、「政府がそんなことをするのはケシカラン!」と言い出す人たちが出てきます。

江崎:でも民間企業はやっている。

茂田:民間企業の場合、ユーザーがサービスを使うに当たって、みんなよくわからないうちに、利用規約に「同意します」にチェックを入れさせられるわけです。その規約のなかで、企業側が必要なユーザー情報を使えるようになっています。

江崎:僕もフェイスブックやツイッター(X)、YouTubeなどを利用していますが、やはり僕の関心事の広告が出るようになっています。そうやってメタデータを商業利用しているわけですよね。

茂田:日本国内の企業だけではなくて、世界中の企業が日本人のメタデータを商業利用しています。ところが、日本には、日本政府に対してだけ「国民の情報を取るな。プライバシーを守れ」と主張する人たちがいる。極めての異常社会です。

江崎:アメリカも中国もロシアも北朝鮮も、他の国は日本でやりたい放題やっているのに、日本政府だけ駄目だと手を縛るのは、どう考えてもフェアじゃないですよね。

茂田:おっしゃる通りです。「日本政府だけが悪である。民間企業や外国政府は悪ではない」というような、極めて不思議な思考が根底にあるのではないでしょうか。

▲メタデータで丸裸にされている「人物分析」 イメージ:kai / PIXTA(

日本の要人たちの情報もアメリカに収集されている

茂田:メタデータ分析のなかでも、注目されるのがFASCIA(ファッシア)という位置情報データベースを使った、携帯電話の位置情報を追跡する手法です。NSA(アメリカ国家安全保障庁)は2012年当時、スマートフォンを含む世界中の携帯電話の位置情報を、毎日50億件近くも収集し、そのうち情報価値の高い数億件を保存していたと言われています。

50億件と言っても、同一の携帯電話から毎日複数の位置情報を入手することになるので、携帯電話50億台分の位置情報を収集しているわけではないのですが、億単位の携帯電話に関する情報を収集しているのです。

収集する位置情報は、DNR(Dialed Number Recognition)データと、DNI(Digital Network Intelligence)データの2種類です。

▲日本の要人たちの情報もアメリカに収集されている イメージ:Luce / PIXTA

DNRデータとは、電話通信網から収集されるデータです。通話を可能とするためには、携帯電話端末に関する情報を、現在どの通信塔と通信接続可能であるかを含めて、システム上、登録しておく必要があります。

そのシステムはSS7(Signaling System No7、No7共通線通信方式)という、世界の公衆交換電話網で使われている電話接続管理の通信プロトコールによって管理されています。これにより、電源を入れて携帯電話をネットワークに接続する際、あるいは通信圏(塔)を移動する際には、その情報がシステム上に登録されます。

つまり、携帯電話に電源を入れると位置情報のデータがNSAに取られ、FASCIAに蓄積されるということです。

江崎:つまり、日本政府の要人たちが、いつどこで電話を掛けたのか、その情報もアメリカ政府によって収集され、蓄積されているわけですね。

茂田:このデータ収集は、NSAの主要な収集プラットフォームである通信基幹回線などから行われています。例えば、「ストームブリュー(Stormbrew)」という計画では、米国通信会社同士の電話回線接続点(OPC/DPC pairs)27か所からデータを収集しているそうです。

通信回線構成の技術的特徴から、少数の通信会社の協力を得るだけで、他社の契約者の携帯電話情報にもアクセスできるとのことです。

一方、DNIデータは、デジタル通信網から位置情報を取得するものです。スマートフォンでは、最寄りのレストランや公共施設を案内するなど、現在地に対応した各種の情報サービスが提供されており、そのために端末のIPアドレスと位置情報が、グーグルなどのインターネット関連事業者に送信されています。

端末の位置情報は、端末搭載のGPSにより取得されることが多いと考えられますが、GPS情報がなくても、WiFiデータあるいは複数の通信塔からの三角測量により算出されています。IPアドレスと位置情報を自動収集するシステムは、「ハッピーフット」計画と呼ばれています。

2012年当時、こうした位置情報を収集する手法は、10種類以上あったそうです。それらを駆使して、NSAは世界中の携帯電話の位置情報を集めていました。それをすることで、例えば、人の行動を監視できるようになります。わざわざ尾行をしなくても、スパイやテロの容疑者が、いつ・どこで・どのように動いているか分析できるのです。

江崎:アメリカのスパイ映画などで描かれているようなことが、リアルで実際に行われていたということです。


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