出所者を待ち受ける“家探し“の厚い壁 家の契約できず、社会復帰に困難も「出所後の障害が多すぎる」

刑務所を出た後の家探しに苦労したという堀口裕貴さん(2024年4月17日、東京都台東区で、弁護士ドットコムニュース撮影)

2023年12月、ある刑務所から一人の男性が出所した。5年前に起きた事件のニュースで大きく報じられたのとは裏腹に、誰にも知られることなくひっそりと塀の外へ。待ち受けていたのはさらなる壁だった。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●「雨イジング・スパイダーマン」事件

2019年、東京都内でビルの高層階が窃盗被害を受ける事件が相次いだ。

当時の報道によると、警察は高い建物を飛び移って犯行が行われたとみて捜査。雨の日に被害が発生していたことから、その手口と現場の状況から、アメリカの人気映画「アメイジング・スパイダーマン」になぞらえて「雨イジング・スパイダーマン」と呼んで被疑者の行方を追っていたとされる。

2019年11月、警視庁は当時26歳だった堀口裕貴さんを逮捕。堀口さんの名前や顔写真は、「雨イジング・スパイダーマン」というワードとともに報じられた。

●昨年12月に府中刑務所を満期出所

堀口さんは身に覚えがないと一貫して容疑を否認し続けた。だが、起訴され、一審の東京地裁で懲役2年6月の実刑判決が下された。

控訴、上告したものの退けられ、刑は確定。起訴された事件の被害額は約12万円だったというが、否認していたため、4年近く拘束された。

2023年12月、東京都府中市にある府中刑務所で全ての刑期を終えて出所した。

●出所後の家探し「約40件断られた」

一旦、地元の大阪に戻ったが、逮捕される前に生活していた東京で新たに仕事を始めようと今年春に上京。やる気に満ちあふれていた堀口さんの前にさらなる壁が立ちはだかった。

一人で住む部屋を借りようと不動産会社に問い合わせると、次々と断りの連絡が返ってきたのだ。

「家がとにかく見つからない。40件ぐらい断られました」

●デジタルタトゥーが影響か

堀口さんが困ったのが、断られる理由を教えてもらえないことだった。

堀口さんの名前をネットで検索すると、事件当時に報じられた記事や顔写真のコピーが今もすぐに出てくる。いわゆる「デジタルタトゥー」と呼ばれる状態だ。

立て続けに入居を断られたのは、物件のオーナーか管理会社が堀口さんの名前を調べて事件のことを知ったからではないかと推測しているという。

●約2カ月間ネカフェを転々「出所後の障害多すぎる」

もう一つ心当たりがあったのが住所。堀口さんは逮捕されてから刑が確定するまでのほとんどの月日を拘置所で過ごしたため、住民票の住所を東京拘置所に移していた。

出所後に部屋を探す際、住所から堀口さんが東京拘置所にいたことを知られて貸すことを嫌がられた可能性もあると考えているという。

約2カ月間、ホテルやネットカフェを転々とした。

「家を探す時、最初は自分の過去をありのまま話していましたが、隠したら隠したであとで分かると印象が悪くなる。住所がとれないので仕事もできない。出所後の障害が多すぎます」

堀口さんによれば、刑務作業は約6円台からのスタート。仮に1〜2年務めたとしても、せいぜい数万円しか得られない。堀口さんは、刑務所を出所した後に再び事件を起こす人が多い現状に触れ、こうつぶやいた。

「私は今回、無実の罪で服役したので再犯云々は関係ないですが、こんな状況なら再犯せざるを得ない人もいるのではないでしょうか。お金がないことを理由に泥棒した人が、出所時わずか数万円の報奨金しか持たずに社会に放り出されてしまう。その時、住まいを確保できなければ、仕事も始められません。貯金がある人や助けを得られない人もいる。生きるために刑務所に戻るという選択を選んでしまう人たちが後をたたない理由が、出所してよくわかるようになりました」

●住民票を拘置所から移して物件確保へ

4月中旬、ようやく都内のアパートを借りることができた。

家探しをサポートした埼玉県川口市の不動産仲介会社「デュアルアシスト」によると、東京拘置所のままだった住民票の住所を別の場所に一旦移してから手続きを進めた。

また、それまでの堀口さんはやみくもに入居の申し込みをして断られ続けていたが、同社は堀口さんの経歴や物件の条件を細かく聞き取り、入居が期待できる部屋を管理する複数の会社に電話した上で事前に候補を絞って探した。

こうして2件目の申し込みで賃貸借契約に至ったという。

●「若くて働く意欲のある人の可能性まで奪っている」

刑事施設を出た人の家探しについて、デュアルアシストの古谷真澄マネージャー(44)は「(過去の事件について)ウェブ上に名前が出ているかどうかは大きい。高齢の出所者と違って堀口さんは若くて働く意欲もあり、部屋を貸す側のリスクは高くない。でも、現状はそうした人たちの可能性まで奪っているのではないか」と話す。

堀口さんは今、東京都内の店でバーテンダーとして働く傍ら、自身の経験を基にして弁護士では対応出来ない被拘禁者やその支援者に対する相談やサポートなどを安価で提供する事業を立ち上げたという。

そして、「ある程度生活基盤が整えば、一生涯かけてでも無実を訴え、イノセンスプロジェクトジャパンなどの冤罪救済支援団体と相談しながら再審請求をするつもり」と堀口さんは話す。

【編集部より】 タイトル、本文を一部修正しました(5月13日、18時)

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