日本人であることを誇りに思える…温泉学者が絶賛する、最高級の温泉と食事が楽しめる「温泉付き旅館」5選

(※写真はイメージです/PIXTA)

温泉旅館に宿泊するなら、提供される料理を味わうことも醍醐味。一言で温泉宿といっても、価格帯はさまざまですが、「1泊2食5万円だから自己満足の結果、いい宿なのではなく、1万8,000円でも満足度が高ければそちらを高く評価すべき」と、温泉学者であり医学博士でもある松田忠徳氏はいいます。日本の温泉に深い知見のある松田氏が絶賛する、温泉だけでなく食事も楽しめる「名旅館」を紹介します。

“盛り付けと器の芸術”を楽しめる「和食美」

その土地でその土地ならではの食器で、その土地の調理法で、その土地の流儀で食べてみたい。それが旅の醍醐味のひとつでもあります。

たとえば佐賀県は全国的にも有名な有田焼、伊万里焼、唐津焼など、陶磁器の一大産地で、なかでも有田、伊万里は日本の磁器の発祥地です。その地元には嬉野温泉、武雄温泉、古湯温泉など、九州を代表する歴史的名湯があります。美しい盛り付けと、器も同時に楽しめます。“盛り付けと器の美の競演”――。これはフランス料理や中国料理と大きく異なる点だと思われます。

高校時代の恩師が「フランス料理は香りで食す。中国料理は舌(味)で食す。日本料理は目で食す」と教えてくれたことを、温泉旅館の色彩あふれる料理を取材するたびに何度も思い出したものです。

それから40数年後、『ミシュランガイド東京2008』の発売で、恩師の言葉が正しかったことを知ることになります。東京が“世界一の美食の都市”であることがフランス人の手に成る『ミシュランガイド』で明らかにされ、フランス国内で驚きをもってトップニュースで報じられたのでした。

このような日本食の価値は世界で認められ、平成25(2013)年にユネスコ無形文化遺産に登録された際には、日本人としての誇りすら感じたものでした。

世界的に認められた日本食ですが、現代の日本ではそのような“和食美”を堪能できるステージは、名料理店か“粋な湯宿”ぐらいしかなくなりつつあります。大型温泉ホテルなどで見かける好きなものだけを取って食べる“バイキング方式”や“ビュッフェ方式”も悪くはないのですが、時には盛り付けと器の芸術、「和食美を楽しむお洒落な湯煙の旅」に出たいものですね。

その舞台が木造建築であったりすると、日本人であることの幸せを感じられる最高の瞬間となるかもしれません。無国籍化の時代だからこそ、日本の湯宿がますます輝く時代になったのでしょう。日本の湯宿を求めて、世界中から外国人が訪日する時代を迎えつつあります。

「お品書き」に食材の産地を明記できる“勇気”

私たちが宿に払う代価と宿から得られる満足度が見合っているか否かがポイントになります。つまり「得したか、まずまずか、著しく損をしたか……」。「素敵な宿とは、今度は自分の一番大切な人と再訪したいと思うようなところ」――。これがわかりやすい宿の評価の仕方ではないでしょうか?

宿泊代のうち約30%を食材費が占めるとしたら、宿泊代の高い宿ほど料理の見栄えも良くて当然です。ただし味はわかりません。化学調味料を“隠し味”で使用しているかもしれない。スーパーでは野菜にしても肉、魚にしても、産地が表示されています。ところがレストランと同じように宿の食事には、食材の原産地は表示されていない。正しくは表示しなくてもよいことになっているのです。

旅館でも、食事の際の「お品書き」などに単にお品書きではなく、「煮物・十勝産黒豚の角煮」、「皿盛・根室産たらばがに」などと、食材の原産地を明記している宿に出合うことが時々あります。

日本国内で出回っている肉(牛肉、豚肉、鶏肉)や魚介類の50%余は輸入物です。とくに人気の牛肉の国内自給率は約36%ですから、ご当地産のブランド和牛の価値が高まる一方である裏にこのような理由があります。野菜や食後のデザートとして出される果物は、とくに熟成度合いと鮮度、旬などが重要視されますから、ぜひ地場産であって欲しいところです。

非日常の温泉旅行では、地場の食材を提供する宿をこだわって選びたいものです。「日本人にとって温泉は、心と体の再生の場、蘇りの場」というのが、かねてからの持論です。

北海道の東部、阿寒湖温泉「あかん鶴雅別荘 鄙の座」では、オープンした平成16(2004)年以来、お品書きに食材の産地名を記載し、国内外からの信頼をいち早く獲得した宿です。北海道在住の私も4、5回宿泊したことがありますが、若いスタッフの対応力にも優れ、好感度の高い宿です。北海道は全国屈指の良質の食材の宝庫であることは確かですが、なにせ冬が長いため、良質の野菜類の調達にかなり苦労をしているはずなだけに、産地の明記はとても勇気のある姿勢です。

同じ北海道のぬかびら源泉郷のリーズナブルな料金の「中村屋」などでも、地元十勝(帯広市周辺)の食材にこだわり、早くから産地を表示しています。

また静岡県伊豆修善寺温泉の老舗「あさば」は、個人的には“日本の湯宿”の中の湯宿と評価しています。「あさば」は江戸前期の創業以来、その進化に留まることを知らない名宿ですが、ここでもお品書きに産地が併せて書かれています。

