“作業用ゲーム”『Spirit City: Lofi Sessions』や『Chill Corner』で学ぶLo-fi Hip Hopの歴史【特集】

“作業用ゲーム”『Spirit City: Lofi Sessions』や『Chill Corner』で学ぶLo-fi Hip Hopの歴史【特集】

本記事では、2024年4月に発売されてから瞬く間に多くのレビューと圧倒的な評価を受けている『Spirit City: Lofi Sessions』や同じく好評の『Chill Corner』といったゲームを皮切りとして、近年増えつつある“作業用ゲーム”のコア要素、「Lo-fi Hip Hop(ローファイ・ヒップホップ)」の歴史と魅力について紹介していきます。

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“圧倒的に好評”『Spirit City』『Chill Corner』の功績。いずれもゲーマーにとって最適な「Lo-fi Hip Hop」入門

まずは、『Spirit City: Lofi Sessions』や『Chill Corner』がいったいどんなゲームなのかを振り返りつつ、両作が“ゲーマーにとって「Lo-fi Hip Hop」を知るために最適な理由”であることについて、見ていきましょう。

◆ツール機能が充実。YouTubeも流せる『Spirit City: Lofi Sessions』

本作は2024年4月8日にPC(Steam)向けに発売。執筆時点のSteamユーザーレビュー数は3,065件で、「圧倒的に好評」を獲得しています。「To Doリスト」の作成、タイマー設定など豊富なツール機能、可愛らしいアバターや、部屋、時間帯など自分好みの環境を構築できるカスタマイズ性、お供の「スピリット」を発見したり、機能を活用してXPを稼いだりするゲーム要素が好評のようです。

Youtubeチャンネル「HomeWork Radio」

そしてもちろん、ゲームタイトルにもあるコアな要素「Lo-fiサウンド」も充実しています。プレイヤーはいつでも好きなときに、テーマ別に厳選されたメロウで心地の良いビートや、YouTubeの音楽を流すことができます。「優しい雨」「レコードノイズ」「鳥の鳴き声」など環境音を組み合わせると、さらに素晴らしいムードを演出するでしょう。

◆オリジナル曲も再生可能。ミニマルでシンプルな『Chill Corner』

こちらの『Chill Corner』は2021年12月18日にPC(Steam)向けに発売。執筆時点のSteamユーザーレビュー数は8,859件に達し、「非常に好評」を獲得しています。

To Doリスト作成、タイマー通知、アバターや部屋のカスタマイズなど基本的なツール機能や、インタラクティブ要素は備えていますが、『Spirit City』と比べて物足りない印象。しかしオンラインチャット的なミニSNS機能を果たす「手紙コーナー」を持っていたり、無料配信であること、ミニマルでシンプルなUIが作業用に向いていることが評価されています。

プレイリストには、日本人から海外ビートメーカーまでお手本のような心地よいLo-fiサウンドが用意されています。デフォルトでは全24曲で、有料DLCを購入しないと楽曲数がやや少ない部分が賛否の分かれるところですが、どれも質が高いものばかりなので十分でしょう。また、mp3、wav、ogg形式のオリジナル曲をアップロードできるのも特徴的です。

◆ゲームを通して触れる「Lo-fi Hip Hop」

このように、この2作品はゲーマーに「Lo-fi Hip Hop」のエッセンスを自然なかたちで届けています。あまり音楽に興味のないユーザーやジャンルに馴染みのないユーザーが、ゲームを通すことで「Lo-fiサウンド」を身近なものにして、カジュアルに触れる機会を創り出したことには、大きな意義があります。

そして、いずれもゲーム的要素はオマケ程度。あくまでリラックスしたり集中力を高めたり、作業するための「ツール」としての側面が、流れてくるサウンドをより際立たせ、ユーザーにとって最適な「Lo-fi Hip Hop」入門として機能しているのです。

そもそも“Lo-fi Hip Hop”とは何か?誕生から拡大までの変遷

では、いったい“Lo-fi Hip Hop”とはどんな音楽で、どのようにして始まりどう変化していったのでしょうか。ここでは、早くからその存在に注目し動向を追っていた、ブロガー/ビートメーカーであるbeipana氏の記事や、RHYMESTER宇多丸氏がホストを務めるラジオ番組「アフター6ジャンクション」で組まれた特集動画などを参照しながら、時系列を紐解いていきます。

◆概要

Lo-fi Hip Hopとは、「チル」「リラックス」などをキーワードに、2010年代後半からインターネット上で爆発的に成長した音楽ジャンル(またはコミュニティの総称)のこと。イージーリスニング的な「作業用BGM」として、10代~20代の若者を中心に聴かれる傾向があります。また、根底に日本のアニメやゲームの影響があり、さまざまなコンテンツから引用(サンプリング)しています。YouTubeのストリーミング放送では、チャット機能が簡易的なSNSになり、コミュニティとして機能しているのも特徴的です。

◆音楽的特徴

音楽的には「ジャズやソウルからサンプリングしたウワモノ(メロディ)、ベース、声ネタなどのワンショットサンプル」などを、「ピッチモジュレーションで音階の揺れやディレイ、リバーブなどを重ねて、意図的に汚したチープな音」に変化させ、「手打ちされたレイドバック感のあるヨレたビート」によって構成されるインストゥルメンタルであると、概ね定義できます(GENIUS参照)

