“全力”で瞬間を生きる柿澤ハムレット、満身創痍の闘いを目撃 彩の国シェイクスピア新シリーズ第1弾

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5月7日、埼玉・彩の国さいたま芸術劇場 大ホールにて開幕した『ハムレット』を皮切りに、“彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd”が始動。同劇場で芸術監督を務めた故・蜷川幸雄が1998年にスタートさせ、シェイクスピアの全37戯曲を完全上演することを目指した“彩の国シェイクスピア・シリーズ”の新章にあたる。先のシリーズで残された5作を演出し、蜷川に代わって完結させた吉田鋼太郎が中心人物となり、その奥深さをもう一度伝えたいと彼自身が選んだ作品を、年1本を目安に上演。シェイクスピア演劇をより多くの人々に、気軽に楽しんでもらうことを目指すという。

吉田鋼太郎

特徴は、演出の吉田自ら上演台本も手掛ける点。“シェイクスピアオタク”である彼自身の作品愛や伝えたいテーマ、それらが如実に表れ、より理解しやすいシェイクスピア演劇になるのではと期待される。初日前日に行われたゲネプロ前の質疑応答で、今回の「ハムレット」の上演コンセプトを問われた吉田は、ある少年について語り始めた。「シェイクスピアにはとても大事にしていた、でも11歳で夭折した息子がいたんですが、その子の名前がハムネット。ハムネットとハムレット……そこには因果関係があリ、シェイクスピアは息子を想いつつ、この芝居を書いたのではないかと思いました。彼がもし生きていたら、ハムレットのような人であってほしいと。悲劇の渦中にいながらも、こんなことがまかり通る世の中でいいんだろうかといつも葛藤し闘おうとしている、そういう人間です。そこを軸に芝居を作っていきたいと、ずっと考えていました」。ひとりの父親としてのシェイクスピア――遠い異国の遥か昔の物語ではない、現代に生きる誰にも共感できる「ハムレット」をいよいよ目撃するかもしれない期待を胸に、ゲネプロの幕が上がるのを待った。

ハムレットを演じるのは、吉田がこのタイトルロールにと熱望した柿澤勇人。映像でも知られる顔となり、また菊田一夫演劇賞を受賞したばかりと波に乗る彼は、新シリーズ1作目の主演という名誉ある重責も担う。周りが全員真っ白な衣装の中、ひとり漆黒の柿澤ハムレットは、初登場シーンから目に涙をたたえ、存在全体に愁いをまとっている。一瞬にして心をつかまれるに十分な“全身ハムレット”だ。

左から)吉田鋼太郎、柿澤勇人

ハムレットをこれほどまでに悲嘆させたのは父王の死と母である王妃の裏切りだが、亡霊となって現れる父王と対峙するシーンが非常に印象的だ。父の亡霊は吉田鋼太郎が演じている(クローディアス役との2役)。これまで数多くの「ハムレット」を観てきたが、こんなに亡霊としての儚さから遠い、むしろ実体を感じさせるエネルギッシュな“父の亡霊”は初めてかもしれない。この父は、ハムレットの両肩をガシッとつかんで熱く揺さぶり、無念の死を遂げた自分の復讐を純粋な息子に誓わせる。そうして数ある名せりふのひとつ、「いまの世の中は関節がはずれている、それを正すべくおれはこの世に生を受けたのだ!」(本作は小田島雄志訳を使用)というハムレットの言葉につながっていく。ちなみに、この一文は本公演のフライヤーでキャッチコピーとして使われ、ある意味キーとなる箇所。ここを選んだのかと観る前は少し意外に感じていたのだが、柿澤のハムレットを目の当たりにすると至極納得できる。このハムレットは「To be,or not to be,that is the question.(このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ。)」に象徴される、鬱々と内省を繰り返すタイプの青年とは違うからだ。「それを正すべくおれはこの世に生を受けた」と言ってしまえる正義感と信念――なるほど、そこにはシェイクスピアが亡き息子に代わりハムレットに託したかもしれない青年像が感じられる。さらに言えば、上演台本と演出を手掛けた吉田から柿澤に注がれる“父”的目線も感じたのだが、それは深読みが過ぎるだろうか。

柿澤勇人

真っすぐな熱さと傷つきやすい繊細さが矛盾なく同居するのが“若さ”というものの魅力だが、柿澤ハムレットの魅力もそこにある。ゲネプロ前の質疑応答で柿澤は、「ハムレットの最後のせりふ『あとは、沈黙。』を早く言いたい」と話していた。「3時間35分の上演時間のうち、ハムレットは喋りすぎだろってぐらいずっと喋っていて、本当に心が折れそうになるぐらい。それがこの『あとは、沈黙。』で終わるので、早くその時が来ないかなって(笑)」。柿澤のハムレットが挑んだ満身創痍の闘いを目撃すれば、この言葉を弱音とはけして感じないだろう。後に何も残さないがごとく“全力”で瞬間を生きるその姿は、ただ胸を打つ。そして迎えたラスト。「あとは、沈黙。」と果てた表情には母の胎内に帰ったかのような安らぎが感じられた。本番の劇場では、客席からの無数の“父”“母”のまなざしが、それを見つめているのではないだろうか。

取材・文:武田吏都

<公演情報>
彩の国さいたま芸術劇場開館30周年記念
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』

作:W.シェイクスピア
翻訳:小田島雄志
演出・上演台本:吉田鋼太郎(彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督)

出演:
柿澤勇人
北香那
白洲迅
渡部豪太
豊田裕大
櫻井章喜
原慎一郎
山本直寛
松尾竜兵
いいむろなおき
松本こうせい
斉藤莉生
正名僕蔵
高橋ひとみ
吉田鋼太郎

【埼玉公演】
2024年5月7日(火)~5月26日(日)
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

【宮城公演】
2024年6月1日(土)・2日(日)
会場:仙台銀行ホール イズミティ21 大ホール

【愛知公演】
2024年6月8日(土)・9日(日)
会場: 愛知県芸術劇場 大ホール

【福岡公演】
2024年6月15日(土)・16日(日)
会場:J:COM北九州芸術劇場 大ホール

【大阪公演】
2024年6月20日(木)~6月23日(日)
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/hamlet2024/

公式サイト:
https://horipro-stage.jp/stage/hamlet2024/

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