【中村 中 インタビュー後編】歌謡曲を聴いて、あなたはゾッとした経験ありませんか?  大好評!中村 中インタビュー、いよいよ後編です!

【中村 中インタビュー 前編】からのつづき

シンガーソングライターの中村 中が、6月1日に日本橋三井ホールにて開催する、一夜限りのスペシャルライブ『第一回歌謡サスペンス劇場』。中村本人が企画したという今回のステージについての思い、歌謡曲への思いを語るインタビュー後編は、自身の創作スタイルや楽曲提供する際のこと、そしてライブ活動を続けていくことへの強い意志をまでを、率直に語っていただいた。

“暗い歌を書いてほしい” という八代亜紀からの依頼

―― 中村 中さんは作詞も作曲もなさいますが、どちらを先に書くのでしょうか。

中村 中(以下:中村):詞が先です。まず何を歌うかを決めて、言葉を書き、ある程度方向性が見えたらメロディーをつけながら調整していく形です。

―― ソングライターとして他の歌手にも楽曲提供されていますが、自分で歌う場合と、人に書かれる際の違いはどこにありますか。

中村:ネガティヴな意味ではないのですが、作り上げるまでの苦しみに差があるといいますか。楽曲を提供する場合は、依頼主から求められていることに応えるので、ジャッジは依頼主がしてくれるわけですね。その方がやりとりはシンプルで。あと、歌う方がこの歌詞を歌ったら、このメロディを歌ったら聴こえるのかを少し距離を置いて考えられるんですね。これが自分ごととなると、考えすぎてしまう。もう考えたくないと思うくらい考えて、どこまで書けばいいんだ… と、割といつも苦しくなるんです。それに達成感が違います。依頼主からのジャッジはOKだとはっきりわかるので気持ち良い。自分の曲に関しては、出来た後も悩むこともあるのでゴールがないというか。

―― どちらが創作していて楽しいとか、そういうことではないんですね。

中村:楽しみはどちらにもありますよ。

―― 他の歌手に書かれる場合、歌手の意向に沿うというか、言葉の上で歌手のキャラクターに乗ったりということは。

中村:そうですね、例えば今回の『第一回歌謡サスペンス劇場』では八代亜紀さんの曲も候補に上がっているんですが、私は2015年に亜紀さんがリリースされた『哀歌 -aiuta-』というアルバムに「命のブルース」という曲を書いたことがありまして、この時は、亜紀さんから “暗い歌を書いてほしい” と依頼がありました。亜紀さんは “自分が歌うと、どんな曲でも20%ぐらい明るくなっちゃうから、120%ぐらい暗い歌を書いてちょうだい。そしたら100%暗い歌になるから” とおっしゃってました。

そこで考えたテーマが、“望んでいないのに生まれてしまった命” でした。私自身、日頃からよく考えているテーマでもあります。ブルースのルーツを探ると奴隷にされたアフリカ系アメリカ人たちの悲しみを歌った歌や労働歌が源流だということも念頭に置いて、“なぜ悲しみは生まれるのか” 、“そもそもなぜ生まれたのか” “生まれた後にも制する側と従う側が生まれ続けていること” などを書きました。

結果的にブラック企業に勤める企業戦士にとって朝が来ることが希望とは限らない、という描写を書くまでに至ったのですが、亜紀さんからの “120%ぐらい暗い歌” というオーダーに応えたかったのと、苦しみを歌にして乗り越えようとする感覚は、暗い歌の必要性を歌謡曲から学んでいたので書けた曲だと思っています。

一青窈とは歌謡曲で繋がっている感じがする

―― 今の時代の日本にマッチした楽曲になったというか、説得力がある作品だと思います。ところで今回の『歌謡サスペンス劇場』には、ゲストに一青窈さんが出演されます。一青さんとは共演もされていますし楽曲提供もされていますが、彼女とはどんなご関係だったのですか。

中村:私のデビュー当時から、仕事面でもプライベートでもすごく励ましてくれたり、楽しいことを色々と教えてくれたり、お世話になった方です。歌謡曲にもすごく詳しく、どういう音楽を聴いているのかCD棚を見せてもらったり、色々勉強もさせてもらいました。2022年に曲を書かせていただく機会があって、丁度「歌サス」の企画を考えていたところだったので、これは縁かな?と思ってオファーしたんです。

―― 一青窈さんがカバーされた「他人の関係」は、ドラマ『昼顔』の主題歌になりましたが、金井克子さんのオリジナルとは全く違う解釈ができる作品となっていたので、歌謡曲にも造詣の深い方なのだなという印象があります。中村さんと共通している点、違う点はどこにありますか。

中村:まず、人柄が好きです。それが最初にあって親しくさせていただいているんですが、身の回りに起きたことをちゃんと記録していく方ですね。言葉を書かれる方なので、ご自身のことも書かれるだろうし、友人のことを書いている場面も知っています。気持ちが動いた出来事を記録して残している人。あとは、とにかく文字を書いている。今回のライブの打ち合わせで窈ちゃんがいるスタジオに行った時に、自分が歌うパートを手書きで書いた紙で、スタジオの壁が囲われていました。迫力がありましたね。取り組み方からダイナミックな人だと思います。私はどちらかというと臆病者です。なので、違う所の方が多いと思います。共通している部分は考えたことがなかったですね。

