「プレゼンティング・レッド・ミッチェル」(1957年、コンテンポラリーレコーズ) ベースの魅力 詰まった盤 平戸祐介のJAZZ COMBO・38

「プレゼンティング・レッド・ミッチェル」のジャケット写真

 5月は新緑の季節ということもあり、今回は爽やかで、しかもジャズ初心者の方でも親しむことができる盤をご紹介したいと思います。その盤とは剛健堅実なベーシスト、レッド・ミッチェルが1957年にアメリカ西海岸の名門ジャズレーベル、コンテンポラリーレコーズから発表した「プレゼンティング・レッド・ミッチェル」です。
 モダンジャズが隆盛した1950年代はジャズが多様化しはじめた時期でもありました。ニューヨークを中心とした緊張感やアカデミック感のある“東海岸ジャズ”、そしてロサンゼルスを中心とした爽やかで楽しさや温かみのある“西海岸ジャズ”が誕生しました。
 レッド・ミッチェルは西海岸ジャズシーンに属するアーティストで人気、実力ともに群を抜く存在でした。ちなみに東海岸ジャズシーンのトップベーシストはポール・チェンバースでした。どれだけミッチェルがシーンで認められた存在であったかというのが分かります。
 当時はチャールス・ミンガスやオスカー・ペティフォードといった音楽的革新性を持ち伴奏楽器の一部であったベースの概念を覆す活動を行ったプレーヤーもいました。ミッチェルはそんな彼らとは一線を画し、自己名義盤だからといって決して表に出ることはなく、ひたすら伴奏楽器としてのベースの魅力を追求したことで知られています。
 そんな魅力が大いに詰まったのがこの盤であります。ミッチェルの揺るぎない音楽的リーダーシップと重厚かつ手堅いテクニック、正確無比なリズム感覚もあり、レコーディングに参加しているメンバーが全員気持ちよく演奏しています。
 余談になりますが、昨今ベーシストがリーダーアルバムを作ることは珍しくなくなりましたが、当時はリーダーアルバムを制作するのは非常にまれなことだったのです。それをなぜミッチェルが実現できたのか。もちろんレーベル・オーナーの寛容な考えもあったかとは思いますが、ミッチェルには音楽全体像を的確に捉えることができる能力が非常に高かったからだと思います。それはアルバムの選曲、アレンジ、人選にも表れていますし、またベーシストでありながらプロデュース力の高さが当代随一です。
 また争いごとが大嫌いだったミッチェルはこの後、差別指向の根強いアメリカでの生活に見切りをつけ、活動拠点をヨーロッパに移します。そんな真面目で優しい一面もこの盤のカバージャケットににじみ出ています。
 新緑の気持ちの良いこの季節。軽快な音とジャケットのかわいらしい猫と共にゆっくりとくつろいで聴きたい1枚です。
(ジャズピアニスト、長崎市出身)

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