「白衣の人を見ると震える」「宿題しようとするとかたまる」・・・発達期の子どもに引き起こるトラウマとは【俳優・加藤貴子が専門家に聞く】

9歳と6歳の2人の男の子を育てる、俳優の加藤貴子さん。子どものためを思ってしかることが、子どもの「トラウマ」になるのではと心配になることがあるそうです。加藤さんが育児にかかわる悩みや気になることについて専門家に聞く連載第23回は、精神科医の白川美也子先生に、子どものトラウマなどについて聞きました。

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子どもはしかられると「否定された」と感じやすい

加藤さん(以下敬称略) 以前にもこの連載で子どものしかり方について取り上げたことがありますが、今回は、子どもをしかりすぎることなどでトラウマになるのか、トラウマを抱えた子どもにどんな症状が現れるのかを教えていただきたいです。そもそも「トラウマ」はどのような状態のことですか?

白川先生(以下敬称略) トラウマはギリシャ語で「傷」の意味でした。もともとは体の傷でしたが、やがて心理学者のフロイトが「心の傷」という意味で使用したことをきっかけに、現在もそのような意味で使われています。「心の傷」とは、心や体が傷つけられるような体験が、記憶に入り込んだもので、その後の自分の考え方や行動をネガティブにゆがめてしまうものと言えると思います。

心が傷ついているときには、何かできごとがあったときに、そのことばかり考えて気持ちが落ち込んだり暗くなってしまったり、うつうつとして過去のことばかり考えてしまいます。逆に心が傷ついていないときは、何かできごとがあっても、気にならず、気持ちが晴れやかで平静を保て、過去ではなく「今ここ」のことを考えられる状態です。

加藤 子育てをしていると、つい、子どもを強い口調でしかってしまうことがあります。あとから「子どもの心の傷になっていないか」と心配になり反省します。

白川 私も3人の子どもがいるからよくわかります。親は子どもに愛情があるから、親にとって正しいことを子どもにもさせたい、子どものために、という思いでしかりますよね。でも、子どもにとってしかられる体験は、そのままの自分自身を否定されることでもあります。たとえば「いい子にしなさい」「きちんとしなさい」としかられたとしたら、子ども自身が変化することを求められている、自分がしていることを否定されるわけで、これは子どもにとってある種の傷つき(トラウマ)にもなりうるんです。

でも多くの場合、しかられてもトラウマにならないのはどうしてかというと、子どもが「親は自分のために言ってくれているんだ」と明確に理解をするからです。

たとえばけがの危険があってとっさに子どもの手をはたいたり、大声で注意したりするのは子どもを守るために必要なことです。危険を避けたあとに「危ないんだよ」「やけどしちゃうよ」と、あとから説明をすれば子どもも納得します。お母さんがしかったのは自分のためだとわかると、「この人を信頼できる」という感覚が子どもに育ってきます。これを認識的信頼(epistemic trust)と言います。

加藤 しかりすぎたな、と思ったら、理由をきちんと説明することが大切なんですね。

白川 はい。トラウマは「ビッグT」トラウマと「スモールt」トラウマの大きく2つに分けられます。「ビッグ T 」トラウマは、生命を脅かすようなできごとなどにより引き起こる傷つきです。一方、「スモールt」トラウマは、日々の生活でだれもが経験するようなできごとにより引き起こる傷つきを指します。「スモールt」トラウマで多いのは、関係性の傷つきです。

子どもは、親に自分をいちばん大事にしてほしいものですが、親に大事にしてもらえなかったり、大声でしかられてばかりいたり、厳しくコントロールされたり、そういうことが関係性のトラウマになりうるんです。

日ごろしかってしまうことを「スモールt」トラウマにしないためには、子どもに合った方法で、なぜ親が注意するのかを説明してあげることが大切です。

加藤 言葉がわからないくらいの乳幼児のころに、すごくしかってしまった場合も、その理由をきちんと説明してあげたほうがいいですか?

白川 フランスのフランソワーズ・ドルトという子どもの精神分析家は、母親が亡くなってしまった赤ちゃんにも、大人に向かって話すのと同じように説明すると通じると説いていました。私も、言葉がわからなくても五感で伝わるものもあると思うので、まだ言葉を話さない乳幼児にもきちんと話して聞かせてあげることは、とても大事なことだと思っています。

ストレスで動きがかたまってしまったら緊張をほぐしてあげて

加藤 長男は1歳6カ月のときに、滲出性中耳炎(しんしゅつせいちゅうじえん)の治療のためにチューブ留置手術をしました。4歳3カ月のときには扁桃腺肥大で睡眠時の無呼吸があったために、扁桃腺を切除する手術を受けました。私から離れて採血や検査をしたのがこわかったようで、その後から、白衣の人を見ると震えるようになってしまったんです。耳を触られるだけでも「ビクッ」とおびえることもありました。

白川 それは、医療トラウマのように思えますね。最近「発達性トラウマ」と言われるものがあるとわかってきて、トラウマは虐待ばかりではなく、医療行為や、安全がおびやかされるできごとや、虐待とは関係のない養育上の失敗でも起きるとされています。子どもが発達期にこのようなトラウマを持つと、感情や行動の調整が難しくなることがあります。

