同人誌、なぜ電子より紙の本が人気? 大人気ぬいぐるみ“だいあぱん”「合同誌」制作者を動かす圧倒的熱量

■市販の雑誌のようなクオリティ ファンが集まり合同誌を制作!

コミックマーケットなどの同人誌即売会は、紙媒体の魅力を存分に感じられる場でもある。特に、同人誌が誕生したころから普遍的な人気がある「合同誌」は、電子書籍が全盛になっても盛んに制作され、衰える気配がない。同じ志や趣味をもつ者同士が集まり、一冊の本を作り上げる楽しみは何物にも代えがたいためだろう。『キラッとプリ☆チャン』の合同誌を制作したやさかはちる氏に、その魅力を聞いた。

――やさかはちるさんは『キラッとプリ☆チャン』に登場する“虹ノ咲だいあ”のぬいぐるみ、通称“だいあぱん”のファン同士で合同誌を制作したそうですね。キャラクターの、しかもぬいぐるみのファンが集まるとは…… かなりマニアックな取り組みだと思いますが、完成した合同誌を拝見すると、充実した内容で驚きました。

やさかはちる(以下、やさか):2023年5月から参加者の募集を始め、この年の11月に刊行しました。多くの人にご協力いただき、感謝しかありません。“だいあぱん”がとにかく好きなので、形になっただけで満足です。

――何人の参加者が集まったのですか。

やさか:匿名でイラストを募集したりもしたので、参加者は最終的に30人くらいだったと思います。参加された人数が多いので、意思疎通の難しさ、要件を伝える難しさなどを実感しました。私のせいで迷惑をかけてしまった人もいますので、申し訳ないと思っていますが、無事に完成させることができました。

――主宰者は何かと苦労は多いと思いますが、主宰ゆえの楽しみもたくさんありますよね。

やさか:やっぱり、先に原稿を読めるのが嬉しいですね。原稿や写真に目を通しながら、掲載順を決める編集者のような楽しみも味わえます。ちなみに、レイアウトは熟練の方にお任せしました。仲間にそういうプロの技を持った人がいるので、みんなの力を借りて作り上げるのも楽しかったです。特にメインで編集された方は紙質などにもこだわりを持っていて、現物を見たときには「売ってるやつじゃん!!」とクオリティに驚きました。

――話を聞いていると、やさかさんの喜びや嬉しさがビシビシ伝わってきます。

やさか:いや~、やっぱり嬉しいですよ。完成した本はうちの家宝になっています。同人誌即売会で頒布するときも、手に取ってくれた方の笑顔が見れましたし、Xを通じて読者や参加者の反応を見たときも、やってよかったと思いました。

■だいあぱんの人気が急騰

――やさかさんはどのように、だいあぱんの存在を知ったのでしょうか。

やさか:だいあぱんの登場前にも、『プリティーシリーズ』の『プリティーリズム』や『プリパラ』から引き続き、『プリ☆チャン』1期に登場するキャラクターのぬいぐるみが出ていました。この時は遠巻きに見ていたのですが、だいあのゆいぐるみが発売されると、イラストのぬいぐるみのビジュアルと実物の見た目が全然違うことに、戸惑いを感じたんですよ(笑)。かわいいというより、愛嬌があると思いました。

――イラストと実物がぜんぜん違うのに、人気が出たんですね。

やさか:おそらく、同じ思いを持った方がたくさんいたのだと思います。Twitterのタイムラインを見ていると、だいあぱんをお迎えした人が画像をたくさんUPしているのを見て、だんだん気になりだして。「プリズムストーンショップ」(注:『プリティーシリーズ』のグッズを扱う専門店)で買おうと思ったら、埼玉にあったお店が撤退していたんですね。そうこうしているうちに本編の物語も佳境になり、だんだんだいあぱんが品薄になり、お迎えできなかったんですよ。

――なんと、そうだったのですか…… 残念でしたね。そもそも、だいあぱんはどうしてこんなに人気が出たのでしょうか。

やさか:もともと人気はあったと思うんですよ。ただ、急激に人気が出たのは、2019年の年末に『プリティーシリーズ』のライブがあったり、だいあの声優の佐々木李子さんが路上ライブのとき、ファンがもってきただいあぱんを見て「だいあぱんだ~!」とコメントしたのがきっかけといわれます。この頃にはもう品薄で手に入りにくくなっていました。そこで、だいあぱんを“自作”する人が現れ始めたのです。

――手に入らないので自作ですか!

やさか:ぬいぐるみの自作勢は本当にたくさんいましたし、様々な方が創意工夫をしてだいあぱんを再現しようとしたのです。私もCGを作る技術があったので、“バーチャルだいあぱん”を作成しました。その後、私とは別にバーチャルだいあぱんのCGモデルを作ってくれた人がいて、“だいあぱんカメラ”というアプリも生まれました。だいあぱんと写真が撮れるので、一緒に旅している気持ちになれるのです。特に、ぬいぐるみの自作勢が画像をどんどんSNSに掲載したおかげで、さらに有名になったと思います。

――ネットオークションでも、だいあぱんの価格が高騰したそうですね。

やさか:人気が絶頂だった頃にヤフオクに出品されただいあぱんは、2日目くらいに3万円になり、1週間以内で10万円くらいになりました。最終的には、いたずら入札が相次いで1億円になっていましたけれどね。その後、5万円などで取引されるようになっていましたが、販売価格の何倍もプレミアがついていたのです。こうした盛り上がりを受けて、公式も再販に踏み切ってくれたのだと思っています。

