月24万円もらえるはずが…年金繰下げ中の67歳男性、年金事務所で発覚した〈まさかの事態〉に絶望…「これじゃ、働き損だろ」【FPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

65歳で定年を迎えた二ノ宮隆史さん(仮名)は、70歳まで仕事を続けながら「繰下げ受給」を選択し、将来の年金受給額を増額させることを目標にしました。しかし、67歳になった年のこと、ファイナンシャルプランナーと話す機会があり、現在の「繰下げ受給」について相談していたところ、思わぬ事実を告げられます。神戸・辻本FP合同会社の代表である、辻本剛士氏が「繰下げ受給」に潜む盲点について、詳しく解説します。

ゆとりある老後のために「年金増額」を目指し、繰下げ受給を選択

現在67歳の二ノ宮さんは、妻と2人暮らし。現役時代は元中小企業の営業マンでしたが、定年退職後も再雇用制度を利用し、それまで勤めていた会社での勤務を継続しています。仕事は順調ですが、やはり現役時代と同じ働き方に体が悲鳴を上げはじめ、ここ1年ほどは持病の腰痛の具合もあまり芳しくなく、週末に楽しんでいた趣味のゴルフも頻度を減らしている状況です。

そんな二ノ宮さんの経済状況は、貯蓄500万円。専業主婦で同い年の妻は、毎月6万円の老齢基礎年金を65歳から受給しています。二ノ宮さん自身は、65歳以降も現役時代と同じ報酬額51万円を維持しており、「繰下げ受給すると、受給額が増える」という情報だけは知っていたため、老後の生活に少しでもゆとりを持ちたいと考え、65歳の段階で、年金の「繰下げ受給」を選択。本来の年金受給額は、老齢基礎年金が月に6万円、老齢厚生年金は毎月13万円ですが、70歳まで繰下げ受給することで、老齢厚生年金が42%アップして、18万4,600円になるという認識でした。

年金事務所の担当者から告げられた「衝撃の事実」

二ノ宮さんは、生前贈与のことでファイナンシャルプランナー(以下、FP)に相談する機会があり、ふと現在の「繰下げ受給」の話題となりました。繰下げ受給をしていることや現在の報酬額について、FPに話したところ、FPの表情が次第に曇り始めました。

そして、FPが二ノ宮さんに告げたのは、驚くべき内容でした。

「二ノ宮さんの報酬額と本来受け取れる厚生年金額を考慮すると、在職老齢年金に該当してしまい、繰り下げている老齢厚生年金の一部が増額できていない可能性があります」

「そんな、まさか……」、動揺する二ノ宮さん。FPは、念のため年金事務所に確認しにいったほうがいい、と勧めました。

FPが言っていることがにわかに信じられなかった二ノ宮さんですが、とりあえず年金事務所に向かい、担当職員に事情を説明します。すると、担当者から衝撃の事実を告げられました。

「はい、二ノ宮さんの場合ですと、総報酬額と従来の年金受給額が50万円を超えるため、在職老齢年金が適用されます。そのため、支給停止となった老齢厚生年金部分については、繰下げ受給による増額の対象外となってしまいます」

やり場のない怒りに震え、二ノ宮さんは思わず、職員に食ってかかってしまいました。

「増額するって聞いたから、年金を繰下げしたのに。だったら、65歳の再就職のタイミングで、収入を減らして、体力的にもっと楽な仕事を始めたらよかった。これじゃ、働き損だろ……!」

担当者は困惑しつつも、在職老齢年金の制度についての説明と、二ノ宮さんの現在の状況がどのように影響を受けているのかを、丁寧に説明してくれました。

繰下げしても「在職老齢年金」の支給停止分は増額の対象にはならない

「在職老齢年金」は、公的年金を受け取りながら給与や役員報酬を受け取っている場合に適用される制度です。受給資格者の総報酬月額と基本月額の合計が50万円を超えると、超えた部分の2分の1が支給停止となる仕組みです。

