【ヴィクトリアマイル回顧】テンハッピーローズと津村明秀騎手による大波乱 ハイペースで目覚めたロベルトの血

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ようやく報われた津村明秀騎手

14番人気、単勝208.6倍のテンハッピーローズが勝ち、大波乱を演出した。場内は騒然とする一方で、すぐに津村明秀騎手のGⅠ初制覇を祝福する空気へ変わった。大荒れのGⅠはしばしば狐につままれたような空気のまま終わってしまうことがあるが、苦労人・津村明秀騎手の勝利は感慨深いものがあった。海外から腕達者がやってくる時代、GⅠを勝つ難易度は年々あがっている。

川田将雅騎手、藤岡佑介騎手らと同期で、競馬学校時代、馬乗りの腕はダントツだったとも評される津村騎手はここまでJRAのGⅠ【0-3-1-43】。カレンブーケドールで2着3回などあと一歩及ばなかった。戦略面も優れ、折り合いも上手い。それでも勝てない。GⅠの勝ち方を知らないながらも、必死に勝つ術を考えてきたにちがいない。そういった苦労がようやく報われた。東京競馬場の観客にもそんな道のりが伝わった。

パートナーのテンハッピーローズはマイル戦【0-2-1-4】で、1400m【4-3-1-7】という戦歴の持ち主。初重賞がマイルGⅠというのは驚きだが、元来は1600m中心でもあった。ただ前進気勢が強く、折り合いを欠く場面が多いため、それゆえに後半まで脚を溜められないレースが続いた。走りやすいペースを求めた結果、1400m中心になった。

ある程度速い流れになればリズムを作れるといったタイプは多く、クラスが上昇するにつれ、距離を延ばしてペースが合ってくることがある。テンハッピーローズもそんな感じだろう。

この日は序盤600m33.8、800m通過45.4のハイペース。ハナに行くまでに脚を使ったコンクシェルをフィールシンパシーが刺激する形になり、中盤で息を入れる場面がなかった。さらに後ろも離れずに追走したため全体的にスピードが求められた。1400mで折り合ってきたテンハッピーローズにとってリズムを作りやすい流れになった。

ハイペースで目覚めるロベルトの血

中団後ろの外目で気分よく走らせることを心掛けた結果が直線の伸びにつながった。人気薄でもあり、相手云々より自分の競馬に徹したことが最高の伸びを呼び込んだ。それにしても重賞初勝利がGⅠ、それもブービー人気とは驚きしかない。

テンハッピーローズは父エピファネイア、母の父タニノギムレットとロベルトの血が濃い。前後半800m45.4-46.4と東京のマイル戦としては極限に近い厳しい流れがロベルトの血を覚醒させた。混戦に強く、GⅠの持続力勝負で目を覚ます。ブライアンズタイムを筆頭に90年代の競馬でよく目撃されたロベルトの底力がテンハッピーローズを激走に導いたといってもいい。かつてサンデーサイレンスの対抗格でもあったロベルトは、令和の時代にもこうして残る。これも血のロマンというものだ。

母の父タニノギムレットといえば、この日、10レースにメモリアルレースが組まれたウオッカが代表産駒だ。ただ、GⅠ・7勝の名牝ウオッカを出した一方、どの産駒も活躍し、勝ち星を稼いだわけではなく、種牡馬として大成したとはいいがたい。

種牡馬は一発長打待ちよりアベレージを求められてしまうゆえ難しい。この辺のムラっぽさもサンデーサイレンス系にはないロベルトの魅力ではあるが、生産者や馬主の視点でみれば、交配相手としては難しかった。産駒は総じて新潟、東京に強く、小回りを苦手とする傾向があり、持続力勝負を得意とする。

テンハッピーローズのヴィクトリアマイルはまさにタニノギムレットの特徴が強く出た。GⅠを勝ち、今後はどの路線に進むか注目しつつ、タニノギムレットの得意ゾーンに出走した際は狙っていきたい。現在、タニノギムレットはYogiboヴェルサイユリゾートファームで功労馬として余生を過ごし、牧柵を壊す荒ぶった姿が話題になる。ウオッカはもういないが、その血はテンハッピーローズが残していく。

出遅れが響いたナミュール

2着は4番人気フィアスプライド。流れを考えれば先行して2着は大健闘ともいえる。この馬の底力というか能力の高さを感じたのは2年前の秋風Sだった。中山のマイル戦で4コーナー13番手から直線一気を決めた。このレースは前後半800m45.7-47.6の超ハイペース。速い流れだからと追い込みが決まるわけではない。全体が速ければ当然、後ろの馬も追走で脚を使う。あの直線一気はまさにハイペースでの強さであり、その適性がGⅠで発揮された。姉ソフトフルートに似たところを感じる。牝馬だけにレース選択が難しく1800mを走らざるを得ない状況もあるが、ベストはマイル戦であることは間違いない。

3着マスクトディーヴァはソツなく、馬群のスキをついて抜け出そうとしたところを外からドゥアイズに封じられ、進路を切り返す場面があったのが痛かった。1番人気馬に自由自在に立ち回らせるわけにはいかない。そんな鮫島克駿騎手の気概に阻まれてしまった。しかしながら前哨戦で強く本番で足りないという現状はなんとかしたいところ。トライアルホースから一歩先に行けるか。今後は仕上げパターンやローテーションを陣営が工夫してくるだろう。

2番人気ナミュールは8着に敗れた。もちろんスタートでの遅れも敗因として大きい。古くは阪神JFから大一番での出遅れがある。競馬は最後の直線に至るまでの運びが大切とされる。最後は進路がなく力を全開に出せなかったが、これも序盤の出遅れが響いたことによるもの。やはりスタートで遅れるとたとえ後方でもいいポジションはとれない。

ナミュールはこのままいけば、外に出せないポジションに入らざるを得なかった。武豊騎手もそれを察知し、3コーナー手前であえて位置を下げ、最後は外へ出せるよう導いたようだが、後ろのルージュリナージュに外をとられてしまった。こうなれば馬群に一旦突っ込んで、下がってくる馬を待つしかない。ハイペースで外の馬の脚色がよく、結果的に進路をつくれなかった。テンハッピーローズとは対照的で、スタートからリズムをつくれなかった。敗因はそこだろう。

ライタープロフィール
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。新刊『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)に寄稿。



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