時の重み(5月10日)

 一冊の本を世に送り出すのに、どれだけの時間が必要か。福島市出身の作家森明日香さんは、33歳の時に公募賞に小説を出し始めた。「写楽女[しゃらくめ]」でデビューするまで20年ほどを要した▼時を費やし、作品を磨くのはベテラン作家も同じ。村上春樹さんは著書「職業としての小説家」で毎日10枚の原稿を書くと明かす。「海辺のカフカ」は半年で1800枚に達したところで第1稿が完成した。ただし、ここからが勝負。2カ月かけて徹底的に書き直し、2度、3度と推敲[すいこう]する。時を置いて読み直し、修正を重ねる。長編小説は「『仕込み』が何より大事」と言い切る▼コメから酒を仕込む日本人の営みは2千年に及ぶと伝わる。コメをかみ、でんぷんを糖に変える手法に始まり、麴[こうじ]菌で酒を醸すようになったのは4世紀ごろという。精米、麴造り、酒母造り、発酵、搾り、ろ過、火入れ…。工程は長い時間をかけて練られ、18世紀ごろまでに醸造法が確立した。時の重みが銘酒を熟す▼全国新酒鑑評会の審査結果が22日発表される。福島県の蔵元は金賞受賞数日本一への返り咲きに挑んできた。朗報を受けて味わう一献は、至極の「名編」となって胸に染みるに違いない。<2024.5・10>

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