加えて、楽曲の多くが1分から2分弱と短く、BPM(beat per minute=1分間における拍数)が60~90くらいのゆったりとしたテンポで、コード進行が大きく変わる展開などはほぼ見られない平坦な構成です。そこに上述のような音像が組み合わさり、あくまで“BGM的”な構成と、耳障りが良く、ある種の“懐かしさ”を伴ったサウンドが「チル感がある」や「メロウな雰囲気を持っている」と語られています。

例えば、後述するLo-fiアーティスト「Bsd.u」は、2017年のアルバム「pook」で、サンプルしたフレーズにリバーブやディレイをかけたり、ホワイトノイズ、テープストップ、スクラッチ音などのエフェクトを追加して、ザラついた浮遊感のあるノスタルジックなLo-fiサウンドに仕上げています。

特にM8「24 Hours」では、声ネタを効果的にループさせ、荒々しいラップと美しくジャジーなメロディが見事に交差しています。

◆2017年頃からインターネット上で急拡大

beipana氏によると、上記のようなサウンドは古くから存在し、「Smooth Jazz」「Chill」などというジャンルで呼ばれていました。そして、初期から活動するチャンネル「Chillhop Music」が、2013年Youtube上で公開したプレイリスト「a lo-fi chill beats」において「Lo-fi」という言葉が初登場させたのが、Lo-fi Hip Hopの始まりという見方もあります。

その後2017年~2018年にかけて「Chilled Cow(現Lofi Girl)」「Chillhop Music」「the bootleg boy」など複数のYouTubeチャンネルが“Lo-fi Hip Hop”という単語を含んだストリーミング配信を始めたことを起点に、徐々にリスナー数が増え、インターネット上での認知度が拡大していくことになります。

◆“ゴッドファーザー”は誰なのか?Lo-fi Hip Hopの源流

そもそもいったい誰がLo-fi Hip Hopのルーツであり、オリジネイターなのか。GENIUSによると、こうした論争は海外掲示板Redditなどコミュティで活発に議論されていて、多くのユーザーが「Nujabes」と「J Dilla」の名前を挙げており、彼らこそがLo-fi Hip Hopにおける”ゴッドファーザー”である、と認識しています。

Nujabes(ヌジャベス)は、東京都出身のDJ/トラックメイカー/音楽プロデューサー。メロウなソウルやジャズをサンプリングした「ジャジーヒップホップ」の旗手として2000年代に台頭し、「カウボーイビバップ」を手がけた渡辺信一郎監督の和風活劇「サムライチャンプルー」(2004年)のサウンドトラックを制作したことでも有名です。

2018年には、Spotifyが発表した「海外で最も再生された日本人アーティスト」で第3位となっていることからも、Lo-fi Hip Hopムーブメントへの影響がうかがえます。

NujabesがLo-fi Hip Hopの源流とされることには、いくつかの理由があります。まずひとつが、アメリカのカートゥーン・ネットワークの深夜帯プログラム「Adult Swim(アダルトスイム)」にて、「サムライチャンプルー」などが放映されており、幼少期にそれを視聴していた若きLo-fiアーティストたちが彼の音楽から影響を受けた、というものです。

実際に、NY出身の新鋭ビートメーカーninjoi.は、インタビューで「Nujabesのスムーズでジャジーなヒップホップのヴァイブス」が作品から伝わったと話しています。

次は、Nujabesの作品全般に見られるメロディアスでどこか哀愁の漂うビートは、「チル」「リラックス」「メランコリック」といったLo-fi Hip Hopが持つキーワード/要素の雛形となっていること。

ただし、彼は制作過程でスクリュー(回転数を下げスロウにする)やチョップ(音を細かく切り刻んで再構築する)といったヒップホップでおなじみのテクニックは多用していません。

サンプリングの尺も1小節から2小節と長めのモノが多く、元の音源から大幅に音質を変える表現も比較的少ないため、実はヒップホップというジャンル全体の中ではむしろ“Hi-fi”な音質に聞こえるとも言えるでしょう。

そしてこのことから、Lo-fi Hip HopにはNujabesのエッセンスの持つ一部のみ、特に“サウンド”以外の要素が継承されているという見方ができます。

もう一人は、米ミシガン州出身のラッパー/プロデューサーであるJ Dilla(ジェイ ディラ)。J Dillaはかつて「Jay Dee」と名乗り、The PharcydeやCommonなど数々のアーティストをプロデュースしたことで有名です。

人間味のあるヨレたビートと、ジャズやネオソウル、ボサノヴァ、ハウスまでサンプリングする幅広さは、90年代以降のジャジーでオーガニックなヒップホップの潮流を作り出し、それがLo-fi Hip Hopの土台となったとことは間違いではないでしょう。

