アフガン女性がスイスに大量流入?難民政策めぐり大論争

昨年スイスで受理されたアフガニスタン人の難民申請は7934件。2022年は7054件だった (KEYSTONE)

難民認定を申請するアフガニスタン女性の受け入れ拡大が、スイス国内で大きな反発を呼んでいる。他国で保護されているアフガン難民までスイスに流入するという懸念は的を射ているのか?

連邦移民事務局(SEM)は昨年7月、女性・女子のアフガニスタン難民を、審査を経たうえで原則的に受け入れると発表した。

スイスにとっては大きな転換だ。それまでアフガン難民の大半は暫定的な在留許可、つまり強制送還を避けるための一時的で延長可能な許可しか得られなかったが、アフガニスタンからの女性と女子には原則的に長期滞在が認められるようになった。

この決定には反発の声も上がっている。一部の右派議員は、これがスイスにアフガン難民を引き寄せる誘因になると主張する。

「当局が寛大なおかげで、(アフガン)難民があらゆる国からスイスを目指してやって来るだろう」と、右派の国民党(SVP/UDC)のグレゴール・ルッツ下院議員はswissinfo.ch宛のEメールで皮肉った。

同氏は昨年秋、アフガン女性の受け入れ拡大の撤回をSEMに求める動議を上院に提出した。現在、中道右派の急進民主党(FDP/PLR)による同様の動議も上院で審議中だ。

一方で、連邦行政裁判所は昨年末、アフガニスタンの女性は祖国で迫害を受けており亡命の権利があるとし、SEMの政策を認める判決を下した。これにより2件の動議は立場が苦しくなったが、ルッツ氏をはじめ動議を支持する議員らは、議会で過半数を獲得すべく現在も活動を続けている。

アフガン情勢に異論はないが

SEMがアフガン女性の受け入れを拡大した背景には、昨年1月の欧州連合難民機関(EUAA)の勧告がある。アフガニスタンの女性は迫害を恐れる十分な根拠があるとする内容で、ドイツ、スウェーデン、フィンランドといった他の欧州諸国もこれに応じる形でアフガン難民の受け入れを決定している。

2021年8月のタリバンによる政権奪取後、学ぶ権利や社会活動に参加する権利など、女性・女子の権利は次々と奪われてきた。

スイス連邦行政裁判所に次ぎ、欧州司法裁判所もアフガン女性は母国で迫害を受けているとの見解を示した。

現在、タリバンのアフガン女性に対する扱いはジェンダー・アパルトヘイト(性別による隔離や差別)とみなすべきだという動きが世界的に広がっている。

国連の人権専門家らは今年2月、アフガニスタンの状況は「女性と女子を差別、抑圧、支配する制度化された差別」であり、ジェンダー・アパルトヘイトを人道に対する犯罪と認識するよう各国に呼びかけた

一方、タリバン政権は今年3月、独自の解釈に基づくイスラム法(シャリーア)の実施を開始し、姦通罪を犯した女性には公開石打ち刑を再導入すると発表した。

スイス社会民主党(SP/PS)のジャン・チョップ下院議員は、ルッツ氏の動議を巡る議会委員会での討論後、「アフガニスタンの女性たちに難民資格を与えないで、誰に難民を認めるというのか」とフランス語圏ヴォー州の日刊紙24 heuresに語った。

これに対しルッツ氏は、動議はアフガン女性の苦境を疑問視するものではなく、「アフガニスタンの厳しい状況に異論はない」が、アフガン女性がスイスに逃れてきた場合、必要な保護を得られるよう、スイスは既に十分な対策を取っていると反論する。

事実、タリバンが再び政権を掌握して以来、スイスはアフガニスタンへの強制送還を停止している。現在は申請の内容にかかわらず「母国に送り返されるアフガン女性はいない」(ルッツ氏)。

移民の「引き寄せ効果」はまだ出ず

引き寄せ効果の証拠として、ルッツ氏は今年2月の難民申請データを挙げる。新規申請件数の過半数(52%)をアフガニスタン人が占め、前年同月比では45%増えた。SEMのアンヌ・セザール広報担当官は、増加分の大半は同局の政策転換に起因していると説明する。

「これらの数字が全てを物語っている。残念ながら、今年第1四半期に現れた引き寄せ効果は非常に大きかった」。

ただこの数字は2月単月の値であり、四半期全体ではない。またアフガン人は2021年以降、難民申請者の出身国別で常に最多だ。

昨年の通年データを見ても、引き寄せ効果があったという明らかな兆候はない。アフガン人全体では7934件と、前年から12%増えた。だが女性に限ると809人から737人に減っている。