■再販決定後もさまざまな出来事が

――かくして、だいあぱんは無事に再販されたわけですね。しかも、だいあの派生形である黒だいあをぬいぐるみ化した“黒だいあぱん”も新たに発売されることになりました。

やさか:ただ、再販が決定してからもいろいろな出来事があったんですよ。再販分の発売日はコロナ禍の真っただ中で、1月の中旬くらいだったと思います。各地の「プリズムストーンショップ」で、先着順で販売されました。私は仙台のお店だったら混んでいないだろうと思い、車を3時間走らせて行ったら、なんと売り切れ。聞けば、仙台には4体くらいしか入荷してなかったらしいんですね。なかには青森から吹雪の中やってきて、買えなかった人もいたそうです。

――吹雪の中訪れて売り切れはきついですね…… しかし、公式側もその後、受注生産を決めたそうですね。

やさか:再再販が決まった時点で、わざわざ並ぶ心配がなくなり、胸をなでおろしました(笑)。その頃、ヤフオクなどでの取引価格は10万円くらいになっていましたが、次第に価格も落ち着き、“だいあぱん戦争”が終焉します。私はというと、現地では買えませんでしたが、直後に黒だいあぱんは郵送で、白だいあぱんは手渡しで譲ってもらえることになりました。

――おおっ、それは良かったですね。お迎えした時はどう思いましたか。

やさか:手が震えました。感動ですよ。本物のだいあぱんだ、やっときてくれたんだ、と。手渡しは「あしかがフラワーパーク」だったのですが、対面して、泣いてしまったんです。じわじわと感情がこみあげてきたというか。その後、再再販分も予約してお迎えしていますが、最初にお迎えした時の感動は特別なものがありました。

やさか氏は自身でも次々にだいあぱんのグッズを制作。これはアクリルスタンド(アクスタ)である。

――それにしても、ぬいぐるみが再販されるのは滅多にないですよね。ファンの想いが公式に届いた事例だと思います。

やさか:だいあぱんの自作勢の方々が出現しなければ、再販はなかったのではないかと思うんですよ。ぬいぐるみを自作した方は何人もいらっしゃいますし、段ボールにだいあぱんの4面図を貼って年越しした方もいました。そして、同人誌即売会ではだいあぱんの写真集が出て、盛り上がっていたのです。こうしたファンの熱意がなければ、奇跡は起きなかったと思います。

■一緒にいるだけでQOLが爆上げ

――そんなやさかさんに改めて、だいあぱんの魅力をお聞きしたいです。

やさか:とにかく、見ていて愛嬌が感じられるんですよ。昔見た、NHK教育テレビ(現:Eテレ)の人形劇の世界のような、牧歌的な村に住んでいる雰囲気があり、眺めているだけで心が安らぐんです。

――癒し系の雰囲気がありますよね。

やさか:一緒に旅に行って、だいあぱんにいろいろな世界を見せてあげるのが好きです。風景を見せて教えてあげたり、旅先の料理も、だいあぱんに教えてあげる。そして、「●●だよ、だいあぱん」と、だいあぱんと旅先の写真をXに投稿するのも楽しい。不思議と、その時々によって表情が変わって見えるんですよ。満足してくれているんだか、わかっていないんだか、わかりませんが(笑)、その反応を頭の中で妄想するのも魅力です。

――やさかさんのXを見ていると、だいあぱんと充実した日々を過ごしておられることがわかります。

やさか:だいあぱんを見るたびにQOLが上がるし、心が落ち着きます。仕事で荒ぶった状態になっても、だいあぱんの前ではあらぶったところは見せられないなあ、と思うことも。例えるなら、我が家の“座敷わらし”のような存在ですかね。

――そして、何より合同誌を通してファンとの交流も生まれていますよね。

やさか:そうですね。だいあぱんを通じて交流の輪が深まったと思います。だいあぱんのWEBオンリーイベントを開催しましたし、合同誌の主宰も務めることができました。こういった繋がりが生まれたのも奇跡だと思います。だいあぱんに感謝したいですね。

■紙の本でしかできないことはたくさんある

既に述べたように、紙の本がまだまだ健在な分野が同人誌である。今回のやさか氏の話を聞いて、筆者は紙の本がもつ可能性を実感することができた。近年、商業出版の世界でも装丁や紙質までとことんこだわった、いわゆる紙の本のグッズ化が進んでいる。そのなかで、紙の本ならでのコミュニティツールとしての魅力が再発見されつつある。

筆者は仲間とともに熱い思いを形にし、シェアしているやさか氏を非常に羨ましく思った。そして、同人誌や合同誌は、まさに同じ想いをもつ人たちを繋ぐ最高のコミュニティツールだと改めて実感した。やさか氏が既に実践しているように、紙の合同誌が支持される理由は、本という所有物の形になることでファン同士で喜びを共有できる点にある。そして、完成した本は、ぬいぐるみなどのグッズとともに祭壇に飾ることもできるのだ。

これらは紙ならではの圧倒的な強みであり、電子では味わうことができない魅力といえるだろう。電子書籍では代替できないものはまだまだたくさんあると思うし、だいあぱんのように、決してファンの母数が多いわけではないものの、熱烈なファンが多いジャンルこそ紙の魅力を発揮できる場ではないだろうか。紙ならではのウリを最大限に引き出した本を作ることが、今後の出版界において重要である。そうしたヒントは、案外、作品のファンの活動の中にありそうだと感じた。

(取材・文=山内貴範)

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