【書店危機】識者はどう見る?   経営評論家・坂口孝則氏に聞く、書店・出版社が今すべきこと

■書店員の専門知識が不足している

現在、書店危機が連日騒がれている。地方はもとより都心の大型書店やチェーンの書店も相次いで閉店するなど、書店を取り巻く情勢は厳しさを増している印象だ。そんな書店業界について、書店を常に利用する識者はどのように見ているのか。

月に購入する書籍代は多い時で約30万円に達するというのが、調達・購買業務コンサルタントであり、日本テレビ「スッキリ」等コメンテーターの坂口孝則氏である。坂口氏に、利用者目線とコンサル目線の両面から、書店業界の現状と未来、今やるべきことについて話を聞いた。

――坂口孝則さんは、仕事のために毎月膨大な資料を買い求めるなど、様々な機会に書店を利用なさっているそうですね。書店が減少している現状を見て、どのように感じますか。

坂口:率直で「しかたねえなあ」と思いました。私がいつも思うのは、昨今は専門的な知識が低い書店員が増えており、本を陳列しているだけの書店が多いということ。先日、書店で最近、芥正彦さんの本を探していたのですが、芸術や音楽、文科系のところに立っている書店員が著者名を知らないのです。全共闘が注目され、唐十郎さんが亡くなったタイミングなのに、それすら知らないんですよ。

――確かに、書店員に「この著者の本ありますか?」と聞いても、検索機で探し出す人が多いですね。私も、特定のジャンルの本が並んでいる棚すら把握していない書店員に会ったことがありました。

坂口:新刊を並べて置いているだけの書店ではダメなのです。いくらバイトや若い店員だったとしても、店に立つ資格がないレベルの書店員が多いのは、いかがなものでしょうか。書店員の教育をしっかりするなど、経営努力をしていない店が潰れていくのは仕方ないと考えています。

――数十年前のように、店先に本を置いているだけで売れた時代とは違いますからね。

坂口:そもそも、書店が減少しているというけれど、他の業種と比べたらかわいいものだと思っています。確かに、私が社会人になった時の書籍市場は2兆数千億円以上で、今は電子を入れても1兆数千億円まで減りました。書店の数も約2万件だったのが1万件近くまで減っています。しかし、地方の商店街の小売店や、製造業の方が遥かにバタバタ潰れているんですよ。書店はそれらと比べたらまだ潰れ方が緩やかなほうで、よくこのレベルで収まっていると思うことがあります。

■お手軽な本を作る出版社にも問題が

――書店に人が足をのばさなくなった要因については様々な意見がありますが、出版社側の問題も指摘されています。坂口さんはこれまでに38冊の本を出しているそうですが、かつてと比べて、出版社側の編集方針などには変化はありますか。

坂口:出版社の人と打ち合わせをしたとき、端的に言えば、「誰にでもわかるように本を作ってください」と言われるんですよ。ある編集者からは、「坂口さんの原稿を読みましたが、これではある一定層以上しか読めません」と指摘されました。ある新書の仕事をしたときは、「ブログみたいな文章で書いてくれ」と言われたこともあります。遠回しに言っていますが、つまり「誰でもわかるように書いてください」という意味なんです。

――博覧強記の坂口さんに、出版社までもがそういう要求をするんですか。

坂口:作り手側も、新幹線で東京から名古屋に行くまでの1時間ちょいで読ませる手軽な本を作っているのかな、と思います。とても残念ですよ。もっとも、頑張っている出版社は頑張っているんです。昨年と一昨年に幻冬舎や日刊工業新聞社で本を出しましたが、価値のある本を作ろうと努力している出版社だと感じました。書店側も、丸善や紀伊國屋などは頑張っていると思う。ただ、駅にある本屋は、なんだかな……と思うことが多いですね。

――お手軽な本ばかりが出てしまうと、情報の入手先はネットニュースやブログで済んでしまい、わざわざ書店に足を延ばさなくなります。出版界の意識改革も急務ですね。

坂口:私は、編集者に会うたびに「本の価格が安すぎるから10倍にしろ!」と言うのですが、真剣に受け止めてもらえない。一般書は別としても、専門書なら有益な内容であれば1万円でも売れると私は考えています。しかし、私の提案前から実行しているのは、日本経営合理化協会出版局だけ。あそこは本の単価が平均2万円ですからね。

――2万円ですか! それでも売れるのでしょうか。

坂口:売れますよ。しかも、本を読んだ経営者層に向けて、コンサルを呼んで高額セミナーをやるパッケージを創り上げています。著者のセミナーが面白いと思ったら5万円のCDがあります、10万円出せばDVDがあります……といった具合に、出口を用意しているんです。本を出しても売りっぱなしで、出口を用意していないのが、出版業界の構造的な問題だと思います。

――坂口さんのお話を聞いていると、出版業界はみすみす顧客やファンを逃しているようで、もったいないことをしていると感じます。

坂口:日本経営合理化協会出版局は、コンサル会社から出版社に発展した企業です。出版社の経営陣は否定すると思いますが、出版社にはビジネスプロデューサー的な人が足りなかったと思うんですよ。もちろん、定価をあまりに高くすると万引きされたときのリスクもあるからできないとか、出版界特有の再販制の問題など、利益構造の仕組みにも改善すべき点が多々あったと思いますが。

■紙の本を買ってもらう動機付けが必須

――今や電車の中でも、本を開いている人を見ることはごくわずかです。電子書籍が普及する中で、書店はますます大変だと思います。

『マンガ原稿料はなぜ安いのか? 竹熊漫談』(イーストプレス/刊)