さて、1泊2食5万円だから自己満足の結果、いい宿なのではなく、1万8,000円でも満足度が高ければ後者を高く評価すべきでしょう。

今の時代に大切なことは、五感を磨くためにご自分の頭が固くならないために、さまざまな料金の“良質の宿”に泊まってみることではないでしょうか。良い温泉は頭を柔軟にしてくれるという説もあります。柔軟な思考には滞りのない血流がポイントでしたね。

至高の温泉と食事を楽しめる湯宿

日本を代表する名湯、登別温泉「滝乃家」(北海道)、草津温泉「ての字屋」(群馬県)、修善寺温泉「あさば」(静岡県)、山代温泉「あらや滔々庵」(石川県)、山中温泉「かよう亭」(石川県)を簡単にご紹介します。

01.登別温泉「滝乃家」(北海道登別市)

「滝乃家」では登別最大の泉源、地獄谷から引湯した食塩泉、灰白色の硫黄泉、それに乳白色の自家源泉の通称ラジウム温泉などが、大浴場、庭園と屋上の露天風呂、客室露天風呂などにふんだんに注がれ、かけ流されています。

これら極上の温泉だけでも価値は十二分にあるのですが、大正初期の創業以来の料亭旅館で知られるだけに、向上心旺盛な和食、洋食のツートップの調理師を揃えています。なにせ地元登別、白老、室蘭の漁港に毛ガニや甘エビ、宗八ガレイなどが水揚げされ、西隣の伊達野菜と東隣のブランド和牛、白老牛などの食材にも事欠かない。季節感あふれる“地産地食”が堪能できる全国でも稀な立地にあります。

見事な自然庭園を眺めながらの個室食事処で、あるいは露天風呂付き客室での食事はきっといい思い出になるでしょう。

02.草津温泉「ての字屋」(群馬県草津町)

草津温泉の中心、湯畑から徒歩1、2分、草津唯一の自家源泉の佳宿「ての字屋」は、岩からにじみ出る明礬泉(みょうばんせん)を古代檜の湯船で楽しめます。しっとりとした名湯で、まさしく“王者の湯”と呼ぶにふさわしい。病みつきになりそうな「肌感」です。これほどの極上湯はそうありません。日本を代表するブランド温泉、草津に湧くからさらに価値が高まります。

全12室に新たに別邸特別室2室が加わりました。この老舗旅館の魅力は和風建築で食する京風懐石の粋にもあります。器に盛られた料理の一品一品は語り尽くせないほどの味わいで、至福のひとときです。

部屋の造りや接客にしても、日本の宿文化のエッセンスに満ちており、これらの要素が絡み合い「ての字屋」ならではの、至福の食事は幽玄の世界へ誘います。江戸時代から続く日本の正統派の湯宿です。

03.修善寺温泉「あさば」(静岡県伊豆市)

創業江戸前期の「あさば」は「King of the Japanese Onsenryokan」というのが、私の評価です。日本に「あさば」があることを誇りに思います。竹林を背景、広大な池を前景に建つ野外能舞台。池に囲まれた部屋と竹林、池を望む露天風呂には有無を言わせない迫力があります。

ですが、私をもっとも感動させるのは食事です。修善寺温泉は温暖な伊豆半島に立地しているだけに、食材の宝庫です。駿河湾の魚介類はもちろん、天城の軍鶏、黒豚なども出色もの。

仲居さんが、単なる料理の運び人ではなく、経営者や料理人の心を伝える存在となっています。「あさば」が高レベルの“おもてなし”を常に維持していることに、滞在するたびに感動を新たにします。仲居さんの細やかなタイミングの妙に私は賛辞を惜しまないのです。

華やかな器が全盛の昨今、「あさば」の奥深い色調の器はむしろ心に深く刻まれます。

04.山代温泉「あらや滔々庵」(石川県加賀市)

「あらや滔々庵」も、江戸時代から続く格式のある名門です。

魯山人は山代温泉で料理と作陶に開眼したことは知られていますが、「あらや滔々庵」も氏のゆかりの宿で、ロビーに赤絵の皿や衝立などの作品が展示されています。

それだけに盛り付けられる料理と器の妙をもっとも大切にする、“日本旅館の品格”というものを肌で感じることができるでしょう。

ただし型にはまった老舗旅館だけではないところが、魯山人ゆかりの宿がゆえでしょうか。室内は現代的に改良されており、部屋の次の間にベッドを置き、露天風呂を二層式にするなどの遊び心を加えた部屋もあったりします。もちろん名門だけが漂わせる“品格”が、適度な緊張感をもたらせ、一品一品の料理の味わいをさらに高めてくれるようです。

05.山中温泉「かよう亭」(石川県加賀市)

腕のある料理長と見識のある経営者が北陸の海の幸と加賀野菜を盛り込み、「加賀会席」の新しいページを開拓し続ける姿勢には感服します。それはもはや芸術品とも思え、日本人であることを誇りに思えるほどです。

1万坪もの広大な敷地に部屋数はわずか10室。パブリックスペースに余裕を持たせた造りは、効率優先主義の業界にあって異色の存在で、早くから欧米人の評価が高かったのも頷けます。

自然あふれる借景を活かしたシンプルな内風呂と露天風呂にも好感がもてます。俳聖、松尾芭蕉が10日近くも滞在し、温泉で唯一の句(「山中や菊はたをらぬ湯の匂」)を残した日本の名湯山中温泉に、「かよう亭」があることを誇りに思います。料理や風呂も含め、“温泉宿文化の完成形”がここにはあります。決して華美に走らない“日本の心”がここにはあります。そのように感じます。

松田 忠徳
温泉学者、医学博士

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