この支給停止額の計算式は次のようになります。

(基本月額+総報酬月額相当額-50万円)÷2

注意すべき点は、老齢厚生年金を繰り下げると、「在職老齢年金」の支給停止分が増額の対象にならないことです。

例えば、今回の二ノ宮さんのケースですと、本来65歳から受け取れる老齢厚生年金が13万円で、70歳まで繰下げ受給すると42%増額される予定でした。しかし、二ノ宮さんの総報酬月額は51万円のため、在職老齢年金が適用されます。この場合の支給停止額は次のとおりです。

支給停止額

=51万円(総報酬月額)+13万円(年金月額)-50万円(支給停止調整額)÷2

=7万円

よって、支給停止額は7万円です。

この結果、二ノ宮さんは13万円の年金月額から7万円を引いた6万円の老齢厚生年金に対してのみ、42%の増額が適用されます。つまり、二ノ宮さんの増額分は6万円から42%増額した2万5,200円のみとなります。

そのため、70歳から受け取れる老齢厚生年金は15万5,200円(13万円+2万5,200円)となり、予定よりも約3万円少ない受給額となってしまうのです。

悲劇の原因は、「在職老齢年金」と「繰下げ受給制度」への理解不足

二ノ宮さんはこの説明を受け、年金の増額を目指して繰下げたにもかかわらず、実際には受け取る額が大幅に減少してしまうことに、大きな失望と不安を感じました。彼は丁寧に対応してくれた担当者に感謝と、怒りをぶつけたことを詫びつつ、年金事務所を後にしました。

自宅に帰り、二ノ宮さんは妻に今日の出来事を話しました。妻は青ざめ、心配そうに、これからどうするのか尋ねます。二ノ宮さんは「もう一度FPに相談し、何か対策がないか聞いてみる」と伝えます。

そして、二ノ宮さんは再び、FPがいる事務所に向かうのでした。

意外と知られていない、繰下げ受給の「盲点」

二ノ宮さんの話を受けたFPは、

「やはりそうでしたか。今回のケースは、意外と知られていない繰下げ受給の盲点です。同業のFPでも、認識していないことも多いですね」

と話し、「繰下げ期間中は加給年金を受け取れない」ことや「繰下げ受給ができると勘違いし、特別支給の老齢厚生年金を受け取らなかったケース」など、年金制度の複雑さについても語ってくれました。

FPは、二ノ宮さんにこれらを伝えたうえで、今後についての助言をします。

「このまま70歳まで繰り下げると、繰り下げている老齢厚生年金の一部が増額の対象外にはなりますが、現在のように多くの報酬があるほうが、将来的には有利です。そのため、今後も働く意欲があるのであれば、労働を継続してみてはいかがでしょうか」

さらに、「現在の二ノ宮さんの貯蓄額は500万円と少なめですので、現在の生活水準を維持すると将来的に老後破産のリスクが生じる可能性があります。生活スタイルを見直し、収入が多くある間にきちんと貯蓄していきましょう」とアドバイスしました。

二ノ宮さんは、今の仕事自体にはやりがいを感じていたため、体調と相談しながらではあるものの、今後も仕事を続けることを決意しました。

しかし、その際に予定していた年金受給額よりも3万円近く減額となってしまうため、その分を補充する計画を立てる必要があります。二ノ宮さんは、次回、夫婦でFPと面会し、家計の見直しなどについて相談する予定です。

増額されない部分があることは、年金事務所に確認しなければわからない

今回のケースでは、幸いなことに67歳の時点でFPからの助言があったため、増額されない部分があることが明らかになりました。しかし、実際には、繰下げ受給を終え、いざ老齢厚生年金の受給を開始する際に、このような事実が明らかになることが多いです。

この問題が生じる原因は、繰下げ受給中に送られてくる通知書には、年金支給停止の記載がされていないためです。

このように、公的年金を受給できる年齢に達しても、現役のころと同様の収入がある場合、二ノ宮さんの事例のように、厚生年金の一部が増額されなかったというケースも存在します。

そのため、在職老齢年金に該当するほどの収入がある場合は、事前に年金事務所に相談し、繰下げ受給をすることで、年金受給額にどのような影響が出るのかを、確認することが大切です。

辻本 剛士
ファイナンシャルプランナー
神戸・辻本FP合同会社 代表

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