どういうことかというと、なにかストレスがかかるできごとがあったときに、極度のかんしゃくを起こしたり、逆にじっと体がかたまってしまったり、目標に向かう行動を開始できなかったり、行動を持続できなかったりすることがあります。私自身も実は幼少期にトラウマがあり、宿題をしようと思っても手を付けられないでかたまってしまう状態がありました。

加藤 宿題のような日常的なことでも、子どもにストレスがかかることがあるんですね。「宿題はやったの!」とよく注意してしまいますが・・・。

白川 もし、宿題にとりかかろうとしてもかたまってしまう、手につかないような状態が見られるなら、そのことを何度も指摘すると、子どもにとっては厳しいかもしれません。 そういうときには、できるだけリラックスすることを教えてあげると克服できます。「宿題をやりなさい」ではなくて、全然違うことを話してみるとか。私の場合は、勉強しようと思ってもかたまってできなかったとき、歌を歌いながら部屋にやってきた母に「今テレビに西城秀樹が出てるよ〜」と話しかけられたら、「西城秀樹どころじゃないよ!」と気持ちが切り替わって勉強に取りかかることができました(笑)。そんなふうに、子どもの緊張をほどいてあげるといいかもしれません。

加藤 「発達性トラウマ」、初めて耳にしました。確かに、長男は逃げ場がない状況になると、行動が止まって、思考もフリーズ状態になっているように見えます。そんなときはていねいに説明しようと心がけていたのですが、まずは緊張をほぐすことが大事なんですね。
真逆なことをして、かえって追い込んでしまったかもしれません。
気持ちの切り替えは親子で大事ですね。私も鼻歌を歌って過ごせるような余裕のある生活を送れるようにしていきたいと思います。

子どもにとって大切なのは「安心・安全」な環境で育つこと

加藤 これは子どものトラウマになってしまったな、とわかるサインはありますか?

白川 学童期以降は、再体験(フラッシュバック)・回避まひ(できごとを想起させる行為や場所を避ける)・過剰覚醒(不眠や集中困難)などのPTSD(心的外傷後ストレス障害)的な症状やチックなどが現れます。どうしてこのような症状が起きるかというと、圧倒的な体験によって、トラウマ記憶というものが生じて、そのときの感情や思考などが冷凍保存されたように残ってしまうからです。体験から時間がたっても、トリガーとなるようなものを目にしたとき、耳にしたときなどに、その冷凍保存された記憶を思い出すと、上記のような症状が現れることがあるのです。

幼児の場合は、PTSDという形ではなく、なかなか寝なかったり怖い夢を何度も見るような睡眠障害、赤ちゃん返り、過剰に怖がる、びっくりしやすい、パニックを起こしやすい、などの特徴が見られることがあります。

加藤 では、子どもをいつもしかりすぎてしまうと気づいたときや、子どもにトラウマのような症状が見られたときに、どんな機関に相談するといいでしょうか?

白川 「子育て 相談」などで検索してみて、最寄りのところを探してまずは電話をしてみるといいと思います。虐待してしまうかもしれない、と思ってしまう人は、児童家庭相談支援センターなどがいいでしょう。どうしても子どもを傷つけてしまいそう、育てられない、子どもと少し離れたい、というときには、児童相談所もいいと思います。子どもと少し離れて一時保護を経て親元に戻ることや、どうしても苦しかったら里親や施設との共同子育てという方法も選択肢の一つだと思います。

加藤 子どもに愛情があるからこそ、少し離れようと思う親もいるかもしれませんね。

白川 そうですね。子どもにとって大切なのは、安心できること。今、乳幼児を育てているママやパパは、子どもとの関係の中で安心・安全をたくさん体験できる場を作ってあげてほしいです。そのためには、親自身が安心・安全な環境で落ち着いていることがとても大事。だから、困ったときには専門家と相談して、親子にとってベストな方法を探してみるといいのではないでしょうか。

お話/加藤貴子さん、白川美也子先生 撮影/アベユキヘ 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部

「トラウマを心配しすぎる必要はないけれど、子どもが育つには安心・安全な場所がとても大切」と白川先生。子どもに心配な症状が見られたときの対応を知ることができました。

●記事の内容は2024年4月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

白川美也子先生(しらかわみやこ)

PROFILE
精神科医、臨床心理士。こころとからだ・光の花クリニック院長。浜松医科大学卒業後、国立病院機構天竜病院小児神経科・精神科医長、浜松市精神保健福祉センター所長、国立精神・神経センター臨床研究基盤研究員、昭和大学精神医学教室特任助教を経て、東日本大震災の被災者支援と地域における子どもの臨床的支援・研究に携わる。2013年にクリニックを開業。

加藤貴子さん(かとうたかこ)

PROFILE
1970年生まれ。1990年に芸能界デビューして以降、数々の作品に出演。代表作として『温泉へ行こう』シリーズ(TBS系)、『新・科捜研の女』シリーズ(テレビ朝日系)、『花より男子』(TBS系)などがある。

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