「自分は汚い。手についた菌から、だれかを殺してしまうかも」と思い、6時間もおふろで体を洗い続けることも【強迫性障害体験談】

写真は、映画の撮影をする福原さん。

YouTube『ののはらちゃんねる』で自身の強迫性障害について発信している福原野乃花さん(22歳)。
強迫性障害は50人に1人の割合で発症するといわれる心の病です。福原さんは、小学2年生から頻繁に手を洗うなど症状が見られるようになりました。中学生になってもその症状は続きます。
福原さんは「1人でも多くの人に、この病気のことを知ってほしい」という思いで、映画『悠優の君へ』を製作。2024年、東京での公開を予定しています。
全2回インタビューの2回目です。

小学2年生のころ、急に自分は汚いと思うようになり、何分も手をガシガシと洗うように【強迫性障害体験談】

中学生で、タブレットの説明書を読んで症状が悪化

女子高生の優乃は、強迫性障害を隠しながら高校生活を送っている。(映画『悠優の君へ』より)

福原さんは、小学生のころから手を過剰に洗う不潔恐怖のほか、「だれかに危害を加えてしまうかもしれない」と思う加害恐怖がありました。

「中学生のころ、当時使っていたタブレットに不具合があり、説明書を読んだんです。うろ覚えなのですが、赤い文字で「このタブレットには、発がん性物質を含む部品が使用されています」みたいなことが書かれていました。廃棄するときに燃やすと、発がん性物質が発生するようで、すごく怖くなったんです。血の気が引いていくのを感じました。

説明書を読む前に、母とスーパーに買い物に行き、りんごを触って選んだことを思い出し、「私の手には危険な菌がついているかもしれない。私が触ったりんごを買って食べた人が、がんになって死んでしまうかもしれない。そしたら私は殺人犯だ・・・、と考えてしまったんです。そんなことない!と思うものの、どうしても不安が消えないんです。

あまりに怖くて、勇気を振り絞って父に“説明書にこういうふうに書いてあるけど、大丈夫だよね”と聞くと、父は“大丈夫だよ”と言ってくれたのですが、りんごの話や“人を殺してしまうのではないか”ということは相談できませんでした。
私は、家族や友だちに強迫性障害のことを知られるのが怖くて、この病気のことをずっと隠していました。

でも、このことをきっかけに少し収まっていた強迫性障害の症状が顕著に現れるようになりました。転げ落ちるように強迫の沼にハマっていくような感じでした」(福原さん)

高校生になるとおふろから出られなくなり、遅刻や欠席が増える

優乃の過剰な手洗いに気づいたことで、悠と優乃の距離が縮まる。(映画『悠優の君へ』より)

福原さんは高校生になると、不潔恐怖が悪化していきました。

「自分の手に何か怖い菌がついていると思い込み、手洗いにかける時間がどんどん長くなり、手は皮がむけてボロボロでした。おふろの時間も1時間から2時間、3時間と長くなっていきました。

夜、おふろに入るのが怖くて、入りたくない、入りたくないと逃げているうちに寝てしまって。早朝起きて入るのですが、それでも3時間ぐらいおふろから出てこられず、遅刻するという感じでした。

ずっとおふろにつかっているわけではなく、体を洗うと手が汚れたように感じて手を洗う・・・。足を洗うと、手が汚れたように感じて再び手を洗う・・・。ボディソープを触ると、容器が汚れたように感じて容器を洗う・・・。おふろの中で、そうしたことをずっとくり返しているんです。
自分でも嫌で、おふろに入ることが苦行のようでした。もうおふろに入りたくない。でもおふろに入らないと、高校に行けないという葛藤と闘いながら、遅刻や休むことが多くなっていきました」(福原さん)

スマホなど外で使うものは汚いもの。だから部屋の1カ所にまとめていた

強迫性障害に苦しむ優乃。悠が寄り添ってくれるように。(映画『悠優の君へ』より)

症状が進むにつれて、仲がよかったお母さんとの関係もギスギスし始めます。

「高校生になると、外で使うスマホや定期入れ、お財布などは汚いものだから、帰宅するとアルコール消毒用のウエットティッシュで念入りにふいて、部屋の1カ所にまとめておくというのがマイルールでした。しかしそれを知らない母は、掃除をするとスマホを別の場所に置いたりしてしまうんです。

そのことで母に強い口調で『スマホに触らないで!』と言ったこともあります。母は事情を知らないので『掃除してあげたのになんでそんなこと言うの!』と怒って、いきおい余って『病院に行ってくれば!』と言ってきました。もしかしたら母の中で『何かおかしい』とはわかっていても、それ以上、踏み込めなかったのかもしれません。
私自身も、友だちや家族に普通の子と思われたい。おかしな子とは思われたくないと思って必死に症状を隠そうとしていて、あがいていました」(福原さん)

