世界中から熱視線! 賞レースを賑わせるアイルランドの映画人たち

クリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』で「第96回アカデミー賞」主演男優賞に輝いたキリアン・マーフィーをはじめ、近年躍進ぶりが目覚ましいアイルランドの映画人たちをフィーチャー。(文・大森さわこ/デジタル編集・スクリーン編集部)

近年、アイルランド出身の俳優たちの活躍が目立つ。もともとアイルランドはリーアム・ニーソン(※)やコリン・ファレルのような国際的な知名度を誇る俳優も輩出しているが、次世代の台頭も含め、その活躍ぶりにスポットがあたっている。
※アイルランド、イギリス、アメリカの三重国籍を取得。

キリアン・マーフィー

その筆頭にあげられるのは話題作『オッペンハイマー』でアカデミー主演男優賞に輝いたキリアン・マーフィーだろう。キリアンがこの映画で演じたのは“原爆の父”といわれた物理学者。彼の複雑な内面を見事に演じきった。

キリアン・マーフィーPhoto by Getty Images

キリアン・マーフィー
出身:アイルランド コーク

今後は、アイルランド語映画で初めてアカデミー賞国際長編映画賞候補になった『コット、はじまりの夏』の原作者クレア・キーガンの小説を映画化した、エミリー・ワトソン共演の『Small Things Like These』が待機中。

また、組合運動の犯罪をめぐる実話を基にした『Blood Runs Coal』、キリアン自身のテレビ・ドラマの代表作「ピーキー・ブラインダーズ」の映画化など、続々と新作が控える。

その受賞スピーチも印象的だ。実はこの主演男優賞をアイルランド出身の俳優が受賞するのはこれが初めてだった。そこで「アイルランド人として、今夜、ここに立てることをすごく誇りに思っています」と語り、「世界中の平和活動家たちに賞を捧げたいです」と感動的なコメントも伝えた。『オッペンハイマー』は核の世界を生きることの恐怖を伝える深遠な作品でもあるが、それにふさわしいスピーチとなった。

1976年5月25日生まれで、出世作はダニー・ボイル監督のゾンビ映画『28日後…』(2003)。その後、女装が趣味の青年を好演した『プルートで朝食を』(2005)でゴールデン・グローブ賞の主演男優賞候補となる。また、ケン・ローチ監督の力作『麦の穂をゆらす風』(2006)では独立戦争に巻き込まれる若き活動家に扮して深い感動を残した。

出演作は少しクセのあるインディペンデント系作品が多かったが、『バッドマン ビギンズ』(2005)以来、彼を脇役で起用してきたクリストファー・ノーラン監督は、『オッペンハイマー』の主人公にキリアンを大抜擢。年齢を重ねることで演技に深みも出て、この大作を支える見事な演技を披露した。

どこか群れからはずれた人物を演じるのがうまい俳優だが、オッペンハイマーも一時は名声を得るものの、共産主義の疑いをかけられ、群れからはずれた人生を送ることになる。複雑な苦悩を抱えた人物をキリアンは演じきった。

キリアン・マーフィーの最新作『オッペンハイマー』
公開中

配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画©Universal Pictures. All Rights Reserved.

第二次世界大戦下、原子爆弾の開発に成功した天才科学者J・ロバート・オッペンハイマーの栄光と没落を、実話を基に描く。第96回アカデミー賞では作品賞のほか、オッペンハイマーを演じたキリアン・マーフィーの主演男優賞、クリストファー・ノーランの監督賞など7冠に輝いた。

アンドリュー・スコット

オスカー候補にはならなかったが、『異人たち』(監督アンドリュー・ヘイ)でゴールデン・グローブ賞の主演男優賞候補になったのが1976年10月21日生まれのアンドリュー・スコット。

アンドリュー・スコットとポール・メスカルPhoto by Getty Images

アンドリュー・スコット
出身:アイルランド ダブリン

4月より配信となったネットフリックスの新作ドラマシリーズ「リプリー」(脚本スティーヴン・ザイリアン)では主人公のトム・リプリー役。作家パトリシア・ハイスミスが作り出し、アラン・ドロン、マット・デイモンなど多くの人気俳優が演じた役に挑んだ。また、キャメロン・ディアス、グレン・クローズ共演の『Back in Action』にも出演している。

BBCドラマ「SHERLOCK/シャーロック」(2010〜)ではジム・モリアーティ役で英国アカデミー賞テレビ部門の最優秀助演男優賞を受賞。ドラマシリーズ「Fleabag フリーバッグ」(2016〜2019)も人気を集めた。

