「報酬金額」をはっきり決めずに依頼を受注するというケースは、案外多いものです。納品後に提示された金額が明らかに相場よりも低い場合、クリエイター側はどう対応すべきなのでしょうか。そこで本記事では、クリエイティブ分野に特化したリーガルサポートを行っている弁護士の宇根駿人氏・田島佑規氏による著書『クリエイター六法 受注から制作、納品までに潜むトラブル対策55』(翔泳社)から一部抜粋して、報酬金額に関するトラブルの対応策・予防策について解説します。
金額をはっきりと決めないまま受注した
類似のケース
●業務範囲をはっきりと決めないまま受注した
● ふわっとした予算感だけ伝えられて案件がスタートした
相談事例
金額を決めずに着手したけど、これっていくら請求できるの?
デザイナーであるXさんは、知人から「デザイナーを探している人がいる」と、つい先日起業したばかりのZさんを紹介されました。
早速打ち合わせを行い、Xさんは、Zさんから「先日、環境問題の解決に取り組むスタートアップ企業としてY社を設立した。ブランディングも含め企業イメージやデザインに統一性をもたせたいので、Y社のクリエイティブディレクターとして中長期的にお付き合いできるデザイナーを探している」という旨の話を聞かされました。
Xさんは、クリエイティブディレクターとしての経験が得られることや、中長期的に案件が続くのであればぜひやりたいと考えたことから、前向きに検討したい旨の返事をしました。
すると後日、Zさんから契約書が送られてきました。契約書には、「XにY社のクリエイティブディレクターとしての業務を依頼すること」「契約期間は3年間。ただし双方1カ月前までに予告することで契約を解除できる」「報酬については別途協議のうえ決定すること」が記載されていました。
また、Zさんから報酬について「月額報酬を考えているが、国に対して補助金を申請中であるため、具体的な金額は補助金額の決定後に別途協議のうえで定めたい。もちろん、それ相応の金額はお支払いする」旨の説明がなされました。
この案件を逃したくないと考えていたXさんは、Zさんの気が変わる前に必要な手続きを済ませたいと考え、速やかに契約書にサインを行いました。
その後、Zさんから「まずはWebサイトとロゴ・名刺デザインをお願いしたい」と言われたため、早速デザイン制作に取りかかりました。
2カ月後、無事にロゴ・名刺をデザインし、納品しました。さらに、Webサイトのデザインについても完成させ、公開間近の段階にまで至った頃、Zさんから、「Y社に対して補助金が下りなかった。大変申し訳ないが、クリエイティブディレクターの件はなしにしてもらいたい。これまでの作業分については支払いたいと思うが、なにせ想定外の事態で予算がなく、5万円で勘弁してもらいたい」旨の連絡がありました。
通常の案件であれば、少なくとも30万円程度は請求する作業量であり、5万円などという金額では到底納得できず、Xさんはどう対応すればよいか悩んでいます。
対応策
事前の金額の合意がない以上、過去の例や相場を伝え交渉するしかない
今回のケースではZさん(Y社)からの依頼に基づき、ロゴ・名刺デザインについては既に完成・納品済であるため、このデザインに対する報酬についてはZさん(Y社)に請求することができるといえるでしょう。
また、Webデザインについても完成済であり公開間近だったということなので、Webデザインに対する報酬についても請求可能な状態にあるといってよさそうです。
もっとも、今回はこれらのデザイン報酬の金額につき事前合意がありません。通常の案件受注の際と同様、見積書をクライアントに提出するなどして、事後的に金額の合意ができればそれで問題ありません。
しかし、今回のケースのようにZさん側が提示する金額と、Xさんが希望する金額に差がある場合には、簡単には合意できないでしょう。
話し合いで折り合いがつかない場合、裁判などの法的手続を行う方法もあります。しかし、Xさんの希望金額は30万円程度のため、裁判などの法的手続にかかる時間的・金銭的・心理的コストを払うことは、現実的ではありません。
結局、過去の他案件での請求額やデザイン料金の相場感を伝え、少しでも納得する金額に近づくようZさん側と交渉を続けることしか手段はありません。
しかし、Zさん側が悪質である場合、いつ音信不通になり、当初申し出ていた金額すら支払われなくなるかもわかりません。こういったリスクも踏まえると、現実的には今回は高い勉強代だと思って、Zさん側の提示金額で妥結するという選択をするのも一案でしょう。
予防策
ひとつひとつの作業や業務内容ごとに事前に報酬金額の合意をする
今回のようなケースを予防するには、何よりも事前に報酬金額の合意をしておくことが重要です。[図表1]のように、ひとつひとつの作業や業務内容ごとに事前に報酬金額の合意をすることが大事です。ひとつひとつの業務ごとに詳しく単価を記載することで、作業が増えたときに金額交渉がしやすくもなるので、この方法はおすすめです。
「見積書などにより金額を伝えたうえで案件がスタートするのは当然のことでは?」と思っている方もいるかもしれません。
しかし、「案件受注時に具体的な金額を決められない合理的な何らかの理由がある場合」「どうしてもやりたい案件で受注前に金額に関する交渉を行うと失注するかもしれない場合」「友人・知人関係など相手方とある程度の信頼関係がある場合」「ざっくりとした予算感だけを伝えられ、なし崩し的に着手を行うことになってしまった場合」など、金額をはっきりと決めないまま受注してしまうケースは案外多いものです。
しかし、これらの場合であっても、何よりも事前に報酬金額の合意をしておくことが重要なことに変わりはありません。どうしても事前には報酬額を決められない場合は、少なくとも最低金額や報酬金額の目安・相場感を書面やメールなどで伝えておきましょう。
いざトラブルとなった際には、それらが交渉の材料になってくれます。
[図表1]報酬金額を合意するための表の例 ※金額はいずれも消費税込
■ワンポイントアドバイス
一般的な報酬金額の相場感を伝える際に何を参考にしてよいかわからない方も多いかもしれません。特に正解があるわけではありませんが、一例としては日本イラストレーター協会が提示している料金表や、各デザイン会社や事務所がWebサイトなどで公開している料金表などを参考にすることが考えられます。
宇根 駿人
大道寺法律事務所
弁護士
田島 佑規
骨董通り法律事務所
弁護士