年収650万円の40代地方公務員、「一生賃貸派」だったが…いまさら老後資金を回してまで「5,000万円のマイホーム」を決断したワケ【FPが解説】

(※画像はイメージです/PIXTA)

長年議論となっている「賃貸派と持ち家派、どちらが得か」というテーマ。条件などにより答えは1つではないでしょう。本記事ではAさんの事例とともに、賃貸にすべきか持ち家にすべきかの判断ポイントについて、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

賃貸 vs. 持ち家

住まいを賃貸にすべきか、それとも持ち家にすべきか、という「賃貸 vs. 持ち家」の議論は、ライフプラン上の永遠のテーマなどといわれ、非常に盛り上がる話題です。FPである筆者に対しても、この質問は非常に多く寄せられています。

昨今の住宅価格の高騰やこれからの金利上昇を考えると、本当に家を買うべきなのか、買っていいものなのかと悩む人が多いのです。「最終結論」はどちらかという極論をたびたび求められますが、残念ながらFPとしての回答としては「人による」としかいえません。

本記事では賃貸にすべきか持ち家にすべきかの判断ポイントを、事例を交えながら解説していこうと思います。

賃貸か持ち家かを選ぶためのポイント

判断するためのポイントには主に以下のようなものがあります。

・世帯主の年齢
・夫婦の年齢差
・現在の年収と将来の年収予測
・職場の住宅手当の内容
・土地の場所、地価
・住宅ローンの今後の金利
・建築価格
・建物の設備の内訳
・建物の健康余命
・実家の有無と築年数
・子供の有無
・子供の進路
・老後の生活設計
・退職金の予定額
・金融資産の今後の推移
・心理的負担感
・個別の家庭事情

これらを自分のライフプランや人生観に当てはめてみて、一生の家計収支のつじつまが合うかどうかによって判断することになります。

人それぞれでまったく異なる結果となるのはいうまでもありません。たとえ同じ額の給料をもらっている同僚であっても、そのバックグラウンドにある事情によって生涯の家計の様子は違います。同じ年齢の同僚は持ち家にすべきと判断したからといって、自分も同じ選択をしていいとは限らないのです。

誤解がないよういうと、これはあくまでも損得勘定での判断です。老後にお金がどのくらい残るのか、それで一生食べていけるのか、というだけの判断にすぎません。人は損得勘定だけで生きているわけではありません。感情面も非常に重要なポイントです。損得勘定では正解でも、感情面では最悪の判断もありえます。このことが「賃貸 vs. 持ち家」の議論をややこしくさせています。

賃貸を選択すべきでない人

では、賃貸を選択すべきではないのはどのような人でしょうか。

多くの場合、65歳時に十分な金融資産を貯められない人は、賃貸を避けるべきといえます。

理由のひとつは家賃の総額です。仮に家賃が月8万円だとすると老後25年間で2,400万円になります。老齢年金から8万円の家賃を支払うのは困難であるため、この金額の預貯金を用意しておく必要があります。賃貸物件の契約時に行う審査においても、無職であれば預貯金の額で支払い能力を証明しなければなりません。

仮に家賃が安い物件を選ぶとしても、QOL(生活の質)を大きく下げることになります。老齢年金の支給額によっては公営住宅への入居ができるかもしれませんが、そのなかでも家賃が安い住宅はエレベーターがない、駅から遠いなどの不便があるでしょう。

また、高齢者へ積極的に物件を貸したい大家が多くないことにも注意が必要です。孤独死によって物件価値が毀損することを強く恐れているため、特に築浅物件は現役世代に限定して貸していることが非常に多いのが現実です。

地方には、退職金がない、もしくは多くを望めない人が多く、現役時代に資産運用を含めた大きな資産形成が望めないと判断した場合は、家賃に充当している支出を住宅ローンとして支払っていくべきでしょう。収入が低く老後に不安があるから持ち家にすると聞くと、矛盾しているように聞こえますが、老後のための投資だと考えてみるとわかりやすくなります。

持ち家を選択すべきでない人

逆に持ち家を選択すべきではないのは、どのような人でしょうか。

これは、今後の生活スタイルが定まっていない人の場合です。

たとえば、定年退職まで遠方への転勤がある、リタイア後は実家に戻って暮らしたい、転職を予定しているためどこに住むべきかまだわからない、リタイアしたら田舎暮らしをしたいと思っている、などです。

将来の生活スタイルをまだ固定したくない場合は、持ち家を選択すべきではないでしょう。東京都心のタワーマンションでもない限り、売却して住宅ローンの残債を清算することは難しいケースがほとんどです。自己資金をほとんど用意せずフルローンで戸建て住宅を買った場合には有利な売却は不可能と考えていいと思います。

持ち家を選択すべきであっても、「建物の仕様」を間違えると悲惨

「そうか、我が家は持ち家にすべきなんだな」と判断したとしても、注意すべき点があります。

それは、イニシャルコスト(購入費用)だけで考えてはいけないという点です。建物には維持費が必要です。戸建てであれば屋根外壁のメンテナンス、エアコンや給湯器の交換、太陽光発電システムのメンテナンスや交換、床暖房設備の修理や交換、そして将来の大規模修繕やリフォーム、建て替えなどです。

屋根外壁のメンテナンスを怠ったばかりに漏水し、木材腐朽菌を繁殖させることによって建物寿命を短くさせることも考えられます。20代のうちに住宅を購入する人も多くいますが、「一生その家に健康的に住み続けられる建物なのか」という視点は重要です。

また、昨今の光熱費の高さには多くの人が不安を抱えています。「気密断熱性能が高いので光熱費が安いといって売りこまれたが、むしろ高くなった」といっている人も多いのが現実です。