時間を忘れてリラックス。チルなサウンド流れるLo-fi系ゲーム

ここで少し閑話休題。近年では、従来のFPSやアクションゲームの他に、リラックスしたゲームに癒やしを求める人々も増えてきました。本項では、Steam向けにリリースされている、『Spirit City』『Chill Corner』ライクな作業用ゲームや、放置してのんびりまったりと遊べるタイトルをいくつかご紹介します。

◆『Chill Drive

本作は、学習、仕事などのタスク管理を行える作業用ゲーム。リラックスできる20曲の音楽を内蔵し、mp3で自分の好きな曲も流すことができます。時計やカレンダー機能などツールも充実しています。

◆『Bottle Can Float

本作は、川を流れるボトルをただただ眺めたりする、カジュアルなリラックスゲーム。プレイヤーは、ボトルを川に流したり、水中に小石を投げたり、川辺の心地よい環境音を聞いたりしかできませんが、画面を見ているだけで癒やされるはずです。

◆『Rock Simulator

本作は、プレイヤーが待ち焦がれた「岩」になれるシミュレーションゲームです。やるべきことはただ存在し、時間が消えていくのを見ることだけ……という素晴らしい禅的体験を味わえます。レベルアップすると、岩のスキンや、さまざまな風景をアンロックすることも可能。日本語とマルチプレイヤーにも対応しています。

GWにオススメのLo-fi Hip Hopチャンネル/アーティスト

さて、話題を戻しましょう。最後に、Lo-fi Hip Hopを代表する主なチャンネル/アーティストを紹介しつつ、筆者が独断と偏見で選んだ、ゴールデンウィーク中のリスニングにオススメの曲たちを披露して締めたいと思います。

◆Lofi Girl(旧名:Chilled Cow)

フランス・パリを拠点に、Dimitriが運営するYouTubeチャンネル「Lofi Girl」。執筆時点でチャンネル登録者数は1,400万人を超え、総再生回数は驚異の19億回以上と、桁違いの人気を誇ります。スタジオジブリ作品に影響を受けた少女のアイコンを一度は目にした方もいるでしょう。

2017年、Lo-fiサウンドを乗せた24時間のライブストリーミングがきっかけとなり、徐々にリスナーを増やしていきます。同時にLo-fi Hip Hopも認知度を高めていきますが、ジブリなど日本アニメをループさせた映像を使用したことで、チャンネルは一時停止し、のちに再開。2021年には「Chilled Cow」から現在の「Lofi Girl」へと改名しました。

サウンドの特色は、良い意味でクセがなく、24時間365日どこにいてもフィットするような、万人にオススメできる選曲です。

◆Chillhop Music

オランダを拠点に、Basが運営する「Chillhop Music」は、YouTubeの登録者数328万人で、「Lo-fi Girl」と比較するとやや少ないものの、こちらも重要なコミュニティの立役者のひとり。

Chillhop Musicはストリーミング配信だけでなく、レーベルとしての側面もあり、多くのアーティストを輩出。公式サイトでは、バイナルやアパレルなどフィジカルグッズも販売しています。

the bootleg boy

「the bootleg boy」は、登録者数429万人、総再生回数6200万回を超える人気チャンネルです。

物悲しげでメランコリックなメロディを基調に、ローファイ感を際立たせた選曲が特徴的。東京や大阪、世界各地の地名をタイトルに冠する「RAINING IN 〇〇」シリーズは、雨音など環境音を重ねて情景を浮かび上がらせ、より内省的なサウンドに仕上げています。

◆Tommpabeats

フィンランド在住のビートメイカー「Tommpabeats(トンパビーツ)」は、2016年に「Harbor LP」をリリース。全曲が2分弱の短いものですが、日本のアニメ、往年のジャズ、クラシック映画からの豊富な引用で、美しく静謐なLo-fi Hip Hopを作り上げています。ちなみに、M24「Monday Loop」はSpotify上で9,000万回以上再生されており、人気の高さが伺えます。

◆Dropp

カリフォルニア在住のビートメイカー「Dropp」は、1995年発売の名作RPG『クロノ・トリガー』の楽曲を大胆にサンプリングしたアルバム「クロノトリガー 時之翼 epoch」を2020年に発表しました。

ループされるメロディや効果音は、たしかに原作で流れていたサウンドで、それらを温かみのあるBoombap(ブーンバップ)やドラムンベース的なビートが支えており、見事に名作RPGとHip Hopを繋げています。ただしBPMは100~120前後と、Lo-fi Hip Hopとしてはテンポが速く、リラックスできる印象はないかもしれません。

◆Oatmello

アメリカはオレゴン州在住のトラックメイカー「Oatmello(オートメロ)」は、2017年にアルバム「Campfire」をリリース。フルートやストリングスなど生楽器を使ったメロディのループは非常に心地よく、オーガニックなローファイ感は独特な高揚感に包まれます。特にM3「Memory of You」、M4「Road to Trip」が筆者のオススメです。


いかがでしたでしょうか。今後ますます『Spirit City』や『Chill Corner』のような、作業用ツールとしてのゲームが増え、それに伴いライトゲーマーからハードコアゲーマーまで、Lo-fi Hip Hopに触れる機会も多くなるかもしれません。本記事を読んで、少しでも理解する一助となれれば幸いです。

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