英国インディペンデント映画賞で助演男優賞を手にした『パレードへようこそ』(2014)ではゲイの活動家を演じていたが、山田太一の小説を英国に置きかえた主演作『異人たち』ではゲイの脚本家という設定(スコット自身もゲイをカミングアウトしている)。

主人公は人との接触を避け、自分の世界にこもって生きているが、子供の頃に死んだはずの両親と遭遇し、それまで見失っていた大切なものを発見。新しい愛にも踏み出す。繊細な性格ながら、やがては生まれ変わる人物をスコットは丁寧に演じる。

ポール・メスカル

そんなスコットと『異人たち』で共演しているのが、1996年2月2日生まれのポール・メスカルだ。

ポール・メスカル
出身:アイルランド メイヌース

ハリウッド大作はリドリー・スコット監督の『グラディエーター2』でデンゼル・ワシントンと共演。かつてフットボールにチームにいたこともあるというメスカルの強靭なボディが役作りに生かせそうだ。

『もっと遠くへ行こう。』ではアイルランド出身の売れっ子女優、シアーシャ・ローナンと共演。さらにクロエ・ジャオやリチャード・リンクレイターなど実力派監督の新作にも出演予定。

昨年のオスカーでは『aftersun/アフターサン』(2022)で苦悩を抱えた父親役を演じてアカデミー賞主演男優賞候補となり、『異人たち』では主人公の恋人になる謎めいた隣人に扮している。

一見、タフな人物に見えるが、実はロマンティックな面も秘めているのがメスカルの魅力。今回の役には『アフターサン』の父親像に通じる孤独な悲哀感も漂い、その眼差しにぐっとひき寄せられる……。

アンドリュー・スコットとポール・メスカルの最新作『異人たち』

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

『荒野にて』(2017)のアンドリュー・ヘイ監督が、山田太一の原作小説を映画化。死別した両親とかつての家で交流する40代の孤独な脚本家と、彼に寄り添うミステリアスな青年の恋の行方を描く。

スコットはメスカルを「信じられないほどの才能を備えた俳優」と絶賛。

バリー・コーガン

怪しい役を演じていつも圧倒的な存在感を放つのが1992年10月17日生まれのバリー・コーガン。

バリー・コーガンPhoto by Getty Images

バリー・コーガン
出身:アイルランド ダブリン

新作はスリラーの『Bring Them Down』、アンドレア・アーノルド監督、フランク・ロゴフスキ共演の『Bird』などが待機している。大作『グラディエーター2』にも出演オファーが来たが、『Bird』の方を優先した。社会の片隅で暮らす人々を描いた作品だという。童顔にも見えるコーガンの怪しい魅力にますます磨きがかかりそうだ。

同郷のコリン・ファレルと共演した出世作『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017)では謎の少年役を演じたが、エメラルド・フェネル監督の最新作『Saltburn』では、その怪しさがさらにスケールアップ。

彼の出現によって裕福な一家の運命の歯車が狂い始める。今回は衝撃(?)の裸ダンスも披露! この映画でゴールデン・グローブ賞主演男優賞候補となる(この年はキリアン、スコットも同賞の候補に)。

また、昨年は『イニシェリン島の精霊』(2022)で英国アカデミー賞の助演男優賞を受賞し、オスカー候補にもなった。一度見たら忘れられない不思議なマスクの持ち主で唯一無二の個性を発揮する。

バリー・コーガンの最新作『Saltburn』
Prime Videoにて独占配信中

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オックスフォード大学に通うオリヴァーが、貴族階級のフィリックスが暮らす大邸宅ソルトバーンに招かれたことから、美しくも邪悪な世界に引き込まれていく。コーガン演じるオリヴァーの異常性をはらんだ行動の数々はビジュアル的にもインパクト大。監督は『プロミシング・ヤング・ウーマン』のエメラルド・フェネル。

近年のアイルランド俳優の活躍ぶりをコーガンも喜んでいるようで、アメリカの〈ヴァニティ・フェア〉誌では「キリアン、ポール、アンドリューたちの仲間でいられるのは素晴らしいこと」と語っている。

今年のオスカーの結果を受け、「(アイルランド人として)キリアンが新しい歴史を作った」というコメントも発表。今後も実力派アイリッシュたちの活躍が期待できそうだ。

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まだまだいます! アイルランドの映画人 俳優編

前述の4名以外にも、多くの俳優&監督がアイルランド内外を問わず活躍中!

