恐ろしい…命を奪われる可能性もある、高齢者が「うつ病」になることの〈5つのリスク〉【高齢者専門の精神科医が警鐘】

(※写真はイメージです/PIXTA)

認知症や加齢による症状と間違われやすいため、周囲から気づかれないことも多い「老人性うつ病」。しかし、「高齢者がうつ病に発症することで、自殺でなくても、死に至ることや寿命を縮めることがある」と、高齢者専門の精神科医である和田秀樹氏は警鐘を鳴らします。和田氏の著書『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』(KADOKAWA)より、老人性うつ病がもたらすリスクについて見ていきましょう。

命を縮めてしまううつ病の怖さ

いまも日本では毎年2万人以上の方が自殺で亡くなっています。15〜39歳の死因のトップは自殺です。高齢になるほど他の病気で亡くなる人が増えるのでその順位は下がりますが、歳を取るほど自殺する人の数は増えるのです。

欧米では心理学的剖検といって、自殺した人の生前の言動などを分析して、その人が心の病にかかっていなかったかどうかを調査することがあります。すると、自殺をした人の5〜8割がうつ病だったという結果が出ています。そのくらいうつ病は人の命を奪うのです。

高齢者のうつ病は、自殺以外でも人の命を奪ったり縮めたりします。その理由は、次のようなリスクが高まることにあります。

感染症のリスクが高まる

高齢者のうつ病が自殺などの悲劇につながりかねないのは、イメージしやすいかもしれませんが、実は高齢者の場合、うつ病になってしまうと、自殺をしなくても、命を縮め、要介護や認知症につながりやすいという大きな問題があります。

最近、注目を集めている、精神神経免疫学の考え方では、うつ病になると免疫機能が下がるという大きな問題があります。免疫というと、風邪やインフルエンザ、あるいは、コロナなどに対する防御機能というイメージが強いかもしれません。実際、高齢になると免疫力が弱まるので、コロナどころか風邪をこじらせて亡くなる方も多く、肺炎で亡くなる人の95%は高齢者という統計もあります。

コロナ感染のリスクとして基礎疾患が問題になりましたが、私は最高に危険な基礎疾患はうつ病ではないかと考えたくらいです。若い人や中高年であれば、うつ病で亡くなるというと自殺がほとんどですが、高齢者の場合は、うつ病にかかった後、このような感染症で亡くなることがかなり多いのです。

がんのリスクが高まる

また、がんにかかるリスクを高めるという問題もあります。実は、人間の身体は1日数万個の出来損ないの細胞を作っていて、高齢になるほど、この数が増えるとされています。この出来損ないの細胞は放っておくと、どんどん増殖して、その一部ががんになるという説が強いのです。このがんのもとといえる出来損ないの細胞を掃除してくれるのが、NK(natural killer/ナチュラル・キラー=自然な殺し屋)細胞という免疫細胞です。

[図表]NK細胞 出所:『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』(KADOKAWA)より抜粋

この細胞の名づけ親である順天堂大学元医学部長の奥村康特任教授によると、さまざまな免疫細胞の中で、いちばんメンタルの影響を受けやすいのがこのNK細胞だそうです。オーストラリアの研究でも、うつ病になるとNK細胞の活性は半分に下がるとされています。

高齢者の場合、若い頃と比べて、うつ病でなくても若い頃の4分の1くらいにNK細胞の活性が落ちていますので、これは深刻な問題です。うつ病を放っておくと、出来損ないの細胞をNK細胞が掃除しきれなくなり、がんになってしまうリスクが高まるのです。そういう意味で、高齢者のうつ病というのは早期発見・早期治療をしないと、がんにもなりかねない病気だといえるのです。これはもちろん命につながるものです。

身体や脳の衰えが急に進むことで起こる、恐ろしいリスク

要介護状態へのリスクが上がる

約3年におよぶコロナ禍で、外出や外食を控える自粛生活が続き、かなりの数の高齢者が、ほとんど外に出ないような生活を送ったようです。患者さんの家族に聞く限り、そのせいで歩けなくなったとか、ボケたようになってしまったという人は少なくありません。おそらく、今後、かなりの数の高齢者が要介護状態になるのではないかと、私は心配しています。

同じように、うつ病になると、多くの人は家に引きこもりほとんど外出しなくなります。会社に勤めている間は、身体がだるくつらい状態でも、出勤するために外に出る人も少なくないでしょう。しかし、高齢になって会社などに行く義務がなくなれば、外出しなくなることは珍しいことではありません。ところが若い人と違って高齢者の場合は、歩かない日が続くと歩けなくなるし、頭を使わない日が続くとボケたようになります。

つまり、高齢者がうつ病になると、身体や脳の衰えが急に進み、先々、要介護高齢者になるリスクが高まってしまうのです。もちろん、要介護状態になると、その後不自由な生活を余儀なくされますし、余命も縮まることが分かっています。このようにうつ病が長く続くと、その後の生命の質が大幅に落ちるという問題があります。

