日本動産鑑定がシンポジウム、「企業価値担保権」に期待寄せる

4月19日、(特定)日本動産鑑定(TSR企業コード:297425994)が主催する「第10回 賛助会員の集い」が都内で開催された。金融機関や官公庁、士業関係者など約200名が参加。「企業価値担保権」に関わる各省庁の担当者や企業の代表者が講演した。


冒頭、久保田清理事長が登壇し、「企業価値担保権」について語った。要旨は以下の通り。

ABL(動産担保融資)から始まった不動産や保証人に頼らない融資は、企業の定量情報だけに依らず、定性情報を踏まえて事業価値を適切に評価する「事業性評価」の普及に向けた長年の取り組みもあって、「事業成長担保権」を改め2024年3月、法制化に向け「企業価値担保権」の名称で国会に提出された。今後、「企業価値担保権」の法制化が進めば、(1)不動産などの担保を持たないスタートアップの資金調達、(2)経営者保証の解除による事業承継の円滑化、(3)事業全体を把握することによるM&A時の企業価値の高まりなど、実務上で活用が期待できるケースが増える。
一方で、「企業価値担保権」活用のためには貸し手(金融機関)だけでなく、借り手(事業者)側の制度に対する理解を深めることも重要だ。関係者の尽力に対する感謝と、事業性評価による本業支援の拡大に向けたより一層の協力を要請したい。

ABLによる経営者保証に依存しない融資

「企業価値担保権」にも通じるABLの現状と取り組みの方向性については、経済産業省の松村光泰課長補佐(経済産業政策局・産業資金課)が講演した。
まず、企業の保有する資産のうち、300兆円を超える規模となる在庫・売掛債権が、これまでは担保として活用されてこなかったことに言及。ABLの推進により、不動産などの担保を持たない企業にも資金調達の機会が増える利点に触れた。
官民で進めてきたABL推進に向けた取り組みの具体例としては、(1)これまで債権を担保とする資金調達の障害になっていた債権譲渡禁止特約をはじめとする債権法の改正、(2)経産省が推進する非財務情報の分析手段としての「ローカルベンチマーク」、(3)責任の重さが指摘されてきた経営者保証の解除などを挙げ、事業者が資金を調達するうえで支障になってきた問題の改善が進んできたことにも言及した。
また、経営者保証を取り巻く最新の状況では、経営者保証改革プログラムに基づき、2024年4月よりABL融資に対する信用保証制度において経営者保証の徴求が廃止される旨も説明。経営者保証に依存しない融資慣行の確立に向けた制度の整備が進みつつあることを示した。

「企業価値担保権」による無形資産の担保化

「企業価値担保権」については、事業性融資の推進等に関する法律案をテーマに、金融庁の若原幸雄参事官(企画市場局)が解説した。
はじめに、「企業価値担保権」の法制化に向けての動きが進んだ背景として、経営者保証に依存しない融資全体の割合は上昇傾向にあるものの、内訳としては長期貸付の割合があまり高くないこと、一方で、事業性評価による融資に対する事業者側のニーズが高まっていることを挙げた。
これらを踏まえ、「企業価値担保権」が活用されることにより、(1)ノウハウや顧客基盤といった無形資産も担保として扱えるため、有形資産に乏しいベンチャー企業やスタートアップの資金調達にも役立つこと、(2)事業者の事業自体への関心が高まることで、金融機関側による経営改善に向けた積極的な支援への動機づけになることなど、借り手である事業者側と貸し手である金融機関側、双方の視点からのメリットについて言及した。
特に、ベンチャー企業等の資金調達の際、これまでの主流はベンチャーキャピタルによる出資を中心としたエクイティファイナンスだったが、株式の希薄化を懸念する創業者にとって、デットファイナンスには一定のニーズがある点に触れ、資金調達の手段のひとつとして、「企業価値担保権」が選択肢になり得ることも説明した。