大学生になり心身共に限界に。初めてカウンセラーに相談して病院へ

福原さんがとっている認知行動療法の記録。おふろに入るときの心配事などが書かれています。

福原さんが初めてSOSを出したのは、大学2年生の秋です。

「私は映像の勉強がしたくて、2年制の大学に進学しました。
2年生になり卒業制作がスタートして毎日、大学に行かないといけないのに、そのころの私は1日6時間もおふろに入っていて、おふろから出られなくなっていました。今、考えるとうつのような状態だったと思います。

卒業制作の初日、大学にやっと到着すると、みんな撮影を始めていて・・・。もう無理だ。卒業できないと思いました。大学のホームページを見たら、カウンセラーに相談できることが記されていて、すぐにメールをしました。そのときは、本やインターネットで調べて自分は『強迫性障害ではないか』ということを自覚していました。

カウンセラーから連絡があり『今までよく1人で耐えてきましたね。卒業できるように先生たちに事情を話しましょう』と言われました。そして受診をすすめられました。
私は、それでも最初病院に行くことに抵抗がありました。怖かったんです。でも大学から紹介されたメンタルクリニックに母と行き、強迫性障害と診断されました。ただ家から遠いクリニックだったので、通いやすい大学病院の精神科に紹介状を書いてもらいました」(福原さん)

福原さんは大学病院の精神科で、認知行動療法に取り組みます。認知行動療法とは、受け取り方や考え方に働きかけて気持ちをラクにする精神療法の一種です。

「認知行動療法は、改善できそうなもの、改善したらラクになるものを医師と相談して決めてすすめます。
私の場合は、おふろと手洗いです。3時間おふろから出られない場合は、2時間で出るようにしようと目標を立てて、タイマーをセットして、決めた時間に出るように頑張ります。そして、クリアできると少しずつ時間を短くしていきます。
またトイレのあとは、手洗いはひじまで洗っていたのを、腕の半分までにするなど、じょじょに洗う部分を減らしていきます。
そして不安の度合いを記録します。不安の度合いは最初のうちは70%など高いのですが、繰り返すうちにだんだん減っていきました。

薬は、抗うつ薬を朝・夕服用しています。治療の効果があり、半年ぐらいで症状がだいぶ改善し、今ではおふろは40分ぐらいで出られるようになりました。取りつかれたようにしていた手洗いも2分もかからずに終わります。ただ認知行動療法は心のエネルギーと支えてくれる人が必要です。

私は受診する前、自分だけで認知行動療法のやり方で改善を試みたことがあるのですが、ざ折してうまくいきませんでした」(福原さん)

高校時代の自身のことを自主制作映画に

強迫性障害に苦しむ優乃は、福原さんがモデル。(映画『悠優の君へ』より)

福原さんは、監督・脚本を務めて、自身の体験を映画にしています。『悠優の君へ』というタイトルです。

「主人公は高校生の女の子です。私はこの病気で、高校時代が本当につらかったんです。その青春時代にスポットを当てたいと思いました。

この病気は、自分はおかしいと思っても、普通のふりをして、人に気づかれないようにしようとする傾向があります。私もそうでした。人におかしいと思われたり、引かれることがとにかく怖かったんです。でも心の中の『助けて』の声がだれかに届いたら、きっと救われる――そんな思いで映画を撮りました。

協力してくれたのは、中学、高校、大学時代の友人、知人です。製作費はクラウドファンディングで協力をお願いしました。
映画は完成していて、2023年8月に2週間、クラウドファンディングに協力してくれた方々にオンラインで公開しました。今は、東京の劇場での公開に向けて準備を進めているところです。2024年度中には公開したいと思います。

強迫性障害は不安の延長戦上にある病気で、寄り添ってくれる人がいることが大切ということを知ってほしいと思います」(福原さん)

お話・写真提供/福原野乃花さん 取材・文/麻生珠恵 たまひよONLINE編集部

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福原さんが強迫性障害を発症したのは小学2年生のときです。現在22歳ですが、福原さんはずっとこの病気に苦しみ、今でも月1回病院に通っています。映画公開の準備も体調を見ながら進めています。福原さんが制作した映画『悠優の君へ』の予告映像はYouTubeで見ることができます。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

強迫性障害をテーマにした自主映画「悠優の君へ」予告映像

『悠優の君へ』

人との間に壁を感じ、1人でいることを選んで生きる女子高生・悠。悠は、教室の窓から見える手洗い場で、ただひたすら手を洗い続ける優乃が気になっていた。何かに期待することをあきらめ、毎日を無気力に過ごし“普通”の輪から離れて生きる悠と、みんなと同じであることにとらわれ、“普通”の輪からはみ出さないように生きる優乃。現代を生きるだれもがしているであろう「普通のふり」。孤独を抱えて生きる2人が“いつか”と願う物語。監督・脚本/福原野乃花

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年4月の情報であり、現在と異なる場合があります。

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