栄養不足になり免疫力の低下を招く

高齢者の場合、うつ病の症状で重要なことには「食欲低下」もあります。食欲がなくなると、もちろん食事量が減ります。これが栄養不足につながるのです。

高齢になるほど栄養不足の害は大きくなります。宮城県で行われた5万人規模の調査でも、やせ型の人のほうが、やや太めの人より6〜8年短命であることが分かっています。栄養不足は命を縮めるのです。そうでなくても高齢になると食が細くなるのに、うつ病になると、その食欲が余計に落ちてしまいます。かくして、栄養不足が起こり、命を縮めてしまうことになるのです。栄養が足りないと、体力も如実に落ちます。また、やせるとしわなどが増えて、容姿も一気に老け込んでしまいます。いろいろな意味で、うつ病は高齢者の元気を奪ってしまうのです。

栄養不足は免疫力も落とします。うつ病になると、肉類などを避けがちになります。しかし、肉類に含まれるコレステロールは免疫細胞の材料となるため、免疫力までも落ちてしまうのです。さらに、コレステロールは男性ホルモンや女性ホルモンの直接の材料なので、その不足のために意欲や肌の若々しさも奪われてしまいます。

低血糖が脳のダメージを引き起こす

糖分の不足も、若い頃より脳のダメージになります。

現在、糖尿病は、アルツハイマー病のリスクを高める怖い病気とされていますが、私が勤めていた浴風会病院で3年分の解剖結果を調べたところ、糖尿病のない人のほうがある人より、3倍もアルツハイマー病になりやすいことが分かりました。ところが、福岡県にある久山町の町をあげての研究では、糖尿病の人のほうがそうでない人より2.2倍もアルツハイマー病になりやすいことが分かっているといいます。

なぜこんなに違うのだろうと不思議に思っていたのですが、以前に併設した老人ホームで行った調査研究で、糖尿病の人もそうでない人も生存曲線(生存率がどのように減っていくかを表した曲線のこと)が変わらないことが分かっていたため、浴風会病院では糖尿病の人には積極的な治療をしていませんでした。ところが久山町では、原則的に全例治療を行っていたのです。その違いが2つの調査の差になっていると私は考えています。

浴風会に勤務する糖尿病の医師に言わせると、糖尿病のある人に血糖値を正常にするための治療を行うと、低血糖を起こす時間帯が出てきて、意識がもうろうとしてボケてしまったようになってしまったり、失禁を起こしたりする人がたくさん出てくるそうです。しかし、そういう人の薬やインスリンを減らすと、正常な状態に戻るというのです。ここで私は、高齢者に対する低血糖の危険性を知ることになりました。

小学生でも、朝ご飯を抜くと学力が下がるといわれてずいぶん経ちます。年齢にかかわらず、血糖値が低いことは、脳になんらかのダメージがあるのでしょう。いずれにせよ、高齢期のうつ病で食欲不振が起こり、低栄養、低血糖の状態に陥ることは、若いとき以上にダメージが大きいと考えています。

うつ病が認知症より恐いワケ

食欲不振による脱水が命を縮める

命を縮めるという点では、食欲不振が脱水につながることもあります。人間の身体の中の水分量は、歳を取るほど減ることが知られています。一般成人では体重の60%くらいが水分ですが、高齢者では50%くらいに減ります。そのため、水分摂取の不足で、高齢者は簡単に脱水状態になってしまいます。脱水が起こると喉が渇いたり、汗をかきにくくなったりしますが、ひどくなると血圧が下がることもあります。それがふらつきや失神の原因になるのです。

それ以上に怖いのは、血液中の水分が減って血が濃くなり、脳や心臓の血管が詰まりやすくなってしまうことです。これは死につながりかねませんし、身体機能や認知機能の低下につながることも珍しくありません。こういう点でも、うつ病は認知症より怖いのです。

意欲の低下が心身の衰えを加速させる

うつ病による意欲低下も問題です。意欲低下が起こると、歩くことも含めて運動量が減ります。また、人と会うことを避け、頭を使わなくなります。実は、高齢になるほど、頭も身体も使わないことによる衰えは激しくなります。

若い頃なら、スキーで骨を折って1ヵ月寝たきりの暮らしをしていても、骨がつながれば翌日からすぐに歩くことができます。ところが高齢になると、風邪をこじらせて、1ヵ月ほど寝ていると、リハビリをしなければ歩けないほど、歩行機能が落ちてしまいます。また、若い頃なら入院して天井だけを見ている生活をしていても、勉強を始めれば、すぐに能力が上がりますが、高齢者の場合、病気になって天井だけを見る生活をして、人と話さないでいると、すぐにボケたようになってしまうのです。

このように、うつ病を早期発見・早期治療しないと、免疫機能が下がって感染症にかかったり、がんになりやすくなったり、栄養状態も悪くなりヨボヨボになっていく上に、歩かなくなったり、頭を使わなくなるので、要介護や認知症に近づいてしまうのです。だからこそ、周囲の人間のうつ病を、なるべく早く見つけてほしいし見つけたいのですが、前述の新潟県松之山町の例のように、専門家が多くの高齢者に関わり質問紙などを配るなどということは稀なことです。残念ながら、うつ病の人は調子が悪いという自覚はしていても、うつ病だとは思わないし、自分から精神科医を訪ねる人は、特に高齢者では多くありません。そのため、周囲の人のチェックがとても大切になるのです。

和田 秀樹
精神科医
ヒデキ・ワダ・インスティテュート 代表

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