賛助会員の集い

事業性融資の推進等に関する法律案の概要

「企業価値担保権」の法制化に向け3月に国会提出された新法の法律案の具体的な内容についても触れた。貸し手側の実務として、(1)担保権者は新設される免許を交付された「企業価値担保権信託会社」とし、この担保権者は貸し手と同一であることも可能とすること、(2)企業価値担保権の貸し手には制限はなく、金融機関以外のファンド等も利用できること、(3)他の担保に対する対抗要件は商業登記簿への登記によるものとすることなどの骨子が示された。
また、借り手の権限として、担保として提供する担保目的財産の処分については、事業譲渡など担保価値の毀損につながりかねないケース以外、基本的には自由であるほか、企業価値担保権を活用する際は、粉飾等の場合を除き、経営者保証の利用が制限されることも確認した。
一方で、「企業価値担保権」を利用した事業者の債務弁済が滞るなどして担保権を実行せざるを得なくなった場合の手続きについても言及。具体的には、(1)管財人を選任し、事業価値を可能な限り高く維持、(2)裁判所の監督の下、原則として事業を解体せず一体のままスポンサーに譲渡、(3)事業譲渡の対価から貸し手の債権に充当するほか、事業譲渡の対価の一部は一般債権者等への配当に充てるために確保、という流れで進むことが想定されているとした。
ただ、「企業価値担保権」のデメリットとして、金融機関など貸し手側に一定のコスト負担があることに触れ、実務上で従来の担保による融資がスムーズに行える場合は従来の担保を利用することも可能であることを付言。資金調達の際の担保が「企業価値担保権」のみに限定されるわけではなく、従来の不動産担保などに加えて利用できる新たな選択肢だという考え方を示した。

多分野で活用される事業性評価

事業性評価の活用では、水産庁の玉城哲平陸上養殖専門官(増殖推進部栽培養殖課)が「養殖業成長産業化の推進」をテーマに講演し、2020年7月に策定された「養殖業成長産業化総合戦略」に基づき、マーケットイン型への転換を目指す養殖業では事業性評価の活用が進んでおり、陸上養殖や内水面養殖における事業性評価ガイドラインも公表されていること、マーケットイン型養殖業等実証事業において、事業性評価を活用した事業者向けの補助が進んでいることを説明した。
一般企業からは(株)Linkhola(TSR企業コード:133646238)の野村恭子社長が、信頼できるボランタリークレジットの創出のためには事業性評価による持続可能性を含めた経済性が重要であることを説明した。
事業承継センター(株)(TSR企業コード:298894319)の金子一徳社長は、事業承継の際には財産や権利といった目に見える資産のほか、顧客基盤や技術力などの知的財産を適切に評価する必要があることを説明した。


会の終了後、久保田理事長が東京商工リサーチの独占インタビューに応じた。

―ABLから事業性評価、「企業価値担保権」法制化までの道のりについて

2005年に経産省から「動産譲渡担保の登記制度」が発表されたことで、不動産や保証人に頼らずとも、『経営実態を映し出す鏡』である無形資産や技術力の把握により将来性がある企業への支援が可能になることに気付いた。しかし、当時のABLの主流は大企業向けのファイナンスで、融資支援より手数料収入に重点が置かれていた。ABLはソリューションの考え方であり、不動産や保証人の乏しい中小企業にこそABLによる支援をと訴えたが通じなかった。だが、そこから2024年まで、コツコツと中小企業支援の為のABLの普及を実施してきた。「企業価値担保権」の法制化に向けた動きにより、ようやく中小企業支援が具体的に進むこととなる。
中小企業は日本の宝であるにもかかわらず、今までは技術はあるのに担保がないため、成長が拒まれてきた。「企業価値担保権」が成立すれば、企業の稼ぐ力を金融機関が見抜き、有形資産の乏しい中小企業の資金調達手段を多様化させることができる。忌まわしいバブル崩壊時にこの仕組みが活用できていたらとの思いが、今でも胸を打つ。 法案が法制化すれば、日本の金融にとって、大きく新たな羽ばたきの一歩となるだろう。

―事業性評価や「企業価値担保権」の普及に向け、金融機関に期待することは

人材の育成に限る。バブル崩壊後、金融機関は収益重視の守りの経営となった。業務の中心が一般融資から保険や投資信託の販売になり、銀行員に対する研修の大半がFPに向かうようになった。この結果、法人に対する支援は疎かとなり、法人渉外のノウハウは低下の一歩をたどってきた。金融機関の醍醐味である企業支援のウエイトが減ると、希望を持って入行した新入社員も早期に退職してしまう。若き行員・職員に、取引企業の成長を共に歩むという金融機関の楽しさをわかってもらうことが重要だ。

久保田理事長

また、取引先からの期待に応えるという、本来の金融機関の役割の追求も必要だ。コストカットのための支店の統廃合や窓口業務の簡素化、渉外活動の人員減少ばかりを進めるのではなく、相談できる体制の見直しが必要だろう。
金融機関の原点は「目利き力」だ。鑑定士並みの目利き力を期待するのではないが、事業や商品を見る目を養う研修や実践を取り入れていくことで、企業と共に歩むことを思い出し、取引先の主治医となっていただきたい。

―事業性評価や「企業価値担保権」を活用する上で、借り手側に必要なことは

「企業価値担保権」を適切に活用するためには、事業者自身にも動産・売掛債権の担保、知的財産、無形資産、技術力を含めた包括担保の意味を理解していただくことは重要だ。
今後は借り手側である事業者に対する勉強会も強化していかなければならない。

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2024年5月9日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

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