「家に行くのを妨害しようと……」認知症の担当ケアマネジャーが恐怖を感じた言葉とは

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“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

ケアマネジャーの清水明世さん(仮名・57)は、新しく担当した利用者のKさんから「うちの家の神さまが怒っていらっしゃいます。あなたが来ることを拒んでいらっしゃるようよ」と言われて戸惑った。半信半疑だった清水さんだったが――

(前編はこちら)

目次

「家の神さまが怒っている」という言葉がよみがえる
「神さまの怒り」がふたたび

「家の神さまが怒っている」という言葉がよみがえる

Kさんから、ほかのケアマネに変えてほしいという申し出もなかったので、清水さんはそのままKさんの担当ケアマネになった。そして「神さまが怒っている」という言葉はすっかり忘れてしまっていた。

それからしばらくして、清水さんが新しいケアプランを提示するため、Kさんの自宅に行こうとしたときのことだ。

「Kさん宅に近づくにつれて、気分がどんどん悪くなっていったんです。脂汗が出て、とうとう目の前が真っ暗になり、路上にしゃがみこんでしまいました」

出かけるまでは何ともなかったし、周囲にインフルエンザやコロナなど感染症の人もいない。何が起こったのかわからず、水を飲んでしばらく休んでいたら、思い出したのだ。Kさんの、「家の神さまが怒っている」という言葉を。

「怒ったKさんの家の神さまが、私がKさん宅に行くのを妨害しようとしているのかもしれないと思ったんです。Kさん宅に近づくにつれて気分が悪くなったので、まさにKさん宅に近づくなという警告なんじゃないかと……」

「そんなはずがない。迷信だ」と疑念を振り払い、気力を振り絞って再び歩き出そうとしたが、めまいがひどくなり一歩も進めない。とうとうKさん宅に行くのを諦めて、事務所に戻ることにした。

「戻ろうとすると、それまでの気分の悪さがウソのように消えたんです。事務所からKさんに電話して面談をキャンセルすると、あとはもういつもの体調に戻って、普通に仕事ができました」

頭のどこかに、「神さまの怒り」というKさんの言葉が潜在していて、自己暗示にかかったのかもしれないと思わないでもなかったが、気分が悪くなるまでその言葉は完全に忘れていたのだ。清水さんは首をひねった。しかし再びKさん宅に訪問する気にはなれなかった。

事務所の同僚たちからは、いつもの清水さんらしくないと言われたが、Kさんの担当は別のケアマネに替わってもらうことにした。意地を張ってもしょうがない。相手は神さまなんだから。清水さんは神さまの存在を意識するようになっていたのだ。

清水さんがKさんの担当を外れ、Kさんの家に行くこともなくなったら、特に問題も起きなかった。新しくKさんの担当になったケアマネは、神さまに受け入れてもらったらしい。こちらも何の問題も起きず、数年が過ぎた。

神さまの怒りがふたたび

軽い認知症だったKさんの状態が悪くなり、一人暮らしが難しくなったという。心配した家族がKさんを施設に預けることにしたと、担当ケアマネから聞いた清水さんは、Kさんが施設に入るという日、Kさんにあいさつしに行こうと思った。

というのも、清水さんは担当の利用者が施設に入ったり、子どものところに移ったりなどするときにはお別れのあいさつに行くことにしていたのだ。Kさんのことは担当にこそならなかったが、ずっと気になっていたこともあり、最後にあいさつをしたいと思ったのだ。

担当ケアマネも行くと言うので、一緒に出かけた清水さんだったが――

「Kさんの家が近づくと、またあのときのように急に気分が悪くなったんです。しばらく我慢して歩いていたんですが、横を歩いていた担当ケアマネが、私の様子がおかしいことに気づいて『大丈夫?』と声をかけてくれたのと同時に、めまいがして座り込んでしまいました。担当でなくても、私がKさん宅に近づくのすら、神さまは許してくれないんだ……と、神さまの怒りの大きさに恐怖を感じました」

清水さんは、Kさんにあいさつすることを諦めるしかなかった。前回と同様、事務所に戻ると体調はすっかりもとに戻っていたという。

結局、なぜ清水さんがKさんの家の神さまの怒りを買ったのかは謎のままだ。施設に入ったKさんがどうしているのか、うわさを聞くこともない。一人暮らしをしていたKさんの自宅は空き家になっているという。

誰も住む人がいなくなって、この家の神さまはどうしているだろう。家が売り出されて、新しい住人が入ったり、家が取り壊されたりするとしたら、神さまはどこに行くのだろう? ふとそんなことを考える清水さんだ。

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