あと、窈ちゃんは、人を拒んでいる所をほとんど見たことがないです。今回のライブでも提案したことを全て受け止めてくれるので、懐も広い人。私と違って度胸のある方だと思う。私は武装しないと出ていけないタイプなので、そこは正反対と言っても良いかも知れません。そんな2人ですけど、歌謡曲を愛しているということで繋がっている感じがするんです。『歌謡サスペンス劇場』は、歌謡曲を媒介にして、色々な人と共演出来る場にできたらいいと思っています。

カバーが多いライブって初めての経験

―― 今回のステージで歌謡曲を歌われるということは、通常のご自身のライブとは違ったものになるはずですが、その点に関してはどのようにお考えでしょうか。

中村:自分が書いた曲より、カバーが多いライブって初めての経験なんです。自分としては歌ってみたい歌を歌える機会でもあるので、私自身がまず楽しめそうだなと思っています。シンガーソングライターって、時々、すごくおこがましいことをやってるなって思う時があって、それこそ初めて曲を書いたときは、人に聴かれることなど考えていないし、その時は、自分の考えを形にして人が受け取れる状態にしてしまうと、有名無名関わらず、聴いた人には何かしらの影響を与えてしまうものなのだ、とも知らずに書いていました。

冷静になってみると、それって要は自分の考えを押し付けているのかもしれないし、わがままな行為だな、と思うことがあります。本当に困っている人や、何かしらに救いを求めている人が、歌の中にきっかけを見つけたり、自分の人生に役立ててくれるようなこともありますけれど、それでも随分とおこがましい仕事をしているんだな、と思うときがあるんですよね。

―― 自分の気持ちを相手に伝える、という行為でもありますよね。

中村:私は、音楽は確かに聴き手がいるから成り立つものだとは思うんですけど、自分ごとである、ということは手放せないんですよね。だから苦しみを常に伴っているというか、苦しいから歌うわけですから。その点、今回は歌謡曲を歌うことで、自分が楽しんで聴いていた曲、慰められていた曲、癒されていた曲を届けることが目的になるので、楽しいという感情に思い切り飛び込んで行けるというか、無防備になれるのではないかな?と思っています。でも、普段の後ろめたさを常に微量に感じながらのライブも好きなんですよ。私なりの心構えですから。

―― 中村さんが自身のものじゃないのを歌うのが1つのテーマ。その意味ではシンガーとしてどのように立っていくのか、興味があります。

中村:自分で書いた言葉やメロディではないですが、自分ごととして、自分が感動した曲を選んでいますから、中村 中であることは変わらないんですけどね。

バンド編成のライブとアコースティックライブを同時にやる予定

―― このライブに続いて、7月6日の福島から、恒例となっているアコースティックツアー『ACOUSTIC TOUR 阿漕な旅2024 -次の賽を投げる-』もスタートします。

中村:これは2009年から続けているスタイルで、バンドスタイルでまわれない街もあったので、小回りのきく編成でやろう、というのがきっかけで始まりました。昨年、全国ツアーを3年ぶりに開催して、その続きというか、昨年、久しぶりにライブができたのが本当にありがたくて。

―― 昨年はコロナ禍以降のライブということで、お客さんの反応もそれまでとは違う手応えを感じた部分はありましたか。

中村:お客さまも常に変化しているんですが、去年は、何か通じ合うものが多かった気がするんです。しばらく全国ツアーが出来なかったことで、会場に来てくれる人たちは前のめりだったように思えます。私自身は、歌えるというありがたさを噛み締めて、余計なサービス精神みたいなものも削ぎ落とせた気がして、ものすごく集中できたライブでした。毎年ツアーが出来ていた時は、前回はこんな感触だったとか、何かしら体に残るものがあるんですが、去年のツアーはほとんど何も体に残っていない状態で、むしろそのおかげで通じ合う瞬間を感じられたんじゃないかな、と思います。

―― アコースティックの編成ですと、バンドよりも言葉がダイレクトに届く部分はあるのでしょうか。

中村:そうかもしれないです。それに3年もライブで集まる機会がなかったことで、よりお互いを求め合った感覚もあります。改めて、歌える場があることの幸運を守らなければと思ったり、この幸運が自分の手元から逃げていかないうちに次の一手を投げようと。私は動き続けていないと、悩んで止まっちゃうタイプなので。

―― それでは最後に、今回の『歌謡サスペンス劇場』にかける意気込みをお聞かせください。

中村:このライブは自分にとってのご褒美みたいなもので、思い切り音楽を楽しみたいと思っています。同時に新しい表現の場だとも思います。歌謡曲を通じた出会いの場にしてゆきたいという思いもあるし、人に出会えば自分も変化するし、変化していたいので。歌謡曲の懐を借りて、自分がまだ行ったことのないステージを目指そうとも思います。とにかく、歌謡曲のゾッとする部分を愛しているみなさま、音楽的肝試しに来るつもりで(笑)一緒に過ごしましょう。ご来場お待ちしております。

(取材・構成:馬飼野元宏)

第一回歌謡サスペンス劇場

▶ 公演概要
・2024年6月1日(土)
・日本橋三井ホール
・16:15開場 / 17:00開演
・全席指定 7,500円(税込)
・入場時ドリンク代 600円(税込)

▶ 出演:中村 中
▶ ゲスト:一青窈
▶ バンドメンバー:真壁陽平(Guitar)/ 大坂孝之介(Keyboards)/ 千ヶ崎学(Bass)/ 榊原大祐(Drums)
▶ 脚本:澤田育子(good morning N°5)

▶ お問い合わせ:
キョードー東京 0570-550-799(平日 11:00〜18:00 / 土日祝 10:00〜18:00) ▶ オフィシャルサイト:
https://atarunakamura.com/contents/714115

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カタリベ: 馬飼野元宏

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