“自分の”彼女が性犯罪にあったら許せない…男子学生の力説に透ける「痴漢の社会・文化的背景」

一見正義感にあふれた主張の裏にあったのは…(Graphs / PIXTA)

スーツ姿のサラリーマン、大学生、自営業の男性…。職業も年齢もバラバラの彼らが平日夜、東京都心にある駅前の病院に集まる目的は「痴漢外来での治療」を受けることだ。

依存性が高く、再犯率も高い痴漢は「犯罪」であると同時に、その一部は「性的依存症」という病でもあるとされている。本連載のテーマは、痴漢外来の治療プログラムを担当する心理学者が、研究および臨床経験を通して見た痴漢加害者の実態だ。

第1回目は、日本における痴漢の社会・文化的背景について考察する。

(#2に続く)

※ この記事は、筑波大学教授・保健学博士の原田隆之氏による書籍『痴漢外来 ──性犯罪と闘う科学 』(ちくま新書、2019年)より一部抜粋・構成。

二重の性差別

痴漢の社会・文化的背景として、その根本には、わが国に根強い男性優位社会の影響があることも強調しておかねばならない。

言うまでもなく、痴漢に限らず女性を被害者とする性犯罪は、女性の尊厳や人格を無視し、その心身を侵害する卑劣な性暴力である。相手の心情を顧みず、自らの欲求の赴くままに、女性の性的自由や性的自己決定権を踏みにじる行為に及ぶのは、その背景に女性を「モノ」や「記号」のように見る心理がある。

ジェンダー法学者の谷田川知恵は、性暴力には二重の性差別主義があると述べる。それは、「法における男性中心主義」と「性における男性中心主義」である。

「法における男性中心主義」とは、法律がそもそも「人=男性」として組み立てられており、女性が男性と同等の主体として認識されていないことだという。もちろん、憲法では男女平等が謳われているが、谷田川によれば、皇室典範にみられる父系血統主義や司法関係者に占める女性の割合が1〜2割でしかないことなど、法律の世界には男性優位の残滓(ざんし)が埋め込まれているという。

ほかにも、強制性交罪は被害者の不同意だけでは成立せず、暴力や脅迫を受けてはじめて成立するということを見ても、男性と女性の力関係を無視しており、不平等が前提になっている。強制性交罪が成立するためには、被害者は相当な抵抗をしなければならず、怪我を負ったり、着衣が破れたりするなど、暴行脅迫の客観的な証拠がなければ認められにくい(※)。これは、あまりにも加害者寄りだと言えるだろう。

※ 編注:2023年7月に施行された改正刑法で「強制性交罪」は「不同意性交罪」となった。これまでは犯罪の成立に「暴行・脅迫」があったことの証明が必要だったところ、犯罪の成立要件が明文化され、性交同意年齢が13歳未満から16歳未満に引き上げられるなど、これまで被害者が泣き寝入りする要因となっていた課題の一部は改善された。

もう一つの「性における男性中心主義」とは、男性には性的奔放さが許される一方で、女性には貞淑さを求めるような二重の基準や、性的場面における男女の「主従関係」に代表されるものである。

男性の性衝動はやむをえないものであるから、女性はそれを受け入れるべきであって、そのつもりがないならば、男性を刺激しないように、あるいははっきりと不同意を示すように求めることが、暗黙のルールとして社会には根強く残っている。夫婦や交際している男女間の強制性交や強制わいせつがなかなか認められないこと、被害者にも落ち度があると見る傾向などに、それは如実に表れている。

「“自分の”彼女の被害」が許せない

さらに、法が保護すべき女性の性的権利は、女性自身の固有の権利であるというよりは、むしろ父親や夫の「所有物としての女性」の権利であるという意識的、無意識的なとらえ方が根強く残っている。その見方によれば、性犯罪は、女性の「貞操」を侵害するものであり、それによって女性自身の人権が侵害されたというよりは、女性を「所有する」男性の権利が侵害されたと感じる男性が今なお少なからず存在する。

かつて大学のゼミで性犯罪について学生と議論したとき、ある男子学生が「自分の彼女が性犯罪にあったら許せない」と力説した。しかし、一見正義感にあふれた主張の裏にあったのは、「彼女の被害」が許せないということではなく、「“自分の”彼女の被害」が許せないということであった。

彼はまた、夫や恋人がいる女性に性加害を行うことが、そうでない女性への性加害よりも、悪質であると考えているようだった。こうした主張を聞いた周囲の女子学生は、当然のように一斉に反発した。しかし、彼は彼なりの正義感をもって「性犯罪は許せない。自分は彼女を守る」と主張したのに、批判されたことの意味が最後まで理解できなかったようだった。

明治生まれの男性ならともかく、平成生まれの若い男性ですら、このような女性観であり、それを悪びれることなく「正義感」とはき違えてしまうほどに、この社会には根強い性差別がある。われわれは、それを他人事と考えずに、常に胸に手を当てて検証し続ける必要があるだろう。

(第2回目に続く)

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