10年前は年収1,000万円のエリートだったが…45歳・自慢の息子が、実家で「年金72万円の70代母」と肩を寄せ合って暮らす「年収180万円の非正規」となった理由【FPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

収入が高く、思い描いた暮らしを手に入れたとしても、想定外の出来事によって、生活が一変することがあります。なかには、それまでの働き方を変えざるを得ないケースも。そうした場合に、どのような救済措置を受けられるでしょうか? 本記事ではYさんの事例とともに、ケガや病気を理由に収入が減った場合の救済措置について、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が解説します。

エリートサラリーマンの生活が一変

現在40歳のYさんは理系の有名私立大学を卒業後、大学院を出て大手食品メーカーの研究員に就職。これまでの研究を仕事で続けることができると喜びました。就職後、35歳で年収1,000万円となった、いわゆるエリートです。

「おれ、いま絶好調だ」と研究に没頭する毎日でしたが、突如おそったのは親の介護。元気だった当時65歳の母が、転倒によるケガが原因で介護が必要となります。母子家庭で育ったYさん。きょうだいはいません。これまで女手ひとつで苦労しながらも私立の大学院まで入れてくれた母に恩返しがしたいと、実家に戻り介護休業をとることにします。

介護休業は常時介護を必要とする状態の家族1人につき通算93日まで取得できる制度です。この期間は生活保障として雇用保険から介護休業給付金を受け取ることができます。

いままで研究一筋で過ごしてきたYさん。慣れない介護をすること、仕事を一時ストップすることにもちろん不安もありました。収入が十分にあり、施設等に入れることもできましたが、自分と同じで、口下手で人付き合いが苦手な母を預けることに大きな抵抗を感じたのです。また、このときは休みをとるのは一時的なもの、休みは93日間なのでその間、母との時間を大事に過ごし、母のリハビリ期間を終えたら働きながら介護をすることにしようと考えていました。

――しかし、介護の現実は想像を絶するものだったのです。

母との介護生活

介護は想像以上に慣れないことが多く、悪戦苦闘の日々が続きます。リハビリも思うようには成果が出ず、Yさんも母親も焦りを感じ、それがだんだんと苛立ちに繋がってくるようになります。

実際には、母親の苛立ちの正体はせっかく自慢の息子が仕事で認められているのに、自分がそれを邪魔してしまっているという自責の念でした。身体は以前のように動かないし、仕事に戻りなさいと言っても息子は言うことを聞かない。しかしながら息子がいてくれることの安心感、さらにはいまのようにそばにいてくれなくなったら独りぼっちになってしまうという寂寥感から、自身の弱さに辟易するのです。苛立ちから涙が止まらなくなり、感情が抑えられなくなることもありました。

一方Yさんは、そんな母の気持ちを理解しつつ、上手く言葉にできません。さらにYさんには完璧主義な一面があり、介護も一切手抜きをせずに完璧にしようとしてしまうのです。これがYさんを苦しめていました。介護の本を読んで学び、いざ実践しようと思ってもそのとおりにはいかない。スケジュールをしっかり決めてそのとおりに一日のリハビリタイムラインを作っても、想定外の出来事に阻まれてしまう。こうした積み重ねがストレスと苛立ちで、介護生活には鬱々とした空気が流れ続けます。

母親の容態はよくなったり悪くなったり……。Yさんは、いまの状態がよくないことを感じていましたが、これまで研究一筋で友人も少なく、限られた友人も研究者として仕事が忙しいため、相談する相手がいないまま。一人でなんとか頑張るしかないと、もがき続け、現状を打破することはできませんでした。

さらなる追い打ち

Yさんはだんだんと食欲がなくなり、気分が落ち込む日が増えるようになります。1人きりでの介護は想像以上に負担がかかったのです。

引きこもりがちになったYさん。時間をみつけて医療機関を受診したところ、うつ病と診断されました。Yさんは、介護休業給付金を受けたあと、自身がうつ病となり健康保険から傷病手当金を通算で1年6ヵ月受けました。

そこでさらに絶望を感じる出来事が。母親の様子が少し変なのです。感情の浮き沈みが激しくなったことだけでなく、明らかに物忘れがひどくなっています。リハビリで通っている病院の神経内科を訪れたところ、認知症と診断されました。終わりがまったく見えなくなった介護への心労から、Yさんの容態は悪化します。もはや復職できるような状態ではなくなりました。Yさんの会社では病気や介護による休職できる制度がありますが、生活保障まで万全にあるわけではありません。

働き方を変え、正規雇用から非正規雇用へ

厚生労働省の雇用動向調査によると、2022年に離職した人は約765万7,000人といわれています。そのうち個人的理由で離職した人は73.5%で約563万人。そのなかで、個人的理由で離職した人のうち「介護・看護」を理由とする人は約1%で約7万3,000人となっています。また、「死亡・傷病」を理由とする離職は全体の約2%で約15万人となっています。

介護をしながら、自身の病と向き合っていくためにはどうしたらよいのでしょうか……。Yさんは、傷病手当金を通算で1年6ヵ月受けたあと、障害年金の請求をすることにします。

障害年金は病気やケガで生活や仕事などが制限されるようになった場合、療養や生活保障として受け取ることができる年金です。障害年金を受給しながら、もとの生活に戻ることができずに悩んだあげくYさんは、退職したほうがいいのではと会社に相談します。

会社では、Yさんを心配し、自身の病気が快方しつつあるなら、正規雇用のまま一定期間を短時間制度(1日8時間を6時間に短縮)で働くこともできるということです。また、短時間制度で働くことが難しいようであれば、Yさんと会社で合意することで、非正規雇用で働くこともできるといってくれたため、週3回の非正規雇用で契約し、少しずつ働くことにしました。

しかしながら、非正規雇用ではいままでの収入の5分の1以下になるようです。うつ病が悪化し、非正規雇用でさえ働くことができなくなってしまったら……一瞬、Yさんの頭を最も考えたくない事態がよぎります。

元エリート社員のいま

45歳になったYさんは、いまだ母親の介護と自身の病気と向き合いながら生活しています。現在は、元自営業の母の年金(月約6万円、年換算72万円)と自身の障害年金(障害厚生年金3級)月約9万円(年換算108万円)と非正規雇用による給与は月約15万円(年換算180万円)でやりくりしています。

その人の働き方によって、受け取れる国の制度等は変わってきます。また、企業側の支援制度はその会社の就業規則で確認することができるでしょう。制度を受けるには要件があるので、早めに専門家等に相談することをお勧めします。

<参考>

・厚生労働省:「介護休業」を活用し、仕事と介護を両立できる体制を整えましょう。

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/closed/index.html

・公益財団法人生命保険文化センター:リスクに備えるための生活設計

https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1099.html

・厚生労働省:令和4年雇用動向調査結果の概況

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/23-2/dl/gaikyou.pdf

三藤 桂子

社会保険労務士法人エニシアFP

代表

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