アレン・リーチ

アレン・リーチPhoto by Getty Images

1981年5月18日生まれ

大ヒットした英国貴族ドラマ「ダウントン・アビー」でクローリー家の運転手から三女シビルの夫となるトム役でおなじみ。ポール・メスカルはダブリン大学トリニティ・カレッジの後輩にあたる。

主な出演作

  • 『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014)
  • 『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)
  • 『ダウントン・アビー/新たなる時代へ』(2022)

ドーナル・グリーソン

ドーナル・グリーソンPhoto by Getty Images

1983年5月12日生まれ

「スター・ウォーズ」続三部作のハックス将軍や、『ピーターラビット』(2018)のマクレガー役などを好演。父は、自身もロンの兄ビルとして出演した「ハリー・ポッター」シリーズの“マッドアイ”で知られるブレンダン・グリーソン。

主な出演作

  • 『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』(2013)
  • 『エクス・マキナ』(2015)
  • 『バリー・シール/アメリカをはめた男』(2017)

ジェシー・バックリー

ジェシー・バックリーPhoto by Getty Images

1989年12月28日生まれ

キラーニー生まれ。ロンドンの王立演劇学校(RADA)出身の確かな演技力で、『ロスト・ドーター』(2021)ではアカデミー助演女優賞候補に。今ハリウッドで最も注目される俳優の1人。

主な出演作

シアーシャ・ローナン

シアーシャ・ローナンPhoto by Getty Images

1994年4月12日生まれ

3歳の時にアメリカから両親の故郷アイルランドに移住。13歳でアカデミー助演女優賞候補になった『つぐない』(2007)以降、『ブルックリン』(2015)、『レディ・バード』(2017)など賞レースの常連に。

主な出演作

クリス・オダウド

クリス・オダウドPhoto by Getty Images

1979年10月9日生まれ

のほほんとした風貌が魅力的なオダウドは、コメディドラマ「ハイっ、こちらIT課!」(2006〜)でブレイク。『ブライズメイズ 史上悪のウェディングプラン』(2011)では、主人公に思いを寄せる優しき巡査ネイサンを演じた。

主な出演作

  • 『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』(2013)
  • 『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(2016)
  • 『15年後のラブソング』(2018)

カトリーナ・バルフ

カトリーナ・バルフPhoto by Getty Images

1979年10月4日生まれ

地元ダブリンでスカウトされ、モデル活動後に演技の道へ。現在までにシーズン8が作られているドラマ「アウトランダー」の主人公クレア役として数々の賞を受賞。『ベルファスト』(2021)でも高い評価を受けた。

主な出演作

ジャック・レイナー

ジャック・レイナーPhoto by Getty Images

1992年1月23日生まれ

ミッドサマー』(2019)で鮮烈な印象を残したレイナーは、アメリカ生まれだが、2歳の時に母の故郷アイルランドへ移住。アメリカとアイルランドの二重国籍を持つ。現在アイルランド在住。

主な出演作

  • 『トランスフォーマー/ロストエイジ』(2014)
  • 『シング・ストリート 未来へのうた』(2016)
  • 『ビリーブ 未来への大逆転』(2018)

まだまだいます! アイルランドの映画人 監督編

ジョン・クローリー

ジョン・クローリーPhoto by Getty Images

コリン・ファレルやキリアン・マーフィー共演の『ダブリン上等!』(2003)で長編映画デビュー。シアーシャ・ローナンと組んだ『ブルックリン』(2015)がアカデミー作品賞候補に。次回作はフローレンス・ピュー主演の恋愛ドラマ。

レニー・アブラハムソン

レニー・アブラハムソンPhoto by Getty Images

『FRANK-フランク-』(2014)で注目を集め、続く『ルーム』(2015)でアカデミー監督賞、作品賞、脚色賞にノミネートされた。ポール・メスカルの名を広めたドラマ「ノーマル・ピープル」(2020)のメガホンを取った。

マーティン・マクドナー

マーティン・マクドナーPhoto by Getty Images

『ヒットマンズ・レクイエム』(2008)、『スリー・ビルボード』(2017)、『イニシェリン島の精霊』(2022)など、、監督を務めた全作品で脚本も執筆。劇作家としても結果を残している。アイルランドとイギリスの二重国籍を持つ。

ジョン・カーニー

ジョン・カーニーPhoto by Getty Images

所属していたバンドのMV作成などを経て、『ONCE ダブリンの街角で』(2006)や『シング・ストリート』(2015)など音楽映画の名手へ。ドラマシリーズ「モダン・ラブ〜今日もNYの街角で〜」は製作総指揮&脚本・監督を兼任。

コルム・バレード

コルム・バレードPhoto by Getty Images

短編映画や長編ドキュメンタリーでキャリアを積み、1980年代のアイルランドが舞台の長編デビュー作『コット、はじまりの夏』(2022)でアイルランド語映画として初のアカデミー国際長編映画賞候補の快挙を果たす。

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