「肥満」による年間「約294兆円」の経済損失が明らかに〜肥満症薬が続々と販売されているワケ~【元参議院産業医が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

風邪を引いたら病院に行くのと同じように、肥満もまた「医師に診てもらって治療する」という意識をもつべきであると警鐘を鳴らすのは、参議院事務局産業医としての経験をもつ、(株)フェアワーク代表の吉田健一医師。肥満を取り巻く経済状況や国内販売が相次ぐ肥満症薬について、詳しくお伺いしました。

2024年から日本国内で肥満症薬が続々と発売

2024年にはいってから、日本国内での肥満症薬の発売が相次ぎ話題になっています。

2月22日には、デンマークのノボノルディスク日本法人から、肥満症治療薬「ウゴービ」が発売されました。

「ウゴービ」には食欲を抑えたり、血糖値を下げたりするはたらきがあります。「ウゴービ」の対象は高血圧や脂質異常症、2型糖尿病のいずれかがある肥満症患者です。食事療法・運動療法を実施しても十分な効果が得られないことを前提に、BMI27以上で2つ以上の健康障害がある人、またはBMI35以上の人が使用できるとしています。

4月8日には、医師の処方箋なしに薬局での購入ができる一般用医薬品(OTC)として、内臓脂肪を減らす市販薬「アライ」が大正製薬から発売されました。対象者は18歳以上の健康障害がない成人で、腹囲が、男性は85センチ以上、女性は90センチ以上あり、運動など生活習慣の改善に取り組んでいる人に限られます。購入前には、利用者が対象となるかどうかを判断するためのチェックシートに記入し、薬剤師の許可を得る必要があります。

製薬会社における「肥満症薬の開発・販売」は、株価上昇の大きな要因に

肥満症薬は米国を中心に需要が拡大しています。米食品医薬品局(FDA)が肥満症治療薬「ゼブバウンド」を2023年11月に承認し、翌月の12月5日から米国の薬局にて、販売が開始されたのをきっかけに市場規模が拡大しました。

これにより、米製薬会社イーライ・リリーの純利益は前年比13%増の21億8,960万ドルを記録(2023年10~12月期決算、2024年2月6日発表)し、株価は約1年間で約2倍に伸びています。このように、肥満症薬の開発と販売は、株価上昇の大きな要因にもなるのです。

肥満に起因する経済損失は世界で約294兆円

McKinsey Global Instituteの試算によると、肥満に起因する経済的損失は世界で毎年2兆ドル(日本円に換算すると294兆円、1ドル=147円で計算)に及びます。さらに、この論文では「肥満の有病率の増加率がこのままつづけば、2030年までに世界の成人人口のほぼ半数が過体重または肥満になる」と述べられています。

特に、今後肥満が増えていくとされているのは新興国です。中国やインドといった多くの人口を抱える新興国では肥満が進んでおり、肥満薬の需要はこれからも伸び続けるといえるでしょう。

これからの産業医の役割

現代は少子高齢化、労働人口の減少に加えて、人生100年時代を迎え「長く健康に働くこと」や「幸福に社会参加すること」に価値が見出されるようになりました。がんを中心とした病気の治療と仕事の両立支援、さらにメンタル支援が、産業医の役割として今後は重要になってくると思います。

生活習慣病対策に関しては、これまで一定の効果を出してきた一方で、今後も産業保健の土台として対策が必要なことは、変わりはありません。

肥満を「病気」と捉えない日本人へ産業医がアドバイス

産業医をするなかで私が長年課題に思っていたのは、肥満を「病気」だと捉えておらず、特段の治療を行っていない方が多いことです。

風邪を引けば医者に行って薬を飲むと思いますが、肥満だからといって「薬をもらおう」と医者にかかる人は少ないと思います。おそらく医者にいくよりも、近所のジムに通うかどうか……と考えるのではないでしょうか。

こうした現状に、産業医としては「肥満は医師とともに治療すべきものである」という認識をもっと多くの方にもっていただきたいと思っております。

確かに、これまでは肥満を解消する画期的な治療薬がなく、食事療法と運動療法が主流でした。しかし、現在は肥満症薬が続々と発売され、治療方法の選択肢は増えたました。日本国内における肥満症薬発売のニュースが、「肥満は治療すべきもの」という意識転換を促すことを期待しています。

もちろん、これら肥満薬には利用にあたってさまざまな条件があり、副作用も課題にあがっています。自己判断で服用せず、医師や薬局の薬剤師等、専門家を積極的に頼っていただきたいです。

まとめ

本稿では、肥満薬の相次ぐ発売、製薬メーカーの株価上昇、などについて解説しました。

ぜひ、読者のみなさまには、元気でいきいき働くために、「病院は具合が悪くなってからいくところ」ではなく「元気なときこそ病院を積極的に活用する」という側面も見直していただきたいと考えます。

老後の資金を懸命に貯めることも大事ですが、60代以降でも稼げる心身状態を保つことも、お金と同じように大切なのではないでしょうか。

吉田 健一

産業医/精神科医

株式会社フェアワーク

代表取締役会⻑

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