”ニセ森永卓郎”の投資詐欺で1000万円超を喪失した70代無職女性の後悔…「最初は無視」を「妄信」に変えた、巧妙で狡悪な手口とは

最初は「無視」していたのに、なぜ引きずり込まれたのか(※写真はイメージです kouta / PIXTA)

著名人を広告に掲載して集客する投資詐欺被害が拡大している。先月は70代会社役員の女性が7億円を、9日には会社経営の70代男性が約2.2億円をだまし取られたことが明らかになるなど、その猛威はとどまる気配がない。そうした中、経済アナリスト・森永卓郎氏のなりすまし投資詐欺の餌食となり、老後資金の1000万円超を失ったという70代無職の黒田よし子さん(仮名)が弁護士JPニュースの投稿フォームから、その被害状況を報告。コンタクトをとると、「少しでも被害を減らすことに貢献できれば」と気丈にもその手口を包み隠さず共有してくれた。

黒田さん こんにちは。
今日森永先生が膵臓がんである事を公表された事を知り、すぐに伊藤さん(アシスタント)にLINEを送りました。最善がなされます事を心からお祈りしています。

それと、もう1つお尋ねします。
24年世界株価暴落説が流れている件について、教えてください。

森永さん お気遣いいただきありがとうございます。

現在、体調はゆっくりと回復しており、入院は一時的に必要ありません。
今後は皆さんにお教えすることに集中し、皆さんの温かさを感じています。
もし多くの人の助けになれば、それは素晴らしいことです。

年明けには、優良株を買う準備が整いましたら、アシスタントにご連絡ください。

黒田さんの質問について、私のチームは市場で起こりうるイベントを分析しており、情報があれば皆さんにすぐにお知らせしますので、ご安心ください。

これは黒田さんが入会していたLINEグループ内での”ニセ森永氏”とのトークのほんの一部を抜粋したものだ。ニセ森永氏は、黒田さんの病気への気遣いを、完全なるなりすましで返している。だますためなら病をも平然と利用するやり口はあまりに狡猾だ。

「無視」の状態からなぜ入り込むようになったのか

黒田さんは昨年末に森永氏が掲載されたネット広告でその存在を知り、1月に接触。それからわずか数か月で虎の子の老後資金を喪失した。

「興味を持つと入らされるこのLINEグループは、実際には黒田さん以外、全員がサクラの可能性が高いです。この時点で半信半疑でも、他のメンバーは”信じている”状態ですから、自分だけが疑いにくい環境が醸成されています。加えて、著名人のフェイク音声も活用しているようなので、より信じやすいのではないでしょうか」

こう指摘するのは、消費者詐欺被害で多数の実績のある佐久間大地弁護士だ。「なぜだまされてしまうのか…」。こうした詐欺事件ではだまされた人へそうした言葉が浴びせられがちだ。だが、詐欺グループの手口はなかなか手が込んでいる。

まずこのLINEグループに入った段階ではすぐに被害は発生しない。投資も強引には勧めない。ようやく信用し始め、投資をスタートしても、最初は利益を手にすることになる。そもそも、被害者は森永氏を本物と信じ込んでおり、冷静な判断をするのは困難といえる状況だ。

虎の子老後資産はこうやって搾取された

黒田さんが告白する。

「最初は無視していました。ただ元来投資に興味があり、特に新NISAが始まる前だったため、『優良株を教える』と言うことばに引っかかりLINEのボタンを押してしまいました。その後、優良株としてある企業の株を勧められて購入。1週間ほどで売却を指示され、9000円ほどの利益が出ました。

その後、“森永卓郎“を信じさせるためか、ご本人の経済関係の著書『日本経済50の大疑問』をアマゾンから郵送してきました。さらに森永氏による経済を学びたいというLINEのグループにもつながれ、投資倍増計画なるプランが出てきました。併せて『チェック機能が厳しい』としてアプリをインストールさせられ、他メンバーはそれを利用し、金取引が実際に始まりました。

私も引き込まれてしまい、最初は300万円を投資。『出金もできる』からといわれ、実際に100ドルだけ自身の銀行口座に振り込むことができました。そこからは投資額を増やすようあの手この手ですすめられ、『もうこの辺で止めよう』として出金しようとすると、一転、『出金ができません』と。

理由を聞くと、『税金や手数料を支払わないと出金ができない』と言うのです。もう払えるお金がないと言っても聞いてくれず、『これは森永先生に支払う分だから』と譲りません。仕方なく支払い、結果総額で1000万円以上を支払って、だまされたと気づいて警察へ被害届をだしました」

黒田さんは70代無職で一人暮らし。1000万円は老後のためにコツコツ蓄えた全財産だった。

実際にコンタクトしたが、やり取りはとてもしっかりしている。簡単にだまされるようなタイプには感じられない。逆にいうと、だからこそ、巧みな誘導と著名人の威光に判断力を鈍らされてしまった可能性はある。

騙し取られたお金は取り返せるのか

前出の佐久間弁護士が解説する。

「この手口の投資詐欺の流れはこれまでもみられたものと基本、同じです。特にロマンス詐欺(出会い系のアプリやサイトから知り合い、投資を勧める)と呼ばれるものに近いと思います。違いはきっかけが『著名人の広告』ということでしょうね」

そうなると気になるのが被害を取り戻せるのかという点だ。ロマンス詐欺は取り戻すことが非常に困難とされるからだ。実際、取り返せることをうたいながら弁護を請け負い、結局解決できずに弁護士費用をせしめた”二重被害”も報道されている。

「実際に相手に会うことがなく、その特定ができずかつ、ほぼ100%銀行振り込みのため、返金請求やその手だてがそもそもなく、このタイプの詐欺は取り戻すのがとても難しいのが実状です。

やれることとしては、口座名義人への交渉の他、振り込め詐欺救済法に基づく口座凍結と被害回復分配金支払い申請制度の活用等があります。 凍結した口座にお金が残っていれば、仮差押の上、名義人に対する訴訟提起を行い、債務名義に基づく口座差押も行えます」(佐久間弁護士)

佐久間弁護士が続ける。

「私の事務所へも最近、特にこの著名人をかたる投資詐欺のご相談が増えています。50代以上の方が多い印象です。 500万円以上振り込んでいる方がほとんどで、被害額が大きいのも特徴の一つだと思っています」

詐欺グループにだまされないに不可欠な「ワンクッション」

少しでも老後の資産を増やしたい。そんな淡い想いを逆手に取り、黒田さんの希望は無残に打ち砕かれた。「高齢になって貯蓄がゼロというのは本当にかなりつらいものがあります…。私みたいな被害者がもうこれ以上でないよう、この情報が少しでもお役に立てれば幸いです」と黒田さんは気丈に話した。

黒田さんが餌食になった著名人をうたう投資詐欺は、名前を利用された著名人らが広告出稿先のMeta社に対し、訴訟提起するなど対策へ動きはある。一方で7億円もの被害にあう人がでるなど、いまだ被害が収まる気配はない。

佐久間弁護士が助言する。

「とにかくお金を払う前に調べる。その習慣をつけることが大事です。今回の件では利用された著名人がすぐに『このような投資は案内していない』と注意喚起を行っています。一度調べてみる、一度身近な人に相談してみる等、とにかくワンクッションおく。行動するにしてもそれからにしてください」

2023年の特殊詐欺発生状況(警察庁特殊詐欺対策ページより)

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