昨年受理した難民申請のうち約1800件は、既にそれ以前から暫定的にスイス入国を許可され、SEMの政策変更後に再び申請資格を得たアフガニスタン人によるものだった。SEMは、これらの申請が制度に追加的な負担を与えることはないとした。

近隣諸国でも難民認定を受けられることから、「スイスが(アフガン女性の)優先的な居住国になるとは考えにくい」(セザール氏)。

北欧諸国でも引き寄せ効果は見られず

タリバンの政権掌握後、欧州で最初にアフガン女性の亡命を認めたのはフィンランド、スウェーデン、デンマークだ。

スウェーデンのNGOスウェーデン難民評議会のリネア・スヴェイデ氏は、スウェーデンでは昨年1月からアフガン女性を難民として認めているが、特に目立った政治的論争は起こらなかったと話す。

デンマークも同様だ。デンマーク難民評議会によれば、当初、今後デンマークがアフガン女性にとって「魅力的な」移住先になるのでは、との質疑が議会で出た以外、論争はすぐに鳴りを潜めたという。

これらのNGOによれば、難民認定の変更は、デンマークとスウェーデンのいずれの国でも、実際にはアフガン難民を引き寄せる要因にはならなかった。フィンランド難民評議会によると、フィンランドにおける昨年の難民申請はわずかに増加したが、アフガニスタン人の主要な亡命先にはならなかった。

欧州最多のアフガン難民を抱えるドイツは、昨年春に慣行を変更した。ドイツ連邦移民・難民庁のシュテファン・フォン・ボルステル氏は、欧州連合(EU)の対外国境に押し寄せる移民が激増し、2022年末からドイツでも難民申請総数が増加していると話す。

昨年、アフガン人からの初回申請は2022年比で41%増加したが、フォン・ボルステル氏によればこの増加率は平均以下で、例えばトルコ人の申請は155%増加した。

「二次的な移民」を誘発する恐れ

スイス急進民主党(FDP/PLR)のダミアン・ミュラー上院議員は、上院に提出されたSEMの政策に反対する動議を擁護しつつ、引き寄せ効果を語るのは時期尚早かもしれないと話す。「仮に引き寄せ効果がないとしても、好条件に惹かれてスイスに来ようと思う人に命の危険を冒してまで欧州に来るのを思いとどまらせるべきだ」

バルカン半島や地中海を横断するルートは「道中に暴力や搾取、襲撃のリスクがあり非常に危険」だとスイス難民援助機関(SFH/OSAR)のスポークスマン、リオネル・ヴァルター氏は言う。もちろん、アフガニスタンを出国できればの話だ。

アフガン難民を弁護するアレス・ラバーニ氏は、生活水準が高いからスイスを選ぶほどアフガン女性らは計算高くはないと言う。「難民認定の条件が変わったことや、この国の政策の方が有利かどうかなど、彼女たちは全く知らない。英語もペルシャ語もダリー語も、読めず・書けずの人が多く、とにかくアフガニスタンから逃げ出したいだけ」

ラバーニ氏自身、2008年に幼くしてアフガニスタンから逃れてきた当時、読み書きができなかった。現在はスイスに帰化し助産師の資格を持つ。所属政党の社会民主党(SP/PS)とともにアフガン難民申請を巡るSEMの慣行変更を求め尽力した。2021年8月以降、アフガニスタン人の難民手続きにも何度か立ち会っている。

引き寄せ効果の有無にかかわらず、連邦政府は今年3万3千件の新規申請を見込む。昨年は3万223件受理しており、これによりアフガニスタン人の難民申請は2020年以来3年連続で増加した。この需要に対応するため、政府は連邦議会に2億5500万フラン(約4兆4148億円)の追加予算案を提出した。

だがミュラー氏が動議で問題にしているのはコストではない。「難民認定の原則を尊重し」、既に第三国で保護を受けている人には難民を認可すべきでないことが重要だと主張する。

2021年8月以降に祖国を脱出した推定160万人のアフガニスタン人は、大半が近隣諸国に逃れた。

SEMの政策がこれらアフガン難民の「二次的な移民」を誘発し、スイスで改めて難民を申請するというのが動議の主張だ。

しかし前出のセザール氏によれば、SEMは「安全な第三国」で既に保護を受けている人々の申請には対処していない。これにはEUの対外国境に位置するギリシャも含まれる。ギリシャでは、アフガニスタン人が正当な難民手続き求めると様々な障害にぶつかると人権活動家らは報告している

編集:Virginie Mangin、独語からの翻訳:シュミット一恵、校正:ムートゥ朋子

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