坂口:電子書籍化の流れは、ずいぶん前から予期されていたことではあります。私が尊敬する竹熊健太郎さんの著作に、『マンガ原稿料はなぜ安いのか? 竹熊漫談』(イーストプレス/刊)という一冊があります。竹熊さんは、今はいいけれど、このままのやり方を続けていったら、日本の家庭には本を置くスペースがなくなる、特に長期連載漫画は書店でも家庭でも受け入れられなくなると予想していました。そこで、手塚治虫の初期作品のように、1~2巻くらいで素晴らしいクオリティの漫画を作るべきだと指摘しています。

――竹熊さんの指摘通りになっていますね。そんな現代において、紙の本を買ってもらうには様々な動機付けが必要ですね。

坂口:私が興味深いと思った事例は、アメリカの本で、最後のページがサイン欄になっているという事例があります。著者が、「私を街中で見つけてくれたら、この本に必ずサインをする」という特典を付けているのです。これはまさに、紙でなければできないことですし、本を買う理屈付けとして最高ですよね。

――非常に興味深いですね。

坂口:2000年代の半ば、百貨店や家電量販店で品物を確認してネットで注文する、いわゆるショールーミング化がおきました。現在、リアル書店でも同じことが起きています。そこで提案なのですが、バーコードのQRを読み込んだらその場で本が電子で買えて、売れたら書店にマージンが入るといった仕組みもできると思うんですよ。テクノロジーを駆使することで、書店の活性化させる方策はいくらでもあると思うんですよね。

■書店でしかできないこととは何か

――確かに、書店の販売システムは旧態依然としていて、最新のテクノロジーが取り入れられているかというと、微妙ですよね。このまま何も改革しなければ、書店はどうなっていくのでしょうか。

坂口:書店の数は減り続けるのでしょうし、中長期的に見ても、明るいニュースはないように思いますね。ただし、ある種の個性というか、色というか、それを発揮するような書店は残ると考えています。技術が進化して仮想空間の書店ができたとしたら、リアル書店にある、予想もしなかった本との偶然の出合いも代替できるようになるでしょう。そういった技術を超越した、独自のキュレーションができる書店じゃないと生き残りは難しいでしょうね。

――書店員の個性や感性がますます重要になりそうですよね。届いた新刊をただ並べるのではなく、書店員が独自の感性で本を選んで提案できる書店などは強そうです。

坂口:私は、AIやITの時代に人間ができることは、“ビール”と“土下座”だと思っています。“ビール”はお客さんと仲良くなること。“土下座”は万が一のときに心から謝罪すること。これからの時代、書店はキャラクタービジネスにならざるを得ないと思うんです。「うわ~、何だこの棚の本、狂気だな!」と思うような、書店員の趣味が発揮された書店は、それだけで面白いですよね。他にも、地元の作家が推薦した本を並べるとか、ナラティブ、コンテキストを発揮することが必要だと思います。

――おっしゃるとおりですね。

坂口:これだけインバウンドが日本を訪れているので、ある地方に行ったら必ず立ち寄らなければいけない、そんな書店があってもいいでしょう。堅苦しい郷土書ばかり紹介するのではなく、立ち寄ることに意味があるような、一種の物語を創り出すなどの工夫が必要だと思います。地元のアイドルが本を手売りする書店があっても、面白いですよね。

――書店に関する様々な提案、本当に勉強になります。ちなみに、坂口さんは書店に頻繁に行くそうですが、電子書籍があるのに、紙の本にこだわる理由は何があるのでしょうか。

『キリスト教シンボル事典』(ミシェル・フイエ/著、武藤剛史/訳、白水社/刊)

坂口:私の主要な仕事のひとつが専門領域のコンサルティングなのですが、専門書の類は紙でしか手に入らない本が多いんですよ。専門書を除き、最近買った本でいうと、脚本術を説いた『SAVE THE CATの法則で売れる小説を書く』(ジェシカ・ブロディ/著、島内哲朗/訳、フィルムアート社/刊)は、なぜか最初の巻だけ電子書籍になっていない(笑)。オリコンで連載の参考に買った『キリスト教シンボル事典』(ミシェル・フイエ/著、武藤剛史/訳、白水社/刊)は、キリスト教文化圏やキリスト教そのものを深く理解するうえで最適な本ですが、やはり電子書籍にはなっていません。

――専門書は紙が電子に対抗できる要素がありますね。最後に、坂口さんが通い詰める書店はどこなのか、教えていただけますか。

坂口:私がよく行くのは、日本橋丸善と新宿の紀伊國屋、あとはヴィレバンです(笑)。私の趣味のひとつが音楽なのですが、昔からヴィレバンには音楽目当てに通っています。あと、一般的な書店になかなか並ばない漫画があるのもいいですよね。ちなみに私は、電子書籍になっている漫画は基本的に電子書籍で買うんですが、あまりに“絶望的な感動”を覚えた作品は紙で買うようにしています。最近のタイトルだと『チェンソーマン』。藤本タツキさんが描き出す世界観がたまりませんし、手元に置いておきたくなるんですよ。

■坂口孝則プロフィール
経営評論家、調達・購買業務コンサルタント、講演家。 セミナー会社経営、カウンセリングラボオーナー。大阪大学経済学部卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買・原価企画・仕入れ業務に従事。現在は未来調達研究所株式会社取締役。これまで誰もやらなかった、調達・購買・資材業務のコンサルティングと、仕入れ観点から商売とビジネスモデルの解説等を実施。2005年から、「ほんとうの調達・購買・資材理論」(仕入れ・調達・購買・資材担当者が集まる全国規模勉強会)を主催しており、全国800名をこえるバイヤーが参加。当領域では日本で最大規模。最新の理論を、現場で実践し展開することが信条。
趣味:メタルのライブに行くこと

(取材・文=山内貴範)

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