「以前とは全く別の会社のよう」経営危機をきっかけに変革した丸井グループの「人が資本」の施策とは?

丸井グループが貸金業法改正の影響を受け、上場来初の赤字に陥ったのは2006年。「私たちはなぜ働くのか」。極端な業績至上主義により疲弊した風土を打開するため、青井浩社長は全社員に語りかけました。以降、社員同士が「働く理由」や「会社に入って成し遂げたいこと」などについて対話する場が設けられ、10年超で4500人超が参加。その試みは現在まで続いています。その中心となったのが「人の成長=企業の成長」という企業理念でした。

同時に、働き方改革、多様性の推進、Well-beingなど8つの施策への取り組みを開始。新たな企業文化――強制ではなく自主性、やらされ感ではなく楽しさ、上意下達のマネジメントから支援するマネジメントへ、本業と社会貢献から本業を通じた社会課題の解決へ、業績の向上から価値の向上へ――と歩み始めた丸井グループは、いま注目される「人的資本経営」を先取りしていたといえるでしょう。

手を挙げて「中期経営推進会議」に参加

社員が意欲的に自律的に働く要因の一つが、自ら手を挙げて参画する「手挙げの文化」にあります。グループ内外のプロジェクトへの参画のみならず、異動や昇進・昇格へのチャレンジも可能。中期経営推進会議へも参加できます。

■手上げで参画できる取り組み

・企業理念に関する対話 ・公認プロジェクト・イニシアティブ ・グループ会社間職種変更異動 ・外部ビジネススクールへの派遣 ・中期経営推進会議 ・次世代経営者育成プログラム
出所:丸井グループ「有価証券報告書(2023年度)」より編集部作成

互いを尊重するエンゲージメントの風土が醸成され、理念に共感する社員が増えた結果、社員の定着率にも変化が現れました。定年退職者を除く退職率は約3%前後に、入社3年以内の離職率も約11%と平均を大きく下回る水準で推移しています(2023年3月期)。

「ずとまよ」コラボカード爆誕! 顧客と社員で「好き」を応援

丸井グループでは失敗は成功ノウハウの蓄積につながると捉え、挑戦を奨励しています。新規事業の失敗事例をFail Forward賞として表彰し、事例を共有。ネガティブなイメージを払しょくし、失敗はむしろ当たり前と受け入れて恐れずに挑戦できる風土を生んでいます。

社員の自主性による能力が発揮された一例が「好きを応援するカード」の取り組みです。好きを応援するカードとは、人気の他社のブランドやサービスなどとコラボしたグループのクレジットカード「エポスカード」のこと。全社員が企画を発案できます。

中でも音楽好きの社員によるZ世代に話題のバンド「ずっと真夜中でいいのに。」とのコラボカードは、発行開始初日の新規カード入会数がエポスカード史上最高を記録しました。

意欲的な取り組みにより、「好き」を応援するカードの新規会員は27万人(前年比13万人増)に。同カードは若年層の保有比率が高く、LTV(生涯利益)も通常のエポスカードの2~7倍高くなっています。

社員による自発的な取り組みは多数あります。例えば、グループの新規事業開発会社okos(オコス)ではスニーカーのような履き心地のパンプスを開発。ペットボトル再生糸を使用したサステナブルシューズで幅広いサイズ展開も受け、クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」のパンプス部門で支援総額第1位を獲得するなど成果を挙げています(2022年11月時点)。

こうした社員発の企画の発案には、各自の想像力の発揮が不可欠です。丸井グループでは、その実現のために仕事を通じて「フロー」を体験できる組織づくりに注力しています。フローとは心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱する、時間や自我を忘れて没頭する状態のこと。企業を支える社員一人ひとりを育むため、人的資本への投資を重要視する丸井グループは、社会課題を解決する企業への変化を目指しています。

社会課題の解決と利益の二項対立を乗り越える

とはいえ、営利企業であるため社会課題の解決のみならず、利益追求との両立を図ることが欠かせません。丸井グループでは社会課題を解決するインパクト目標を設定し、そのKPI(重要業績評価指標)と財務KPIを連動させ、実現を目指しています。

社会課題を解決する取り組みと利益の両立。社員発のその事業活動は多岐に及びます。例えば、社内の新規事業コンクールから生まれた家賃保証サービス。定年退職後の親が子どもの連帯保証人になれない事態などに肩代わりするこのサービスは、グループの貸金業子会社の社員たちによる発案で08年に事業化されました。

また、21年に開始した矯正やインプラントを含む歯の治療費を分割払いできる「エポスのデンタルクレジット」は再雇用社員が活躍して事業を推進しています。

残業時間が減り、営業利益が増加するサイクル

ファッションビルのイメージが強い丸井グループですが、発祥は家具の月賦販売。現在は小売事業とフィンテック事業が主流です。店舗は業態転換を推進し、「売らない店」と位置づけ、ネット販売サービスの体験型テナントの誘致など、オンラインとオフラインを融合。アニメ、ゲーム、食、コスメなどのイベント開催を増やし、イベントが多い店として来店動機を創出。小売とフィンテックに新規事業投資などの「未来投資」を加えた三位一体のビジネスモデルを推進し、社会課題を解決する企業を目指して変革を続けています。

直近の業績は2024年3月期の売上収益2352億円(前年比8.0%増)、営業利益410億円(同5.8%増)、当期純利益246億円(同14.9%増)と3期連続で増収増益を達成し、堅調に推移しています。

社員一人当たり営業利益も高まっており、2019年3月期の757万円から2023年3月期には874万円にまで増加。一方で、1人当たり残業時間は月11時間(2008年3月期)から約5時間に半減しています(2024年3月期)。仕事=「時間の提供」から「価値の創出」へと考えを転換すべく、社員によるプロジェクト活動に取り組んだ成果です。

加えて、多様性を尊重する組織改革を推進。女性活躍推進プロジェクトでは、「女性イキイキ指数」という独自のKPIを掲げて取り組みを進めた結果、女性リーダー比率が20%(2014年3月期)から36%にまで上昇(2024年3月期)。男性社員の育休取得率も6年連続で100%を達成しています。

人的資本への投資で企業価値の向上を目指す

2023年6月、丸井グループでは定款に「企業理念の実践」を新設しました。会社の憲法ともいえる定款に「人の成長=企業の成長」という企業理念の実践を据えたことにグループの決意が見られます。企業理念の存在意義は、実践してこそあるのです。

自社だけでなく顧客、取引先、株主といったあらゆるステークホルダーと共にみんなの利益と幸せを実現する。ビジネスを通じた社会課題の解決と利益の両立を目指す。成長とやりがいを実感できる環境づくりに注力するその取り組みは、企業の在り方として多くの示唆を与えるといえるでしょう。

Finasee編集部

「インベストメント・チェーンの高度化を促し、Financial Well-Beingの実現に貢献」をミッションに掲げるwebメディア。40~50代の資産形成層を主なターゲットとし、投資信託などの金融商品から、NISAやiDeCo、企業型DCといった制度、さらには金融業界の深掘り記事まで、多様化し、深化する資産形成・管理ニーズに合わせた記事を制作・編集している。

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