どんな値段の家であろうと、新築のときはどれも清潔でお洒落にみえます。しかしなかには、その後の劣化のスピードが驚くほど速い建物があります。頻度の高いメンテナンスをすれば問題はありませんが、その費用が問題になるのです。

賃貸派の夫 vs. 持ち家派の妻…40代夫婦の論争

<事例>

42歳公務員、計算上は一生賃貸が「得」だが、妻は大反対

夫Aさん 42歳 公務員 年収650万円

妻Bさん 42歳 会社員 年収320万円

娘 13歳

預貯金 2,700万円

現在の家賃 9万円

Aさんは公務員として働く42歳です。15年前に結婚してからずっと賃貸暮らしです。最初は官舎に住んでいましたが、古い建物のため結露がひどく妻Bさんの喘息がひどくなってしまいました。それからずっと戸建ての賃貸物件に住んでいます。

30代のころは同期の人達が次々にマンションや戸建ての持ち家を購入していました。自分も買うべきなのか迷った時期もありましたが、決断することはありませんでした。

いま住んでいる戸建て賃貸は延床面積で32坪。築25年になるため新しくはありませんがAさんは気に入っています。最近もエアコンと給湯器、玄関のポーチライトが壊れましたが、大家さんが迅速な対応で交換してくれました。もちろんAさんの費用負担はありません。これが持ち家だったら自己負担なのでお得な気分でいっぱいです。大家さんは非常に物腰の柔らかい50歳の男性で、ほかにも多くの物件を所有するやり手の投資家のようです。

さらに、職場からは賃貸物件に住んでいる以上、2万8,000円の住宅手当が支給されるのです。実質6万2,000円で戸建て住宅に住んでいることになります。いまどき月返済額6万2,000円ではこんなにいい家には住めないため、どう考えても賃貸のほうが得、そう考えていました。

しかし妻Bさんの意見は違います。

妻がどうしても持ち家が欲しいワケ

妻Bさんは持ち家が欲しいと言い続けています。

2人の年収なら十分な家が手に入るだろうし、自己資金も多少出せます。妻Bさんは、車が2台あるので郊外の安い土地に家を建てたらさほどの負担感ではない、とことあるごとにいっています。妻Bさんは自宅の庭でのガーデニングに憧れがあるのです。ガーデニングは重作業でもあるため老後にはやりたくはありません。若いうちにやってみたい趣味です。

そしてそれ以上に、娘にとっての実家がないことが気になっています。この貸家に一生住めるわけででもないので、将来、娘が帰る場所がないのが可哀想だと思うのです。妻Bさん自身は公営住宅で育ちましたが、数年前に両親が亡くなったためもう実家といえる場所がないのです。

それを聞いた夫Aさんがいいます。

「そんなの全部感情論じゃないか。感情のことはいいから、家を買うメリットってなに?納得いくように教えて。庭付きの戸建てなんて浪費じゃないの?」

そのたびに妻Bさんが憤慨して答えます。

「そういう物言いをモラハラっていうんですよ」

損得勘定にばかり熱心で、他人の感情に共感する力がない夫に、最近はうんざりし始めているほどです。

「そんなに私の希望を全否定するなら離婚も考えます」

FPに相談してみた

持ち家が欲しい妻と欲しくない夫。2人だけの話し合いだけでは歩み寄るどころか亀裂が深まるばかりなので、第三者としてFPに相談してみることにしました。

FPに計算してもらうと、安全な予算は5,000万円程度であるとのこと。娘を高校から私立にしたいという要望があるため、住宅の予算は抑えています。

「5,000万円なんてこの年でありえない」と夫Aさんは猛反発です「5,000万円でマンションなら将来値上がりしたら売ればいいし、それなら検討の余地がある」。

妻Bさんは苛立ったようにいいます「だから娘の実家が欲しくて買うのだから売ることはないし、私はガーデニングがしてみたいと何度も言ってるよね? マンションが欲しいといつ私が言ったの」。

FPがいうのは次のようなことでした。

・Aさんの退職金は老後の家賃総額(2,700万円)で飛んでしまう
・持ち家にしたほうが、Aさん夫婦にとっては損得勘定でも得である
・いまの賃貸物件は定年退職までは住み続けられない
・老後は賃貸を借りづらくなる
・老後にも賃貸暮らしを選ぶのは妻Bさんの意向を無視している
・損得勘定はともかく、妻Bさんが強く持ち家を願うなら、実現させたほうがいい

損得としても、感情としても、妻Bさんの思いを実現させたほうが夫婦関係も良好になるし、家庭生活の安定も得られるという結論でした。

「そんな感情論で借金をするなんて……家を購入したら住宅手当もなくなるのに……」と夫Aさんは納得できない様子でしたが、結局は持ち家を購入することに決めました。

賃貸暮らしのほうがお金を貯めやすそうにみえるが…

賃貸暮らしのほうがお金が貯まるとつい思いがちですが、一生の収支を計算していくと必ずしもそうではないことがわかります。子供の進路の希望、老後にも借りられるような物件数が豊富な地域かどうか、老後に必要な貯蓄はいくらか、などその家庭が置かれた環境によっては、一生賃貸暮らしは現実的ではないケースが非常に多いのです。

なにより、家族にとっての感情の問題は最優先です。損得勘定にばかり熱心になりますが、たとえ貯蓄が少し少なくなったとしても、家族が幸福を感じられる選択を優先すべきでしょう。

「賃貸 vs. 持ち家」の論争に答えはありません。自分のとっての最良の選択は、お金の損得勘定と家族とのコミュニケーションをバランスよく検討して決める必要があります。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

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