郊外私鉄沿線に大量の不動産を持つ「大地主」だが…「お金が不安で夜も眠れない」ワケ【元メガ・大手地銀の銀行員が助言】

(※画像はイメージです/PIXTA)

親から楽して不動産を受け継ぎ、大して働かなくても悠々自適な生活ができるーーそんなイメージを持たれがちな地主。しかし、その実態は大きく異なっており……。本記事では、一念発起して不動産を手放すことにした北沢家(仮名)の事例とともに、不動産売買の注意点について、ティー・コンサル株式会社代表取締役でメガバンク・大手地銀出身の不動産鑑定士である小俣年穂氏が解説します。

地主業は決して楽ではない

地主といえば、多くの不動産を所有しており、かつその不動産からの賃貸収入があり裕福な生活ができていると思われるのではないか。大きな家に住み、高級車を所有して何不自由ない生活を送っているように思われる。

しかし、不動産賃貸経営に当たっては多くのコストがかかり、決して楽なものではない。

北沢家(仮名)は、郊外私鉄沿線の地主であり多くの不動産を所有しているが、手元の現預金は実はさほど持ち合わせていない。当主の北沢隆一は、このままでは次の代の相続税の納税資金が不足してしまうと頭を悩ませていた。北沢家の不動産収入は年によって若干の変動はあるがおおむね年間1億円程度で推移している。

しかし、不動産の維持にかかる支出や、ローンの返済、税金の支払いなどを行うと手元に残る収入はわずかであり、先代相続税の納税資金の支払いや兄弟への代償分割資金の支払いなどで手元にある現預金はほとんど残っていない。日々の資金繰りのことを考えると、夜も眠れず頭を悩ませることが多い。

また、経費を削減するためにも時間があるときなどは自ら所有不動産の草むしりや、日常の清掃も行っているが、高齢の身体に鞭を打って行っているような状況で疲労が蓄積している。近年は夏の暑さも尋常ではなく、昨年は何度も熱中症になりかけたりもした。したがって、決して周囲の人がいうような贅沢な生活を送れているわけではない。

何も知らない周囲の人からは「不動産が沢山あって羨ましい」「お金に恵まれ裕福な生活ができているのではないか」などと言われることが多いが、ぜひ一度代わりにやって欲しいと思うことさえある。

年々高騰…不動産にかかる経費

不動産の維持においてかかる支出項目を図表1に列挙した。不動産固有の経費や、税金がある。

[図表1]不動産の維持においてかかる支出項目 出所:筆者作成

不動産賃貸業においては多くの経費がかかる。また、昨今のインフレにおいては不動産経費がより高額になってくる可能性もある。固定資産税や都市計画税の算定の基礎となる公示価格についても上昇傾向が続いており、今後増額していく可能性が高い。

また、個人で不動産を所有している場合は不動産所得に対して半分程度が税金となることもあり、税金の負担も重い。

建物を借入して新築する場合や購入する場合においてはほとんどのケースで借入を行うためローンの元金利息の返済があり、不動産収入に対して残るキャッシュフローが少ないケースはよくあることだ。

傍からみると、多くの不動産収入があるように見えて羨ましく思うことがあるが、蓋を開けてみれば諸々の支払いや取引先との関係維持で苦労することが多いように思われる。

不動産を売却して現金化することに…

北沢隆一は事前に手元資金を厚くしておくことに決めた。後継者には自分の相続発生時において納税資金の確保などで慌てて欲しくないと考えたためだ。まとまったお金を資金化できるものとしては北沢家には不動産しかない。

実は先週、自宅のポストに不動産会社のチラシが投函されており「高価買取」を謳うものであった。地元では聞いたことがない不動産業者ではあったが、納税資金の確保を検討していたタイミングでもあったため、連絡を取ることにした。

数日後に不動産業者の担当である小早川(仮名)がアポイントを取得のうえ訪ねてきた。会社では自社買取業務を中心に売買仲介業務も一部担っているという。売却を検討している不動産の情報をいくつか開示して打合せを行った。1時間程度打合せを行い、その後、小早川と一緒に売却を検討している物件を見て回った。

小早川曰く、買取可能な物件がいくつかありそうであるとのことであり、会社に戻って査定および社長の決裁を仰ぐため少し時間が欲しいとのことであった。自宅に戻り査定の依頼書にサインをしてその日は解散した。

