アングル:EU市民の生活水準低下、議会選で極右伸長のパワー溜まる

Michel Rose Maria Martinez Mark John

[ダンケルク(フランス) 9日 ロイター] - フランス北部の港町ダンケルクは今、政府による投資支援策の効果でちょっとした新工場建設ブームが起きている。失業対策こそが極右の勢力拡大を抑える最善策と信じるマクロン大統領にとって、これはその見本かもしれない。

しかし、電気自動車(EV)の大規模工場が二つも新設される可能性があるにもかかわらず、キリアム・ピエロンさんのようなダンケルク市民が6月6-9日に行われる欧州連合(EU)欧州議会選挙で、マリーヌ・ルペン氏が属する極右政党の国民連合を支持する流れを止めることはできそうにない。

建設労働者のピエロンさんはロイターに「パン、チーズ、バターなど何もかもが値上がりしている」と語り、ハムとチーズを挟んだバゲットの値段は3年にわたるインフレの中で3倍の4.40ユーロ(4.75ドル)になったと嘆いた。

「どこかの時点で政治家は、他国よりもまずフランスのことを考える必要が出てくる」と主張するピエロンさんは、マクロン氏もウクライナ支援を進めるより、手頃な価格で買える住宅の整備といった国内問題を優先するべきだと指摘する。

こうした生活水準の低下に対する怒りは、何百万人もの欧州市民に共有され、欧州議会選での既成政党の支持伸び悩みにつながるだろう。

2019年の前回選挙以降、欧州は新型コロナウイルスのパンデミックに伴うロックダウンや、世界的な物価高を背景とした生活費危機に見舞われ、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格高騰を通じてインフレは一段と悪化した。

各国は家計や企業向けに手厚い支援を打ち出したため、深刻な景気後退は避けられた。だが、それが欧州の現職政治家たちの追い風にはなっていない。米国で堅調な経済指標が、再選を目指すバイデン大統領のプラスに働いていないのとまさに同じ構図だ。

ブリュッセルのシンクタンク、ブリューゲルのジェロミン・ゼッテルマイヤー所長は「このような非常に大きなショックを通じて、欧州が一体であり続けられているのは類いまれなことだ。ただ、手放しでの楽観にはつながらない。(生活水準が以前に比べて)落ち込んでいるとの実感が存在する」と述べた。

<貧困リスク増大>

現時点で既存政党は、欧州議会と大半の欧州諸国で多数派を維持し、温室効果ガス排出量の実質ゼロ化を目指しながら、自由貿易を推進する考えを共有している。

ところが、そうした経済構造が自分たちのためにならないと結論付ける欧州市民が増えている以上、今の政治的なコンセンサスは危地にあると言える。

昨年の欧州経済は何とか0.5%のプラス成長を達成し、失業率も過去最低圏の6.5%前後にとどまったが、もっと深く分析して見ると、雇用を確保している市民も含めた何百万人もが懐具合の悪化に苦しんでいる様子が分かる。

EUのデータによると、物価上昇率に賃上げが追いつかなくなった結果、欧州の世帯の可処分所得は中央値で過去1年間に2%目減りし、低所得層の痛手はもっと大きくなった。

そのためEUが「貧困のリスクや社会からの疎外」にさらされるとみなす人の割合は足元で21.6%(290万人相当)と、19年比で0.5%増えた。増加は10年ぶりだ。

ドイツの保険会社が行った年次調査では、政府が財政支出抑制に動く中で、国民の懸念要素トップ3は生活費上昇、住宅価格高騰、社会保障費削減への不安といずれもお金に関するものだった。

マールブルク大学のイサベル・ボルッキ教授は「ドイツ人は手持ちのお金で今後も生活をやりくりできるかどうかを心配している」と述べた。

このような不安は、さまざまな形で欧州全土に広がっている。スペインでは変動金利で住宅ローンを借り入れた多くの人が金利上昇の荒波をかぶり、ポーランドでは先行き不透明感から人々が消費から貯蓄に向かいつつある。

欧州は国際的に見れば、なお生活の質は最上級に属している。とはいえ、75%の市民はこの先の生活水準が悪化すると考え、3分の1強は支払い関係で何らかの問題を抱えていることが、EUの調査で判明している。

特にEUの環境規制や自由貿易政策に対する最近の農家の抗議活動は、相当な有権者に共感を呼んだ。また、欧州の過半数の市民は気候変動対策を支持しながらも、対策のコストを懸念する声も多数ある。

<注目はイタリア>

こうした世論が欧州議会の勢力図をどこまで変えるかは、各国の政治状況など他の要因も絡んでくる。

フランスでは国民連合とマクロン氏の与党の支持率は19年に拮抗していたが、現在は国民連合が14ポイントもリードしている。

一方、ドイツでは極右の「ドイツのための選択肢(AfD)」は実際に経済政策運営の経験がない点から信頼度は限定的で、既存の保守勢力は打倒に自信を見せる。

最も注目されるのは、22年から政権の座にあるメローニ首相が率いるイタリアの極右勢力だろう。

メローニ政権は住宅改修や暖房費などさまざまな分野で財政赤字を甘受しながら支援を打ち出し、国民の経済的負担を軽減してきた。

新たな政府借り入れは、既にEUで最も高いイタリアの債務水準をさらに押し上げることになるが、多くの国民はその事実は見てみないふりをしているため、欧州議会選でもイタリアの極右勢が支持を伸ばすとみられる。

専門家は、財政を巡る問題では突然「現実に戻る」事態が起こりえると警告しつつも、今のところメローニ氏のメッセージは国民感情と波長が合っているとの見方を示した。

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