『アンチヒーロー』野村萬斎の身震いする警告 不正に手を染めた父を堀田真由は救えるか

『アンチヒーロー』(TBS系)第5話では、明墨(長谷川博己)の過去の因縁が明かされた(以下、ネタバレを含むためご注意ください)。

来栖(渡邊圭祐)の不同意性交事件は仕組まれたものだった。犯人を逮捕できず焦る千葉県警と、来栖のストーカーだった絵里(早見あかり)の思惑が一致し、“有罪請負人”の弁護士・宇野(和田聰宏)の協力を得て来栖を有罪にする計画で、背後に検察の影が見えた。

明墨が来栖の事件に目を付けたのは、県警の刑事部長である倉田(藤木直人)が一枚噛んでいると知ったからだ。12年前に起きた糸井一家殺人事件で、倉田は捜査一課で事件を担当していた。伊達原(野村萬斎)との会話で、その時の検事が明墨であったことが明かされる。明墨は、有罪判決を受けた志水裕策(緒形直人)に会うため、拘置所に足を運んでいた。

明墨が、倉田の娘である紫ノ宮(堀田真由)を事務所に迎え入れたのは、倉田の周辺を探るためだった。父の真実を知りたい紫ノ宮は、明墨と利害が一致し、協力体制を取る。しかし、刑事部長という要職にある倉田は、簡単に尻尾を出さない。警察と被害者と弁護士の容易ならざる構図を崩すため、明墨は揺さぶりをかけた。

第5話では、法廷外の交渉に主眼が置かれた。敵の弱い部分を突くのは駆け引きの常道である。まず宇野と絵里を翻意させる。そして、難攻不落の倉田のもとには、紫ノ宮を向かわせた。父娘の会話で、倉田は冤罪や隠ぺいを「あり得ない」と断言する。紫ノ宮が示した写真はブラフだったが、実の娘に突き付けられたことで、わずかに動揺していることがこわばった表情と声の調子から伝わってきた。

明墨たちが、警察の関与を裏付ける事実に迫る過程は、相手を欺き、後ろめたさや不安を利用する点で、グレーな要素があることは否めない。結果的に違法捜査を明らかにし、虚偽告訴を自白させたことで不問に付されているが、失敗した場合のリスクも考慮すべきだ。とはいえ、絵里が法廷で赤峰(北村匠海)に関する陳述を翻したように、それさえも明墨には織り込み済みなのだが。

真相に近づくにつれて、刻々と国家権力による監視の気配が濃くなるのが不気味である。冒頭のシーンで、伊達原が発した「全てが思い通りになると思うな」は、明墨への警告として理解できる。倉田との関係を認めない伊達原が、わざわざ呼び出してまで釘を刺したのは、よほど12年前の事件に触れられたくないのだろう。明墨が検事を辞め、倉田から笑顔が消えた理由、そして桃瀬礼子(吹石一恵)の死につながる事実は、ドラマの後半で明かされると思われる。

倉田は不正に手を染めており、弁解の余地はないのだが、肉親の情と職業上の義務の間で引き裂かれる姿は、悲劇の主人公そのものだった。倉田が守ろうとしたものは、権力にとって不都合な真実であるに違いない。一人の人間が自身の一生を棒に振り、良心を殺してまで守らなければならないものが、この世界にあるのだろうか。最後まで真実を口にしなかった父を、紫ノ宮は救いたいと望んだだろう。その願いを「君にははっきりとした意思がある。それをぶつければいい。弁護士として。娘として」と明墨は肯定した。

第5話ラストでは、ドラマ序盤で接点があった緋山(岩田剛典)が再登場した。闇が深いというありきたりな言葉を使うなら、人間の深層と社会の病理に根差した本作は、底の見えない漆黒の闇だ。けれども、かすかに希望が感じられるのはなぜだろうか。目を凝らすと、黒で塗りつぶされた空間に、ぎりぎり見通せるくらいの濃淡があることがわかる。暗夜をまっすぐ見すえる視線と、その視線の持ち主である明墨が投げかけるものを、どう受け止めるかは私たち次第だ。

(文=石河コウヘイ)

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