いざ、売却

1週間後に小早川から連絡があり面談をすることにした。駅前にある不動産について3億円で購入したい、とのことであった。理由としては、

・ローン完済している物件であり、かつ抵当権も設定されていないため、手残りが最も多くなる可能性が高いこと

・建物の築年が古いため、売買仲介であれば購入者がローンを使えず、購入希望者が限られ低い価格となる可能性が高いこと

・建物が老朽化しており、今後修繕などに高額な費用を要すること

などを挙げていた。

たしかに、ここ数年は維持管理に費用を要している物件である。駅前の好立地でありテナントは長いことついているが、今後のことを考えると売却することも検討していた物件である。3億円というのは感覚的に若干安いように思ったが、不動産売買契約書に融資特約もなく現金で購入するとのことであったので、葛藤はあったものの売却すると意思決定を行った。

ちょっと怪しい小早川

売却の意思決定をしてからは、1ヵ月程度の短期間であっという間に決済がなされた。決済日当日においては小早川が勤める会社を買主として、かつ手元資金で決済するとのことであったため、すぐに口座へ入金され完了するかと思ったが、小早川は電話をしたりほかのブースを行ったり来たりしていたため10時から開始したが結局終了したのは12時を少し過ぎたころであった。

売買価格3億円に敷金や賃料精算分、固定資産税などの日割り調整分を加減した額が北沢隆一の個人口座へ振り込まれるのを確認して、領収書を手交のうえ決済が完了した。

売却後に発覚したまさかの事実

北沢隆一は、とある日に不動産売却情報のチラシが投函されているのを目にした。1年ほど前に売却した不動産が6億円で販売活動されている。売却した不動産は、駅前に存することから日ごろ目にする機会が多いが、特段なんらかの手を加えているような印象もない。

ちょうどその翌日に、銀行の毎年の格付け見直しの為に手交していた資料(決算書・申告書)について取引銀行の行員から返却したいので時間を設けてくれないかとの連絡があったため、応諾した。

行員が訪ねてくると、昨年売却した不動産についていろいろとヒアリングを受けた。どうやら銀行にて、売却した不動産の登記簿謄本を取得したようであり、所有者の移動を確認すると、小早川の会社は決済日の同日にほかの不動産会社(以下「A社」)へ売却を行っていたようであった。A社は金融機関から借入を行っており、謄本の「乙区」に記載されている債権額を見ると5億円の抵当権が設定されていた。

済日の当日、やたら時間を要するなと感じていたが、おそらくA社から小早川の会社への売買代金にかかる着金が遅れ、その結果私のところへの振込に時間がかかっていたのだろう。

一連の流れを整理すると図表2のとおりである。

[図表2]不動産価格推移 出所:筆者作成

小早川の会社は同日に社に売却することで利益を得ていたことになる。おそらく、小早川の会社は時間をかければ対象不動産を6億円程度で売却できると査定していたものの、仮に売買仲介で業務を行った場合、両手で仲介手数料が受領できたとしても「6億円×(3%×2)=3,600万円」であることから、自社購入に切り替えて転売することで「5億円-3億円=2億円」(ここから、不動産取得税や登録免許税などの費用がかかる)より大きな利益を獲得する選択をしたものと思われる。

思い返すとなかなか怪しかった小早川

北沢隆一は小早川の思惑や今回の取引における全体像を把握して後悔した。思い返せば最初の相談時から明らかに売却を焦っている素振りを見せていたため、足元をみられた可能性が高いし、また、不動産市況について冷静に分析することもしなかった。

さらには、子供たちに迷惑をかけたくないとの思いから、ろくに相談することもなく自分の判断や思い込みのみで進めてしまった。いまさらではあるが売却をなかったことにできないかと専門家らにも相談したが、取引自体は有効な手続きであり取り消すことは困難であろうとの見解であった。

また、不動産を現金化したことにより結果として相続税額も上がってしまった。資産を大きく変動させるような意思決定においては事前に専門家らの力を借りることが必要であったと改めて後悔した。

まとめ:不動産売買には細心の注意を払う

・納税資金の捻出にあたっては、第三者への売却以外にも金融機関からの資金調達、延納、一族の資産管理会社への売却など手法は複数ある
・家族に迷惑をかけたくないという考えは非常に尊いものであるが、大きな意思決定においては家族のほか専門家にも相談するなどして冷静に意思決定を行うべきである
・建物が古いから値段が安いというのは必ずしも当てはまらず、立地によって不動産価格は異なる(すなわち古い建物でも高く売れる可能性がある)
・地主一族の場合は不動産の購入や売却が相続税額へ大きな影響を与える可能性があることから、専門家に相談のうえ相続税のシミュレーションを事前に実施することが望ましい

以上のポイントを押さえることが重要である。

小俣 年穂

ティー・コンサル株式会社

代表取締役

<保有資格>

不動産鑑定士

一級ファイナンシャル・プランニング技能士

宅地建物取引士

© 株式会社幻冬舎ゴールドオンライン