「10団体従え首相詣」br全老健・東会長が業界のキーマンに(2023年5月)

岸田首相との面談で先頭に立ったのは……

あまり報じられていないが、2023年5月16日、全国老人保健施設協会(以下:全老健)が主導し、その他の介護関係10団体(以下:10団体)を従え、関係者が岸田文雄首相に面会を行った。その下拵えとして4月28日、計11団体が連名で要望書を作成、自民党の政務調査会・社会保障制度調査会(田村憲久会長)に提出している。「新型コロナ感染者の対応や感染症対策に追われるとともに、物価高騰の影響から過去にないほどの厳しい経営状況に追い込まれて」いることを受けて、一般企業並みの賃上げができず異業種へ「介護業界からの人材の流出を招いている」という問題意識のもと、全老健の東憲太郎会長が過去に厚生労働大臣を務め、いまや介護族のボスと言われる田村議員に相談をもちかけ、段取りされたものだった。そこから官邸へ働きかけがされたというわけだ。当初から東会長は首相への直談判を実現させたいという意向があり、日本医師会などにも連携を打診していたものの難航、結果として計11団体でのアクションになったという。

田村議員は三重県から選出されており、東会長のお膝元であることから極めて深い関係であることが知られている。昨年の参議院選挙で東会長が音頭を取り、全国老人福祉施設協議会(以下:老施協)の組織内候補だった園田修光氏の推薦をさまざまな団体からとりつける原動力になったのも、園田氏とかつて衆議院議員当選同期だった田村議員の強いプッシュが背景にあったからだという。その流れを引き継いで今回も、10団体が東会長のもとに馳せ参じたという理解でそう遠くないだろう。

一方で、10団体の一つという立場に甘んじた老施協の平石朗会長は、2期4年の任期を終え勇退することが決まっているが、「対外的にも組織内でも十分な実績をあげることができず、参院選では組織内候補を相次いで落選させたことで組織力の低下を招いた。次期会長選挙で後継指名をしても元副会長が対抗馬として立候補するなど、求心力が失われている」「田村議員と関係の深い東会長から声がかかると断れない」(某特別養護老人ホーム施設長)との声もある。老施協と言えば大きな政治力をもって介護業界で権勢を誇った名跡だが、かつての勢いは感じられないようだ。

山積する課題をどう乗り越えるか注目

その意味では、今回の「10団体を従えた首相詣」で、東会長および全老健が、名実ともに介護業界のリーダーの立場に立ったと言えるだろう。介護関係メディアの誰に聞いても「いまは東会長がキーマンだ」と口を揃える。そんな東会長がなぜ複数の団体を引き連れてのアクションに拘ったかと言えば、2015年の介護報酬改定折衝にまで遡る。当時大臣を務めていたある自民党幹部から、「介護の要望はいつもバラバラで来るが、まとまってみたらどうだ」と言われたことから、「介護団体の統一」が東会長のテーマになった。それが今回、ある意味で集大成を迎えたと言える。

さて、いまや介護業界の先頭を独走する東会長にも、克服すべき課題があると言われている。それは、政策提案力だ。今回の首相要望は「介護事業所において一般企業と同程度以上の賃金引き上げができるよう、2023年度における緊急的な措置や2024年度の介護報酬改定における対応を実施すること」という、ある種無難な求めがされたものである。
しかし一説によれば、当初は「賃上げ交付金を求めた原案だった」(某介護団体関係者)と言われている。もしそれが本当だとしたら、財務省からすれば賃上げ分を外(交付金)に出し、基本報酬をマイナスにできる絶好のチャンスとなり、介護業界にとって悪手も悪手。また、一部で噂されていた、春を待たずに報酬改定を行う「期中改定」案についても、「全老健の周辺から出たもの」(社会部記者)と噂されている。それも、来年4月の改定までの残り時間を考えれば実現性はゼロに近い。当然、東会長は社会保障審議会介護給付費分科会にも委員として名を連ねている。持ち前の突破力をもって、今後どのようにクリアな政策提案を重ねていくのか注視したい。

先行き不透明な改定に業界の能動的な姿勢を望む

最後に、介護報酬改定に向けたムードについても触れておこう。確かに物価等の高騰で介護事業経営は圧迫されており、NHKニュースで「物価高で介護施設“3割近く事業廃止や倒産の可能性も”」と取り沙汰された調査(全国介護事業者協議会・介護人材政策研究会・日本在宅介護協会)もある。しかし易々とプラス改定に向かうはずもなく、財務省が5月11日の財政制度等審議会財政制度分科会で「介護事業の収益は安定した伸び」とするなどけん制する動きも活発だ。厚労省内でも「そう単純にはいかない」と受け止めている。東会長を先頭に、介護業界の積極的な戦いの展開に期待したい。(『地域介護経営 介護ビジョン』2023年7月号)

あきのたかお(ジャーナリスト)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。

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