『イップス』第5話 替え玉殺人の成立条件と「傍聴席では帽子を取りましょう」というルール

バカリズムと篠原涼子のダブル主演で倒叙型ミステリーをコミカルに演出していくドラマ『イップス』(フジテレビ系)も第5話。イップスで推理ができない刑事・森野(バカリズム)と小説が書けない小説家・黒羽ミコ(篠原涼子)のコンビも、だいぶ板についてきました。

このミコさんのキャラクターがクセが強いというか、殺人現場でキャアキャア騒いでいて、まあ不快といえば不快なんですが、どうせ見るならこれは楽しいものだと決めつけて楽しみましょう。

振り返ります。

■「それ、私に関係あります?」

今回の殺人現場は裁判所。法廷画家の男(渡部篤郎)が、悪徳弁護士(田中要次)を屋上に呼び出し、突き落として殺害します。

法廷画家はかつて交通事故で妻を失っており、そのときの裁判で運転していた被告を弁護したこの弁護士を恨んでいました。高額の報酬さえ受け取れば、どんなに悪質な被告でも平気で弁護する。殺された弁護士はそういう悪徳弁護士でした。

という話なんですが、まず大前提として、アップデートしてないなぁと感じるんです。弁護士がどんなひどい犯罪者でも弁護して刑を軽くしようとすることを、一義的に「悪徳」として扱ってしまう。世情として、このへんの議論はある程度成熟してきてると思うんですよ。こういう動機で弁護士を殺してしまうのは、「完全に逆恨みじゃん」と受け取る視聴者のほうが多いと思う。

解釈として間違ってるとか正しいとかではなく、ドラマの中で罪を犯す殺人者の動機として、全然魅力的じゃないんです。

で、魅力的じゃないんだよなぁと思っていたところ、罪を自白した犯人に、殺された弁護士がその事故のあと、交通事故遺族を救済するための基金を立ち上げ、多額の私財を投じていることが語られる。

「それを知ってたら、あなたも殺人を犯すこともなかったのに」

そう語りかけるミコさんに、法廷画家の男が言うんです。

「知ってましたよ、そんなの。それ、私に関係あります?」

このセリフの破壊力はなかなかでした。「完全に逆恨みじゃん」と思わせておいて「完全に逆恨みだよ」と犯人に告白させる展開はダイナミックですし、渡部篤郎の演技もすごかった。魅力的じゃないよなと感じさせた設定から魅力的な芝居を引き出したわけです。

ドラマの評価というものを考えるとき、一視聴者としては単純に「見ていて気持ちいいか、気持ちよくないか」だけだと思うんですよね。今回の殺人における「動機の魅力のなさ」のマイナス分を、「それ、私に関係あります?」というセリフの気持ちよさ、魅力のプラス分が上回ったので、チャラでいいと思います。このへんに関しては、おもしろかった。

■傍聴席では帽子を脱ぎましょう

トリックについては、法廷画家が替え玉を用意してアリバイを成立させるというものでした。傍聴席で深くニット帽をかぶり、マスクをして法廷画を描いている男がいた。事件のあった時刻に、同じ服装の男が別の法廷で法廷画を描いていた。

犯人は屋上から弁護士を突き落とした後、替え玉の男から事件時刻に開廷されていた絵を受け取り、自分が描いたものだから自分にはアリバイがあるという。

まず、裁判の傍聴席では、傍聴人は脱帽を求められます。一度でも傍聴に行ったことがある人なら知ってると思うんですけど、必ず「帽子を取ってください」と言われるんです。だから、今回のアリバイ工作は現実的には不可能で、リアリティがない。

別にドラマだから現実のルールに従わなくてもいいんですが、「法廷画家」という存在自体が法廷で傍聴人が「写真や動画を撮ってはいけない、録音をしてはいけない、手書きのメモはOK」というルールによって生まれた職業なわけで、法廷画家を登場させた時点でこのドラマは「法廷でのルールを守る」と宣言しているわけです。

だったら、帽子をかぶっていることをトリックにするのはダブスタだよねという話です。

というか、それ以前に、法廷画家が替え玉でアリバイ成立というトリック自体に無理があるんですよね。

替え玉を使うということは、事件前の法廷画家と事件時刻の法廷画家を同一人物だと誤認させることが目的なわけですが、「誰に?」って話なんです。この殺人者たちは替え玉を使うことで、誰に誤認させたかったのか。その「誰」がいないんです。

結果、偶然その2つの法廷に居合わせたミコさんが一度は誤認することでドラマが展開していったわけですが、この世に、この2つの法廷を見ている人間は、ミコさんしかいないんです。ミコさんがいなかったら、替え玉を用意する意味がなかったということになる。

で、殺人計画を立てる時点で「決行の当日には両方の法廷にミコさんがいるはずだから、替え玉を用意しよう」とはならない。替え玉を見せる対象がない。つまりは、トリックとして成立してない。

ドラマそのものとしては、森野がミコさんの小説のただのファンではなく、過去の何らかの事件でつながりがあったことが匂わされたり、その森野がスタンガンで失神させられたりと、盛り上がってきてはいます。

次回を待ちましょう。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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