認知症が増える未来

 歌人の内藤定一(さだいち)さんは定年後、妻に添い続けた。〈悪意にも知恵にも無縁の妻と来て干潟に下りし鳥を見ている〉。妻は徘徊(はいかい)を繰り返すが、夫はむしろ妻を進んで連れ出し、一緒に干潟を眺めたらしい▲認知症の人と家族の現実は決して生易しくはない。それでも、少し前向きに捉えようとする心得がさりげなく詠まれ、社会全体、できる限りこうありたいとも思わせる▲認知症の高齢者の数は増え続け、2060年には645万人に達すると、政府が推計を発表した。高齢者のほぼ6人に1人を占める。その数は9年前の推計よりもぐんと減った。喫煙や食事といった生活習慣が見直されたためとみられる▲生活を見詰め直して「予防」につなげる。介護サービスを充実させる。認知症の人が社会参加し、皆で見守る。増加が避けられないとすれば、上昇カーブを緩やかにする工夫が要る。一般市民が買い物を手助けするといった、サポートの仕組みをつくる知恵も要る▲認知症という言葉が一般的ではなかった頃の、内藤さんの歌をもう一首。〈ほんもののやさしさだけしか通じない妻の痴呆に励まされつつ〉▲優しさを敏感に察知する妻に信頼されていることが励みだ、と詠んでいる。家族に限るまい。社会もまた〈ほんもののやさしさ〉で遇する時代が来ている。(徹)

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